第8話 ここは私が食い止める
事件は、その、少し先の階層で、起きた。
私が、ポーターとして、同行していた、アリシアたちの、Dランクパーティー。順調に、下へ、下へと、潜っていた、そのときだ。
突然、通路の奥から、地響きのような、唸り声が、聞こえてきた。
◇
現れたのは、巨大な、影だった。
牛のような、頭。岩のような、筋肉。振り上げた、腕には、丸太のような、棍棒。……その、威圧感は、これまでの、魔物とは、格が、違った。
「……嘘、でしょ」パーティーの、リーダーが、青ざめた。「ミノタウロス……!? なんで、こんな、浅い階層に……! あれは、Cランクの、魔物だぞ……!」
Cランク。……私たちの、パーティーは、Dランク。しかも、アリシアに、いたっては、Eランク。……格上も、格上。
戦いは、一方的だった。ミノタウロスの、一振りで、前衛が、吹き飛ばされる。魔法が、当たっても、分厚い、筋肉に、弾かれる。……じりじりと、追い詰められて、いく。
「くっ……魔力が、もう……」
「ポーションも、底を、ついた……」
パーティーの、面々が、絶望的な、声を、上げる。……全滅か、退却か。でも、退路も、ミノタウロスに、塞がれつつ、ある。
◇
そのとき。
アリシアが、剣を、構えたまま、後ろを、振り返って、叫んだ。
「――ミライ!」
「なによ」
「あなたは、ポーターよ! 戦闘は、契約外! ……ここは、私たちが、食い止める! あなたは、先に、逃げて、ギルドに、応援を、要請して! 早く!」
……。
その、瞬間。
私の、頭の中で、何かが、ぴかーん、と、光った。
……えっ。今の。「ここは私たちが食い止める、あなたは先に行け」……って。
……それ。……それって。
……もしかして、私の、あこがれの、あの、シチュエーションでは……!?
◇
いい? 説明させて。
物語には、あるでしょう。仲間が、絶体絶命の、ピンチのとき。誰か、一人が、みんなを、逃がすために、その場に、残る。「ここは俺が食い止める。お前たちは、先に行け」って。……そして、その、言葉と共に、敵に、立ち向かっていく。……あの、名シーンが。
……ずっと、憧れてたのよ。あれを、一度、言ってみたかったの。
なのに。アリシアってば、その、おいしい役を、自分で、やろうと、してる。……ずるい。それ、私の、セリフ、なんですけど。
「――却下よ」私は、荷物を、放り出して、前に、出た。
「え?」
「あなたたちが、行きなさい」私は、ミノタウロスに、向かって、歩きながら、言った。「――ここは、私が、食い止める。……先に、行って」
……ああ。
言えた。言えたわ。……ずっと、言いたかった、あのセリフ。
(脳汁が、どぱどぱ、出る音が、した)
◇
「な、なに言ってるの、ミライ!?」アリシアが、悲鳴を、上げた。「この前は、ゴブリンを、一撃だったけど……! でも、相手は、Cランクよ!? 格が、違うわ! 死ぬ気!?」
「うるさいわね。……いいから、行きなさい」
私は、ぐいっと、アリシアたちを、後ろへ、押しやって。……そして、一人、ミノタウロスと、向き合った。
……ちなみに、この状況。
私にとって、都合が、いいことに。……アリシアたちは、逃げようとしていて、こっちを、見ていない。精霊たちも、緊迫した空気に、怯えて、寄ってこない。
……つまり。観客が、いない。
……なら、詠唱は、省略ね。(かっこいいセリフは、もう、言い終わったし)
私は、ミノタウロスに、手のひらを、向けた。
「火球」
――ごうっ。
特大の、火の玉が、ミノタウロスの、脳天に、直撃した。ミノタウロスが、ぐらり、と、よろめく。……でも、倒れない。さすが、Cランク。頑丈ね。
「火球。火球。火球」
――ごうっ。ごうっ。ごうっ。
私は、たんたんと、火球を、撃ち込み、続けた。二発、三発、五発……。ミノタウロスの、巨体が、少しずつ、黒く、焦げて、崩れて、いく。
