第8話 光も闇も、根は善
バッドエンドの正体が、二体の精霊の衝突だと、わかった。
……でも。
わかった、からといって。……すぐに、どうにか、できる、わけでは、なかった。
私は、まず、もっと、この二体のことを、知る必要があった。
◇
数日、私は、それとなく、シンシアと、エリザベートの、様子を、観察して、過ごした。
……というのも。
二体の精霊は、どうやら、ただ、そこにいるだけでは、ない、らしいのだ。
ある日。私が、シンシアの近くにいたとき。彼女の隣の、小さな光――アマテラスが、シンシアの耳元で、何やら、ささやいているのに、気づいた。もちろん、シンシア本人には、その声は、聞こえていない。……でも、私には、聞こえた。
『――ねえ、シンシア。……あなた、もっと、幸せになっていいのよ』『あの、生徒会長のトバーズ。……彼、あなたのこと、憎からず、思っているみたい』『いいじゃない。……手を、伸ばしても』
……え。
私は、ぎょっとした。
――アマテラスが。シンシアに。……婚約者持ちの、トバーズに、手を出すよう、けしかけている……?
◇
しかも、である。
その、アマテラスの、ささやきを。……離れたところから、じっと、睨んでいる、存在が、いた。
――ツクヨミだ。
エリザベートの、隣の、黒い精霊。……それが、アマテラスの、その、あからさまな、けしかけを見て。ぷるぷると、震えて。……もう、はっきりと、ブチ切れて、いた。
『――許さない』『よくも、よくも、あの子の、婚約者に……』『あの、光の女。……いつも、そうやって、正しさを、振りかざして……』
……うわあ。
私は、頭を、抱えたくなった。
……これは。……これは、もう、完全に。……精霊同士の、兄弟喧嘩、じゃないの。
人間たちの、恋の、もつれ。……その、根っこで。……アマテラスと、ツクヨミが。……お互いを、煽り、挑発し、憎み合って、いる。人間たちは、いわば、その、代理戦争の、駒に、されているのだ。
◇
「……これって」私は、思わず、精霊ちゃんに、呟いた。「……全部、あの二体の、兄弟喧嘩が、原因、なの?」
人間たちの、恋愛感情が、ぜんぶ、精霊に、操られているだけ、だとしたら。……なんだか、やりきれない。
……でも。
私が、そう思った、そのとき。
当のシンシアが、ぽつり、と、独り言のように、呟いたのだ。
◇
「……あの、エリザベート様」シンシアは、遠くの、縦ロールの令嬢を見て、そっと、言った。「……とても、礼儀正しくて、優等生で、いらっしゃるのに。……なんだか、時々、すごく、堅苦しくて。……こう、黒い、影のようなものを、感じることが、あって。……トバーズ様は、あんな方と、婚約されていて。……大丈夫、なのかしら。……心配だわ」
……あ。
私は、はっとした。
……これは。……精霊に、操られた、言葉じゃ、ない。
シンシアは、本気で、心配しているのだ。エリザベートのことも、トバーズのことも。……彼女なりの、善意で、正義感で。
アマテラスは、その、シンシアの、まっすぐな善意に。……そっと、薪を、くべているだけ、なのだ。
◇
そして。
その、少しあと。
今度は、エリザベートが。……誰にともなく、ため息をついて、こぼした。
「……シンシア。……あの子」エリザベートは、複雑な表情で、言った。「……平民の出でありながら、このアカデミーに入るほど、努力してきた。……その、頑張りは、認めますわ。……本当に。……立派だと、思う。……でも」
彼女は、そこで、ぐっと、唇を、噛んだ。
「……なんだか、あの子の、あの、眩しさが。……時々、無性に、癇に障って、しまうの。……いけないこと、だと、わかっている、のに。……つい、イライラ、して、しまう。……ああ、わたくしって、本当に、狭量、ですわね」
……ああ。
私は、胸が、少し、痛くなった。
……この子も、だ。
エリザベートも、自分の、その、醜い感情に、ちゃんと、気づいている。気づいて、それを、恥じている。……悪意なんかじゃ、ない。……ただ、抑えきれない、だけ。
ツクヨミは、その、エリザベートの、孤独と、苦しみに。……そっと、寄り添って、増幅させているだけ、なのだ。
◇
……そこで、私は。
精霊ちゃんに、聞いてみた。……あの二体は、いったい、どういう、つもりで、こんなことを、しているのか、と。
精霊ちゃんは、少し、悲しそうに、教えてくれた。
『……あのね、ミライ。……アマテラスも、ツクヨミも。……別に、悪い子、ってわけじゃ、ないんだよ』
(……そうなの?)
『うん。……アマテラスはね。……"光"の精霊だから。……"正しいものを、広げたい"って、いつも、思ってるんだ。……だから、シンシアみたいに、頑張ってる子を見ると。……"この子は、報われるべきだ"って、応援したくなる』
(……それ、いい子じゃない)
『……うん。……でもね』精霊ちゃんの声が、沈んだ。『……それが、行き過ぎると。……"どうして、この子が、報われないの?"……"だったら、邪魔なものを、全部、排除しよう"……って、なっちゃうんだ』
◇
(……じゃあ、ツクヨミは?)
『……ツクヨミは、"闇"の精霊。……人の、感情を、受け止めるのが、役目なんだ』精霊ちゃんは、言った。『……だから、エリザベートみたいに、孤独で、苦しんでる子がいると。……その、痛みを、理解して、寄り添おうと、する』
(……それも、優しいじゃない)
『……うん。……でも、それも、行き過ぎると』精霊ちゃんの声が、また、沈んだ。『……"この子を、傷つけるものは、全部、敵だ"……って。……なっちゃうんだ』
――……。
私は、言葉を、失った。
……なんてこと。
光の精霊は、"正しさ"を、広げたくて。
闇の精霊は、"痛み"に、寄り添いたくて。
……どちらも、根っこは、優しさなのだ。正義感と、共感。……どちらも、間違って、なんか、いない。
……なのに。
その、優しさが。……行き過ぎて、暴走したときに。……人類を、滅ぼすほどの、災いに、変わってしまう。
◇
……ずるい。
こんなの、ずるいじゃない。
わかりやすい、悪者が、いてくれたら。……いっそ、楽なのに。
誰かが、悪意で、世界を滅ぼそうとしているなら。……そいつを、ぶっ飛ばせば、済む話だ。……でも、違う。
ここにいるのは、報われてほしいと願う、光と。傷ついた者に、寄り添おうとする、闇。……そして、善意で心配する、平民の聖女と。自分の狭量を、恥じている、公爵令嬢。
……誰も、悪くない。
誰も、悪くないのに。……このまま、放っておけば。……世界が、終わる。
「……はぁ」
私は、大きな、ため息をついた。
……面倒くさい。……本当に、面倒くさい話だ。
でも。……この、こじれた、光と闇の、兄弟喧嘩を。……止められるのは。
精霊が、見えて。精霊と、話せて。……そして、精霊を、友達だと、思っている。……たぶん、この世界で、私だけ、なのだ。
(第8話 了)




