第2話 転がり込んだ勇者
その夜。
私が、宿の部屋で、明日の、詠唱の、新ネタ(※攻撃には、一切、関係ない)を、考えていると。……戸口の、あたりで、どさり、と、何かが、倒れる、音が、した。
◇
……なに?
私が、扉を、開けると。……そこに、人が、倒れていた。
ぼろぼろの、外套を、まとい。フードを、目深に、かぶった、人影。……全身、傷だらけ。土と、血に、まみれて。……今にも、事切れそうな、様子で、私の、部屋の、前に、崩れ落ちている。
「……ちょっと。……大丈夫?」
私が、駆け寄ると。……その、人影は。震える、手で、フードを、少し、ずらして。……掠れた、声で、言った。
「……やっと……見つけた……」
……この、声。
私は、はっと、した。フードの、奥から、覗く、その、横顔に。……見覚えが、あった。
「……いおきべ、さん……?」
――五百旗頭、伊織。
私の、大切な、相棒。……いえ、友達。あの、デスゲームで、ずっと、私の、隣に、いてくれた。……そして、勇者に、選ばれて、連れて、いかれた、はずの、その人が。……なぜか、今、ぼろぼろに、なって、私の、目の前で、倒れていた。
◇
「いおきべさん……! どうしたの、こんな、傷だらけで……!」
「……ミライ……」五百旗頭は、弱々しく、微笑んだ。「……無事、だったんですね……。……よかった……。……元の、世界に、帰されたって、聞いて……ずっと、心配……」
「喋らないで! 傷が、ひどい……!」
……全身、切り傷と、打撲だらけ。血も、だいぶ、失っている。……普通なら、命に、関わる、レベル。
でも。……今の、私には。……とっておきの、切り札が、ある。
「光の精霊! お願い!」
『はい』
金色の、光が、ふわりと、現れて。……五百旗頭の、体を、包み込んだ。
――すう、と。
見る間に。……切り傷が、塞がり。青ざめていた、顔に、血の気が、戻り。……荒かった、呼吸が、静かに、なって、いく。
「……えっ」五百旗頭が、目を、見開いた。「……傷が……」
「ふふ」私は、胸を、張った。「どう? 私の、専属ヒーラーの、腕前は」
……厳密には、私の、腕前じゃ、なくて、光の精霊の、力なのだけど。……そこは、まあ、いいでしょう。
◇
しばらく、して。
すっかり、傷の、癒えた、五百旗頭は。……ベッドに、腰かけて、温かい、スープを、すすっていた。(少年が、慌てて、用意した)
「……生き返りました」五百旗頭は、ほう、と、息を、ついた。「……ではでは。……改めて。……ミライ、久しぶりですね」
……あ。
「ではでは」だ。
……五百旗頭の、あの、口癖。傷だらけで、倒れていた、ときは、出なかったのに。……回復して、余裕が、戻ったら。……ちゃんと、出てきた。
……なんだか、ほっと、した。
「……久しぶりね、いおきべさん」私も、微笑んだ。「まさか、こんな、ぼろぼろで、再会するとは、思わなかったけど」
「お恥ずかしい、限りです」
◇
「で」私は、聞いた。「何が、あったの。あなた、勇者に、選ばれて、意気揚々と、連れて、いかれた、はずでしょう」
「……意気揚々、では、なかったですけどね」五百旗頭は、苦笑した。「半ば、拉致でしたし」
「それは、そうね」
「……ミライ」五百旗頭は、スープの、椀を、置いて。……静かに、私を、見た。「……あなた、自分たちが、あの王国に、何を、されたか。……ちゃんと、怒っていますか」
「……怒って?」
「勝手に、召喚されて」五百旗頭の、声に、初めて、熱が、こもった。「勝手に、殺し合いを、させられて。……勝ち残った、私は、勇者として、こき使われ。……あなたと、その子は、"用済み"だと、放り出された。……"元の世界に、帰す"なんて、嘘を、ついて。……別の、土地に、捨てられた」
……。
◇
五百旗頭は。……珍しく、感情を、露わに、していた。
いつも、飄々として。何を、考えているか、わからない。……あの、五百旗頭が。……拳を、握りしめて。……静かに、怒っていた。
