第7話 ポーター、始めました
観客がいないときだけ、強い。
……という、なんとも、締まらない事実が、判明したものの。
それで、私の生活が、楽になったかというと、そんなことは、なかった。
◇
だって、そうでしょう。私は、詠唱を、やめる気は、ない。
一人で、ダンジョンに、潜れば。……観客(精霊)が、わらわら寄ってきて。私は、ここぞとばかりに、渾身の詠唱を、朗々と、つむぐ。……そして、その隙に、魔物は、逃げる。スライムしか、当たらない。
詠唱を、やめれば、強い。……でも、やめない。
……つまり、私は、自分の意思で、弱いまま、なのだった。(本人は、そう思っていない。「かっこいい」のほうが、大事だから)
当然、稼ぎは、スライムの、素材代のみ。……雀の涙。
「……ミライさん」
ある日、差し入れを持ってきた少年が、意を決したように、切り出した。
「あの……その、言いにくいんですけど。……今月、ぼく、ちょっと、お金が、きつくて。……この前の、パーティーの依頼も、けっこう、無理して、出したので……。……その、なんとか、ミライさんも、自分で、稼げないかなって……。……む、無理、ですかね……?」
……。
言われて、私は、はっとした。
……そうだ。私は、ずっと、こいつに、養われていた。それを、当たり前だと、思って。……こいつだって、余裕なんて、ないのに。
◇
「……わかったわ」私は、珍しく、殊勝に、うなずいた。
「え?」
「稼ぐわ。……私も、いい加減、自立、しないとね」
「ほ、本当ですか」少年が、ぱっと、顔を、明るくした。「よかった……! あの、無理は、しないで、くださいね」
「無理は、しない。……というか」私は、ため息を、ついた。「私の、実力じゃ、無理な戦い方、してるからね。……スライムしか、倒せない、この、詠唱スタイルで、稼ぐのは、難しい。……だから」
「だから?」
「……ポーター、でも、やろうかと、思って」
ポーター。……荷物持ち。
冒険者パーティーに、同行して、荷物を運んだり、雑用を、こなしたりする、裏方の仕事。戦闘力が、なくても、できる。日当も、そこそこ、出る。
……ええ、そうよ。この、盤面を支配する、湊ミライが。……荷物持ちの、バイト。屈辱? いいえ。これは、戦略的撤退。力を、蓄えるための、下積み。……そういうことに、しておく。
◇
というわけで、私は、ポーターとして、いくつかの、パーティーに、同行した。
そして、ある日。私が、荷物持ちとして、参加した、Dランクの、パーティー。……その中に、見覚えのある顔が、あった。
赤みがかった髪を、後ろで、きっちり結んだ、真面目そうな女。
「……あら。あなた、NPC」
「アリシアよ!」
……ああ、そうだった。アリシア。この前の、先輩とやら。
でも。……あれ? 私は、首を、かしげた。
「あなた、Eランク、じゃなかった? なんで、Dランクの、パーティーに、いるの?」
「……ああ、これ?」アリシアは、少し、照れくさそうに、それでいて、どこか、誇らしげに、言った。「私だけ、Eランクよ。他の、みんなは、Dランク。……格上の、パーティーに、無理を言って、入れてもらってるの」
「なんで、そんな、面倒なこと、を」
「決まってるでしょ」アリシアは、胸を、張った。「上を、目指すために、よ」
◇
「格下の、パーティーで、ぬくぬく、してたって、成長しない」アリシアは、言った。「だから、私は、自分より、強い人たちの、中に、身を、置くの。ついていくのは、しんどいわ。足を、引っ張らないように、必死。……でも、それで、いいの。それが、私の、プライドなの。……格上の、パーティーで、食らいつく。それが、私の、やり方」
……。
……ふうん。
私は、少し、意外な気持ちで、アリシアを、見た。
こいつ。……ただの、口うるさい、常識人かと、思っていたけれど。……なかなか、骨のある、こと、言うじゃない。
自分より、強い、相手の、中に、あえて、飛び込んで。歯を、食いしばって、食らいついて。……少しずつ、上を、目指す。……ずいぶんと、地道で、泥くさい。……でも。
……ちょっと、かっこいい、かも。
「……悪くない、わね」私は、思わず、呟いた。
「え?」
「その、心意気。……嫌いじゃ、ないわ」
……はっ。
いけない。つい、素直に、褒めて、しまった。……らしくない。
◇
……ちなみに。
このとき、私は、まったく、気づいて、いなかった。
――アリシアと、私が、実は、そっくりだ、ということに。
いえ。正確には、正反対で、そっくり、なのだ。
アリシアは、「格上を、目指す」ために、身の丈に、合わない、格上の場所に、身を、置く。実力は、まだ、伴っていない。でも、努力で、必死に、背伸びを、して、食らいついている。……身の程を、わかった、うえで、あえて、挑む、本物の、頑張り屋。
……一方、私は。
「Cランクから、始めさせて」と、言い放ち。実力も、ないのに、格上を、名乗り。努力も、せず、ただ、勘違いで、居丈高に、ふんぞり返っている。
……似ている。恐ろしく、似ている。そして、決定的に、違う。
でも、そんなこと、私が、気づく、はずも、なく。私は、ただ、「気の合う、後輩……いえ、先輩? が、できたわね」くらいに、思って、いたのだった。
◇
その日の、ダンジョン攻略は、順調だった。
私は、荷物持ちとして、後方に、控え。アリシアたちは、前衛で、魔物を、さばいていく。……アリシアは、確かに、他の、Dランクの、面々より、一歩、遅れていた。剣筋も、まだ、粗い。何度か、危ない場面も、あった。
でも、そのたびに、彼女は、歯を、食いしばって。転んでも、すぐ、立ち上がって。……決して、諦めなかった。
……ふうん。
私は、その、背中を、後ろから、眺めながら。……なんとなく、思った。
……アリシア。あんたは、ちゃんと、前を、向いて、進んでるのね。
私は……どうかしら。
……いえ。私も、進んでる。もちろん。私は、天才。盤面を、支配する者。……いずれ、王国を、乗っ取って、魔王を、倒して、五百旗頭さんを、回収するの。だから、これは、そのための、下積み。……ちゃんと、進んでる。
……そう。進んでる、はず。
……ちょっとだけ、胸の奥が、ざわついたけど。私は、それを、いつもの、ように、そっと、押し込めた。
◇
「――アリシア。右、避けて!」
私は、思わず、叫んでいた。
アリシアの、死角から、飛びかかろうとした、魔物の、殺気(敵意)を。……私の、かろうじて残った、感覚が、捉えたのだ。
アリシアは、とっさに、右に、跳んで。魔物の、爪を、間一髪、避けた。そして、体勢を、立て直して、その魔物を、斬り伏せた。
「……っ、助かった……!」アリシアは、肩で、息をしながら、振り返った。「ありがとう、ミライ。……今の、よく、わかったわね」
……ミライ。
「……ん?」私は、瞬きした。「あんた、いま、私のこと」
「え? ……ミライ、って、呼んだけど。……だめ、だった?」
「……いえ」
私は、ふ、と、口元を、緩めた。
「……アリシア。あんたも、なかなか、やるじゃない」
NPC、なんて、呼ぶのは。……もう、やめて、あげる。
……こうして、私は、この異世界で、初めて、名前で、呼んでもいい、と思える、相手を、得たのだった。(もっとも、そんな、殊勝なこと、口には、出さないけど)
(第7話 了)




