第9話 聖女の天啓(勇者の天啓により却下)
「――で。どうするの、ミライ」
その夜、宿舎で。五百旗頭さんが、腕を組んで、私に、尋ねた。
「誰も悪くないけど、放っておくと世界が終わる。……そういう状況なのは、わかった。……で、あなた、どうするつもりなの」
◇
「そうねえ……」
私は、腕を組んで、考えた。
問題は、シンプルだ。仲の悪い、二体の精霊。アマテラスと、ツクヨミ。……この二体が、近くにいると、まずい。挑発し合って、人類滅亡クラスの、エネルギーが、生まれてしまう。
……ということは。
「……つまり、どちらかを、離せばいいのよね」私は、言った。「この、環境から」
「どちらを?」
「……どちらでも」
「なるほどね」五百旗頭さんは、うなずいた。それから、ふと、目を、光らせた。「……じゃあ、この状況、うまく利用しましょうか」
「利用?」
「そう」五百旗頭さんは、にこりと、笑った。「ミライが、聖女として、"聖女候補を、見出した"ってことにして。……その子を、うちの国に、連れて帰ればいいのよ。……そうすれば、二体が、離れる。人類滅亡も、免れる。……おまけに、うちの国は、未来の聖女候補っていう、貴重な人材を、確保できる。……一石、三鳥、でしょう?」
……おお。
さすが、五百旗頭さん。……こういう、危機を、まるっと、うちの国の、利益に、変えてしまう手腕。……本当に、抜け目がない。
◇
「なるほどね」私は、ぽん、と手を打った。「じゃあ、聖女が見出したってことで。……どちらか一人を、連れ出しましょうか。……そうねえ。修行のために、同行を許す、っていう名目なら、王国側も、断りにくいし」
「そうそう。それでいきましょう」
「じゃあ、決まりね」私は、にっこりと、笑った。「――モリアーティくんを!」
「……そこ、違います」
五百旗頭さんが、真顔で、遮った。
「連れて帰るのは、悪役令嬢さんか、シンシアさんの、どちらか。……いい? あの、"二体をぶつけたらまずい"精霊を、持ってる方。……モリアーティくんは、関係ないでしょう」
「……あ、そっか」私は、こくり、とうなずいた。「モリアーティくんと、ダイバーくんを、同時に連れて帰るのは、難しいか。……うーん。……どっちにしよう。……悩むわね」
「……あの」
五百旗頭さんが、こめかみを、押さえた。
◇
「……ミライ。あのね」五百旗頭さんは、辛抱強く、言った。「聞いて。連れて帰るのは、精霊の子。シンシアさんか、エリザベートさん。……そして、"二人同時"は、絶対に、まずい。……なぜなら、二人を、一緒に、うちの国に連れ帰ったら。……それは、二体の精霊を、一緒に連れ帰るってことで。……ぶつかったら、人類滅亡でしょう?」
「……あ、そうか」
私は、うなずいた。それから、少し、考えて、言った。
「……よし、わかった。……二人とも、連れていくわ!」
「……それじゃ、こっちに、被害がいくじゃないの!」
五百旗頭さんが、思わず、大きな声を出した。
「今、私、なんて言った? 二人同時は、まずいって、言ったばっかりでしょう!」
「だって」私は、頬を、ふくらませた。「……レア精霊が、二体も、手に入る、チャンスなのよ? ……アマテラスと、ツクヨミ。……どっちも、元・大精霊。……そんなの、両方、欲しいに、決まってるじゃない」
「欲の、かき方が! 命がけ、なのよ!」
◇
……まあ、それは、冗談として。(半分くらい、本気だったけど)
結局、五百旗頭さんに、こんこんと、諭されて。……私は、しぶしぶ、一人だけ、連れ帰ることに、同意した。
「じゃあ、まず、二人に、話を、しましょう」五百旗頭さんが、言った。「ミライ、あなたが、聖女として、それらしく、声をかけて。……修行のために、うちの国へ、来ないか、って」
「……わかったわ。任せて」
私は、ぐっと、胸を張った。
……こういう、聖女らしい、大役は。……得意分野である。
◇
翌日。
私は、生徒会のメンバーと、シンシア、エリザベートが、集まっているところへ、赴いた。
そして。……すう、と、息を、吸って。
「――みなさん。……今、私は、天啓を、受けました」
私は、厳かに、宣言した。
「……天啓、ですか?」生徒会の面々が、ざわ、めいた。
