第3話 内なる会議
「――というわけで。緊急、会議を、開くわ」
私は、部屋の、真ん中に、どっかり、座って、宣言した。
私の、周りには、イフリートを、はじめ、ウンディーネ、光の精霊、それに、小さな、精霊たちが、わらわらと、集まって、いる。……もちろん、五百旗頭にも、少年にも、こいつらは、見えていない。
◇
「さて、みんな。……聞いての、通りよ」私は、精霊たちに、語りかけた。「王国が、私を、警戒してる。暗殺者を、送るかも、って。……で、いおきべさんは、南の、帝国へ、逃げよう、って、言うの。……あんたたち、どう思う?」
『えー、逃げるのー?』
『でも、暗殺者は、こわいよねー』
『ねえねえ、その帝国って、どんなとこ?』
……精霊たちが、口々に、意見を、言い始める。私は、うんうん、と、頷きながら、一人ずつ、意見を、聞いていく。
「なるほど。……あんたは、逃げた方がいい、と。……で、あんたは、どっちでも、いいと。……ふむふむ」
『あ、あたしは、ついてけるとこまで、ついてくよー』
「ありがと、ウンディーネ。……素直じゃない、あんたにしては、殊勝ね」
『……う、うるさいわね!』
◇
……と。
部屋の、隅で。……少年が。……真っ青な、顔で。……震えていた。
「……ミライ、さん」少年が、恐る恐る、口を、開いた。「……さっきから。……誰と、喋ってるんですか……」
「え? 精霊たちよ」
「……そこに。……誰も、いませんよ……」
……ああ、そうだった。少年には、見えないんだった。
「いるってば。ほら、ここに、わらわら」
「……いません」少年の、目に、じわり、と、涙が、浮かんだ。「……ミライさん。……やっぱり、疲れてるんです。……異世界に、来て、無理を、して。……聖女だ、なんだって、祭り上げられて。……心が、限界なんです。……だから、いもしない、相手と、会議、なんて……」
「いや、いるってば」
「……とうとう、内なる、自分と、会議を、始めちゃって……」少年は、頭を、抱えた。「……ミライさんが、壊れていく……ぼく、どうすれば……」
「壊れてないわよ!」
◇
……一方。
ベッドの、上の、五百旗頭は。……少年とは、また、違う、反応を、していた。
彼女は、腕を、組んで。……じっと、私の、様子を、観察して、いた。慌てず、騒がず。……何かを、見極めるように。
「……ふむ」五百旗頭が、呟いた。「……ミライ。あなた、何もない、空間に、向かって、喋っている、ように、見えますが。……ときどき、間を、置いて、頷いたり、笑ったり、している。……まるで、誰かと、会話しているように」
「そうよ。会話してるの」
「……なるほど。……つまり、あなたには、見えていて、私たちには、見えない、"何か"が、そこに、いる」五百旗頭は、冷静に、分析した。「……あなたの、能力の、一種、ですか? ……こう、なんというか。……スタンド的な? ……使い魔? ……あるいは、精霊の、たぐい?」
……お。
さすが、いおきべさん。……見えないのに。……ちゃんと、"何かいる"って、察してる。
「……近いわ」私は、感心した。「精霊よ。……あなたには、見えないけど。……ちゃんと、いるの」
「精霊」五百旗頭は、頷いた。「……なるほど。……それで、"相談相手"、ですか。……ちなみに、何人くらい?」
「うーん……今、この部屋に、二十匹くらい?」
「……なかなか、賑やかですね」五百旗頭は、くすり、と、笑った。「ではでは。……見えない、聴衆を、前に、演説。……まるで、オンラインの、生配信でも、見ているようです」
「配信じゃ、ないわよ!」
……この人。……肝が、据わってる。少年が、半泣きで、心配してる、横で。……"スタンド"だの"配信"だの、言いながら。……ちゃっかり、状況を、受け入れてる。
◇
「……で。話を、戻すわよ」私は、精霊たちに、向き直った。「私は、逃げたく、ないの。……だって、逃げるって、かっこ悪いじゃない。……でも、いおきべさんと、少年が、いる。……どうしたもの、かしら」
すると、イフリートが、言った。
『あの、ミライさん。……率直に、言いますと。……今、単独で、王国と、やり合うのは。……やめた方が、いいです』
「なんで?」
『返り討ちに、遭うからです』イフリートは、きっぱり、言った。『あなた、詠唱してる、だけで、実際に、戦ってるの、俺たちですよ? ……で、俺たち、土地に、根ざした、精霊は。……この土地から、離れられないんです。地母神の、眷属なので』
「……え。そうなの?」
『はい。……だから、ここで、王国に、攻められて、他の土地に、逃げたら。……俺たちの、大半は、ついていけません。……あなた、また、丸腰に、逆戻りですよ』
……それは、困る。
◇
「……じゃあ、逃げるしか、ないの?」私は、むくれた。「なんか、悔しいわね。……尻尾を、巻いて、逃げるみたいで」
『あ、でも』光の精霊が、そっと、言った。『……逃げる先の、南の、帝国。……あそこには、"精霊郷"が、あるんですよ』
「精霊郷?」
『精霊たちの、住処です。……そこには、この土地の、精霊よりも、ずっと、位の高い、高位精霊が、たくさん、います。……そういう、子たちと、仲良くなれば。……あなたは、もっと、力を、つけられます』
……ほう。
『それに』イフリートが、付け加えた。『……これは、噂ですけど。……その、さらに、南に。……"勇者専用の、伝説の、武器"が、眠っている、とか』
「……勇者専用の、伝説の、武器」
……。
……私の、頭の中で。かちり、と。……何かが、切り替わった。
……ちょっと、待って。
高位精霊が、いる、精霊郷。その先に、眠る、伝説の、武器。……これって。……これって、つまり。
――新エリアの、開放と。……新規、仲間の、加入イベントと。……レアアイテムの、回収クエスト、じゃない!