「……」
後ろで、逃げようとしていた、アリシアたちが、足を、止めて、こっちを、見ているのが、気配で、わかった。
……あ。しまった。観客が、戻ってきた。
……でも、もう、詠唱するタイミングでも、ないし。……仕方ない。今日は、このまま、いくわ。
◇
……で、十発、撃った、あたりで。
ミノタウロスは、断末魔の、咆哮を、上げて、どしん、と、崩れ落ち、そのまま、光の粒に、なって、消えた。
……しん、と、静まり返った、ダンジョン。
「……ふう」私は、額の、汗を、拭った。「……これで、十回くらい、撃てば、片付くのね、こいつ。……勉強に、なったわ」
振り返ると、アリシアたちが、口を、あんぐり、開けて、私を、見ていた。
「……あれ?」私は、首を、かしげた。「みんな、逃げなかったの? ……せっかく、私が、食い止めたのに。……ギルドに、報告、行かなくて、いいの?」
「い、いや……」アリシアが、震える声で、言った。「……もう、倒し、ちゃったじゃない……。……報告する、応援、要らないでしょ……」
……あ。それも、そうか。
◇
……それから、ちょっとした、騒ぎに、なった。
Dランクパーティーが、格上の、ミノタウロスに、遭遇し、あわや、全滅、というところを。……ポーターの、女が、一人で、倒した。
しかも、聞けば、その、ポーターは、Fランクの、新人だ、という。
ギルドは、大慌てで、調査に、乗り出し。……結果、これは、「イレギュラーな、格上モンスターの、討伐」という、特別な、功績として、認められた。
そして。
「……湊ミライ。あなたを、本日付で、Eランク冒険者に、昇格します」
ギルドの、受付が、そう、告げた。
……ふうん。Eランク。……一つ、上がっただけ? こんな、格上を、倒したのに? ……もっと、ぽーんと、上げてくれても、いいのに。(本来なら、いきなり昇格すること自体、破格の扱いなのだが、ミライは、当然だと思っているので、むしろ不満げである)
ポーターの、バイトも、これで、しなくて、よくなった。……めでたし、めでたし。
◇
「……ミライ」
その夜。アリシアが、私の、宿を、訪ねてきた。……珍しい。
「なによ」
「……あなた、何者なの」アリシアは、真剣な、顔で、言った。「ギルドじゃ、スライムしか、倒せないって、噂で。……でも、この前は、ゴブリンの群れを、一撃。……そして今度は、ミノタウロスを、一人で。……火球、だけで。……それも、何発も、何発も……」
「言ったでしょう」私は、髪を、かき上げた。「本気を、出せば、こんなもの、よ」
……もちろん、嘘。本気じゃ、ない。……観客が、いなくなった、隙に、詠唱を、省いて、火球を、連打した、だけ。……全部、偶然と、成り行き。
でも、そんなこと、言うわけ、ない。
「……あなたって、人は」アリシアは、しばらく、私を、見つめて。……それから、ふっと、笑った。「……わからない。ぜんぜん、わからないけど。……でも、今日、あなたが、私たちを、庇って、前に、出てくれたのは。……本当よね。ありがとう、ミライ」
……。
……いや。
あれは、庇った、わけじゃ、なくて。……ただ、あの、かっこいいセリフが、言いたかった、だけ、なんだけど。
……まあ、いいか。
「……礼には、及ばないわ」私は、そっぽを、向いた。「困っている、後輩を、助けるのは。……先輩として、当然の、ことよ」
「先輩は、私のほうなんだけど」
「……こまかいこと、気にしないの」
アリシアが、くすくす、笑った。……その、笑顔を、見ながら、私は、思った。
……セリフを、言いたかっただけ、なのに。なんだか、感謝されて、昇格して、後輩……いえ、先輩にも、懐かれて。……悪くない、一日だったわ。
……うん。私って、やっぱり、持ってる。(※持ってるのは、ただの、規格外の魔力量なのだが、本人は、そう思っていない)
(第8話 了)