「そうです」私は、うやうやしく、うなずいた。「そこの、一般人の女生徒――シンシアと。……そして、悪役令嬢――エリザベート。……そなたたちに、聖女の、才能あり。……"天才美少女の聖女、湊ミライよ。……彼女らを、導け"、と。……そう、天が、私に、告げたのです」
……ふふ。我ながら、完璧な、演出。
……ちなみに、天啓の中に、しれっと「天才美少女」って、自分で、盛り込んでおいたのは。……まあ、ご愛敬、というやつである。
◇
「え、わ、わたしたち、ですか……?」シンシアが、目を、丸くした。「……急に、そんな……」
「そうです。急ぐのです」私は、力強く、言った。「――ハーレム展開に、なってからでは、遅いのです」
「……はれむ?」
「今すぐ、離れないと。……大変なことに、なります」
「……あの」シンシアは、困惑しきっていた。「……ちょっと、意味が、わからない、のですが。……でも、大変、なんですね?」
「そうです。この、王国の問題だけでは、ありません」私は、声を、張った。「これは、人類の、存亡に、関わることなのです」
「……人類の、存亡」
エリザベートが、ぴくり、と、反応した。
◇
「……そこまでの、大事、ですの」エリザベートは、少し、青ざめて、言った。「……わたくしには、まだ、事情が、飲み込めませんが。……しかし。……王国に、ご迷惑を、おかけするのは、本意では、ありませんわ。……そんなに、大きな問題だと、いうのなら。……仕方が、ないのかも、しれません」
……ああ。
この子、やっぱり、いい子だ。
悪役令嬢だなんて、呼んでしまったけれど。……こうして、自分のことより、王国のこと、みんなのことを、考えて。……大局のために、身を引こうとする。……公爵令嬢としての、矜持、なのだろう。
……よし。二人とも、なんとか、納得して、くれそうだ。
――と。
ここで。私は、もう、我慢が、できなかった。
◇
……だって。
シンシアと、エリザベートには、天啓を、授けたのよ。
なら。……ついでに。……ほら。……あの子にも、授けても、いいんじゃ、ないかしら。
「――そして」私は、すかさず、続けた。「もう一つ、天啓が。……そこの、モリアーティにも、聖女の才能が――」
「――却下します」
ぴしゃり。
と。……五百旗頭さんが、私の言葉に、かぶせてきた。
「え?」
「今、私にも、天啓が、ありました」五百旗頭さんは、澄ました顔で、言った。「――"勇者よ。……その少年に、聖女の才能は、ない"、と。……そう、天が、私に、告げています」
……な……。
勇者の、天啓。
……こ、この人。……私の、天啓に。……対抗する、天啓を、ぶつけて、きた……!
◇
「……そんな。……五百旗頭さん」私は、涙目で、抗議した。「……なんで。……モリアーティくんだけ。……」
「聖女候補を、連れ帰るのが、目的でしょう」五百旗頭さんは、にっこり、と、しかし、有無を言わさぬ口調で、言った。「推しを、連れ帰るのは、目的じゃ、ないの。……ね?」
……ぐぬぬ。
正論。……ぐうの音も、出ない、正論。
……五百旗頭さんは、本当に。……こういうとき、推しに、厳しい。
結局、私の、"最推しも連れて帰る"作戦は。……勇者の天啓の前に、あえなく、却下された、のだった。
◇
と。
その、一部始終を。……少し離れたところで、護衛として、見ていた、アリシアが。
ふと、アカデミーの、きらびやかな生徒たちを、見回して。……ぽつり、と、呟いた。
「……聖女様に、見出されるなんて。……この子たちは、いいですね」
その、横顔が。
また、少し、あの、晩餐会のときと、同じ。……複雑そうな、色を、していた。
……生まれも、育ちも、恵まれた、この、アカデミーの子たち。……そして、その中でも、特別に、聖女に、見出される、シンシアや、エリザベート。
……叩き上げで、ここまで来た、アリシアには。……思うところが、あるのかも、しれない。
……でも。
このときの私は、まだ、モリアーティくんを、連れ帰れなかった、ショックで、いっぱいで。……その、アリシアの、小さな呟きに。……ちゃんと、耳を、傾ける余裕は、なかったのだった。
(第9話 了)