◇
……そう、考えると。
俄然、話が、変わってくる。
これは、「逃げる」んじゃ、ない。……「次の、ステージへ、進む」のよ。この街は、いわば、序盤の、チュートリアルエリア。……そこを、クリアした、私は。……次の、広大な、フィールドへ、旅立つ。……高位精霊を、仲間にして。……伝説の、武器を、手に入れる。
……ふふ。……なにそれ。……めちゃくちゃ、楽しそうじゃない。
「決めた」私は、ぱん、と、手を、打った。「――帝国へ、行くわ」
『お、決断、早い』
「これは、逃避じゃ、ないの。……戦略的、前進。……オープンワールドの、広がりを、堪能する、ための。……ワールド、開放イベントよ」
『……おーぷんわーるど?』精霊たちが、首を、かしげた。
「そう。……アンリアルエンジンだしね」
『……あんりある……?』
「あ、それは、関係ないわ」
◇
「――いおきべさん」私は、五百旗頭に、向き直った。「決めたわ。……あなたの、言う通り、帝国へ、行く」
「……おや」五百旗頭が、意外そうに、した。「あんなに、逃げたくない、と、言っていたのに。……心境の、変化ですか?」
「逃げるんじゃ、ないの」私は、髪を、かき上げた。「戦略的に、前進するの。……南の、帝国には、私の、力を、さらに、伸ばせる、場所と。……手に入れるべき、ものが、あるのよ」
「……そんな、こと、まで、精霊が、教えてくれるんですか」五百旗頭は、感心とも、呆れとも、つかない、顔を、した。「便利な、能力ですね」
「でしょう」
「……ちなみに、聞きますが」五百旗頭は、ふと、言った。「その、精霊たちとは。……契約か、何か、して、いるんですか? ……使い魔とか、召喚獣って、普通、契約で、縛るものだと、思うのですが」
……ん。
その、質問に。……イフリートが、反応した。
『あ、それ、俺も、気になってました』イフリートが、言った。『あの、ミライさん。……人間って、よく、俺たちを、契約で、縛ろうと、するんです。……念のため、聞きますが。……契約、しておきます?』
◇
「――契約?」
私は、鼻で、笑った。
「そんな、生々しいこと。……するわけ、ないでしょう」
『……し、しないんですか?』イフリートが、目を、丸くした(ように、見えた)。
「当たり前じゃない」私は、胸を、張った。「契約なんて。……そんな、書類みたいな、もので、縛られた、関係。……美しくないわ。……いい? 私と、あんたたちは。……そんな、打算的な、繋がりじゃ、ないの。……もっと、こう。……絆で、結ばれてるの。……契約書、なんて、いらない。……信頼と、友情で、十分よ」
(……脳汁が、じんわり、出た。……ああ、今の、セリフ、かっこいい)
……すると。
精霊たちが。……一斉に、ざわめいた。
『……えっ』
『……今の、聞いた?』
『……契約しないって……』
『……こういう、人間、久しぶりじゃない……?』
『わー』イフリートが、感激したように、言った。『……ミライさん。……あなた、いい人ですね。……契約で、縛らないなんて。……向こうの、精霊郷の、子たちにも。……あなたのこと、"いい人だ"って、伝えておきますね』
「あら、よろしく」
……ふふ。
まったく。……ちょろい、ものね。契約しない、って、言っただけで。……こんなに、喜んで。
(……このとき、私は。やっぱり、気づいて、いなかった。精霊たちが、本当に、欲しかったのは。……力でも、契約でもなく。……ただ、自分たちを、道具じゃなく、対等な、"友達"として、扱ってくれる、相手だった、ということに。……そして、私は、"かっこつけたい"だけで、はからずも、それを、与えて、いた、ということに)
◇
「……ミライさん」
ふと、見ると。……少年が。……まだ、部屋の、隅で。……心配そうに、私を、見ていた。
「……結局。……誰と、何を、話してたんですか……」
「精霊会議よ。……結論は、出たわ。……明日、南の、帝国へ、発つ」
「……そう、ですか」少年は、力なく、頷いた。「……えっと。……その、精霊さんたちが。……そう、言ったんですね」
「そうよ」
「……はい」少年は、遠い目を、した。「……もう、ぼくは。……ミライさんの、言う、"精霊さん"を。……信じることに、します。……そう、思わないと。……やってられないので……」
……なんか、諦めた、顔を、してるわね、こいつ。……まあ、いいわ。
こうして、私たちは。……南の、帝国を、目指して、旅立つ、ことに、なったのだった。
(第3話 了)