「私はね、ミライ」五百旗頭は、言った。「魔王軍との、最前線に、放り込まれて。……何度も、死にかけました。……勇者だから、って。……一番、危ない、場所に、立たされて。……盾のように、使われて」
「……いおきべさん」
「そして、私が、王国の、やり方に、嫌気がさして、逃げ出したら。……今度は、"裏切り者"だと。……追手を、差し向けてきた。……腕利きの、王国の、騎士や、魔術師が。……私を、追って、いる」
……そんな、ことに、なっていたなんて。
私が、この街で、聖女だ、なんだと、ちやほやされて、いる、あいだに。……五百旗頭は、たった一人で。……そんな、過酷な、目に、遭っていた、のか。
◇
「……それでね、ミライ」五百旗頭は、続けた。「私が、ここに、来たのには、もう一つ、理由が、あるんです」
「理由?」
「……あなたの、"聖女伝説"。……あれ、隣の、王国にも、届いているんですよ」
「あら」私は、思わず、口元を、緩めた。「そう。……さすが、私。……名声が、国境を、越えたのね」
「……喜んでいる、場合じゃ、ないです」五百旗頭は、ため息を、ついた。「王国の、宮廷魔術師たちが、渋い顔を、しています。……"異世界から、来た、得体の、知れない、娘が、隣国で、力を、つけている"と。……警戒して、いる。……なんなら、暗殺者を、送ろうか、という、話も、出ている、とか」
「暗殺者?」
「ええ。……もっとも」五百旗頭は、肩を、すくめた。「隣国のことですし。……実際に、送ってくるかは、わかりません。……ただ、"送るぞ"と、匂わせる、だけでも。……牽制には、なりますからね。……油断は、できません」
◇
……なるほど。
私は、腕を、組んで、考えた。
私が、この街で、のうのうと、詠唱映えを、極めて、いるあいだに。……王国は、私を、危険視し始めて、いた。そして、五百旗頭は、その、王国から、追われている。
……つまり。この街も、そろそろ。……安全とは、言えなく、なってきた、というわけね。
「……で、いおきべさん。あなたの、考えは?」
「……逃げましょう」五百旗頭は、きっぱり、言った。「ここより、もっと、遠く。……王国の、手が、届かない、僻地へ。……ちょうど、南に、大きな、帝国が、あります。……そこまで、逃げれば。……しばらくは、安全なはず」
「逃げる」
「ええ。……あなた、Cランク昇格も、目前だと、聞きました。……惜しいのは、わかります。……でも、命には、代えられません。……一緒に、来て、ください、ミライ」
……。
五百旗頭は、真剣な、目で、私を、見ていた。
……逃げる。安全な、僻地へ。……なるほど。それは、賢明な、判断かも、しれない。……でも。
◇
……逃げる、って。
……なんか、かっこ悪く、ない?
絶体絶命の、ピンチを、前に。……尻尾を、巻いて、逃げ出す、主人公。……いいえ。私の、美学に、反する。私なら、堂々と、立ち向かって……。
……いや。待って。
私は、ちらり、と、部屋の、隅を、見た。……そこには、心配そうに、こちらを、見ている、少年が、いる。それに、傷は、癒えたとはいえ、疲れ切った、五百旗頭も、いる。
……私、一人なら。逃げない。かっこよく、立ち向かう。(※返り討ちに、遭うだろうけど)……でも。守る、ものが、あると。……話は、別。
「私が、いるから、大丈夫」なんて、啖呵を、切って。……その、結果、この、二人を、危険に、さらすのは。……それこそ、かっこ悪い。
「……ちょっと、待ってて、いおきべさん」私は、言った。「……考える、時間が、欲しいの」
「……考える?」
「そう」私は、立ち上がった。「私には、私の、相談相手が、いるの。……ちょっと、会議して、くるわ」
「相談相手……?」五百旗頭が、きょとん、と、した。「……こんな、夜更けに? ……誰と?」
……ふふ。
それは。……あなたには、見えない、けれど。
「……すぐ、わかるわ」私は、にやり、と、笑った。「――ちょっと、うるさく、なるけど。……気に、しないでね」
(第2話 了)




