第7話 悪役令嬢と、闇の精霊
推し活の余韻から、ようやく我に返った私は。
ふと、気になって、五百旗頭さんに、尋ねた。
「……ねえ、五百旗頭さん。さっき、悪役令嬢と、話したんでしょう。……どうだった?」
◇
「どう、って」五百旗頭さんは、少し考えて、言った。「……さっきも言ったけど。……気位は高いけど、根は、真面目な子ね。……伝統とか、格式とか、そういうものを、大事にしてて。……礼儀正しくて、理屈っぽくて。……なんだか、話してて、しっくりくる、っていうか」
「……ふうん」
私は、腕を組んだ。
……五百旗頭さんと、話が合う悪役令嬢、か。……なるほど。たしかに、伝統と格式を重んじる、理屈屋。……あの二人、意外と、気が、合うのかもしれない。
でも、私には、一つ、どうしても、確かめておきたいことが、あった。
それは、五百旗頭さんには、確かめられないこと。……私にしか、確かめられない、ことだ。
「……ちょっと、私も、直接、会ってくるわ」
私は、そう言って、悪役令嬢――エリザベートのもとへ、向かった。
◇
エリザベートは、中庭の、薔薇のアーチの下に、一人で、立っていた。
つん、と澄ました横顔。完璧に巻かれた、金の縦ロール。……なるほど、いかにも、悪役令嬢、という佇まいだ。
「こんにちは、悪役令嬢!」
私が、明るく声をかけると。
エリザベートは、きっ、と、眉を、吊り上げた。
「……悪役?」彼女は、心外だ、という顔で、言った。「わたくし、公爵令嬢、ですわ」
「……あ、そう」
……む。
訂正、されちゃった。……まあ、そりゃ、そうよね。この子にとっては、自分が「悪役」だなんて、思ってもいないんだから。……ゲームの、外の、生身の人間に、「あなた悪役だよ」なんて、失礼な話だ。
◇
でも、今は、そんなことより。
私には、確かめたいことが、あった。
「……ところで、あなた」私は、じっと、彼女を見て、聞いた。「……精霊持ち?」
「精霊……?」エリザベートは、きょとん、とした。「……いいえ? ……なんのこと、ですか。……います? 精霊?」
――!
私は、息を、呑んだ。
だって。
エリザベートの、すぐ、脇に。……いたのだ。
――黒い、小さな、精霊が。
闇の属性を、まとった、小さな、黒い影。……アマテラスのときと、同じだ。ずいぶん力が弱っているのか、今は、ちんまりと、小さい。……でも、確かに、そこに、いる。
……いる、のに。
エリザベート本人は。……それに、まったく、気づいていなかった。
◇
……そう。
エリザベートには、自分の隣にいる、この闇の精霊が、見えていないのだ。シンシアは、自分の契約精霊が、見えていた。……でも、この子は、違う。この子と、この闇の精霊は、契約すら、していない。ただ、そばに、寄り添っているだけ。……だから、本人は、気づかない。
「……いえ、なんでもないわ」私は、慌てて、ごまかした。「気にしないで」
エリザベートは、怪訝そうな顔をしていたが、やがて、つん、と、そっぽを向いた。
その隙に。……私は、精霊ちゃんに、そっと、尋ねた。
(ねえ。……あの、縦ロールの子の、隣にいる、あの、黒いの。……あれ、何?)
◇
『……ミライ』精霊ちゃんが、少し、声をひそめて、答えた。『……あの、黒い精霊。……あれ、本人には、見えてないみたいだね』
(そうね。……あれも、今は小さいけど。……もしかして、すごい精霊だったり、するの?)
『うん』精霊ちゃんは、うなずいた。『……あれも、東の国から来た、大精霊。……名前は、ツクヨミ』
(ツクヨミ……?)
『……あのね、ミライ』精霊ちゃんの声が、真剣になった。『……ツクヨミと、さっきの、シンシアの精霊、アマテラス。……あの二体はね。……もともと、創造神から、分かれて生まれた、兄弟なんだよ』
――兄弟。
(じゃあ、あの二体は、仲良し、なの?)
『……それが、逆なんだ』精霊ちゃんは、困ったように、言った。『……アマテラスと、ツクヨミは。……ものすごく、仲が、悪いんだ。……光と、闇。……もう、水と油みたいに。……昔から、ずっと』
◇
『……だから』精霊ちゃんは、続けた。『……お互いを、挑発すると。……ものすごい、エネルギーを、生むんだ。……もう、手がつけられないくらいの。……だから、あの二体は、絶対に、一緒にしちゃ、ダメなんだよ』
(……ダメ、なの)
『……でも、なんで』精霊ちゃんの声に、不安が、混じった。『……なんで、こんなところに、二体が、一緒に、いるんだろう。……アマテラスと、ツクヨミが、こんなに近くに。……これ、危ないよ、ミライ』
……危ない。
私は、思わず、生唾を、飲んだ。
仲の悪い、兄弟の、大精霊。……その二体が、今、この、同じ、アカデミーの中に。……聖女シンシアと、悪役令嬢エリザベート、それぞれの隣に、寄り添って。……いる。
◇
私は、急いで、五百旗頭さんのところへ、戻った。そして、小声で、今、精霊ちゃんから聞いたことを、かいつまんで、話した。
五百旗頭さんは、腕を組んで、じっと、聞いていた。
……もちろん、五百旗頭さんには、その、闇の精霊も、アマテラスも、見えない。だから、私の話を、頭の中で、組み立てるしか、ないのだけれど。
しばらく、考え込んでから。……五百旗頭さんは、ゆっくりと、口を開いた。
「……つまり、こういうこと?」
彼女は、指を、一本ずつ、折りながら、整理していく。
「その、二体の精霊は。……光と、影。……陰と、陽。……つまり、正反対の、対をなす、存在。……お互いが、決して、混ざり合えない、対極の、存在。……なんでしょう?」
「……そう」
「……で。……その、対極のもの同士が。……近くにいて、影響を、受け合うと。……とてつもない、恐ろしい、エネルギーが、生じる。……そういう、こと?」
……さすが、だ。
精霊が見えないのに、私の、たどたどしい説明だけで。……ちゃんと、核心を、掴んでいる。
◇
「……ちょっと、待って」
と、そこで。
私の頭の中で。……急に、いろんなことが、繋がり始めた。
……対極の、存在。……近くにいると、恐ろしいエネルギー。……人類を、滅ぼすほどの、バッドエンド。
……え。
「……ねえ、五百旗頭さん」私は、青ざめて、言った。「……バッドエンドって。……もしかして、そういうこと?」
「そういうこと、って?」
「あのゲームの、バッドエンド。……人類が、滅亡するっていう、あれ。……あれ、もしかして。……この、二体の、精霊が、ぶつかって、生まれる、エネルギーの、ことなんじゃ、ないの……?」
――!
……そうだ。
間違い、ない。
私は、ずっと、勘違い、していた。バッドエンドは、悪役令嬢の、破滅の魔法が、引き起こすものだと。……でも、違う。悪役令嬢の魔法の、正体こそが、この、ツクヨミの力なのだ。そして、それが、シンシアのアマテラスと、ぶつかったとき。……人類を、滅ぼすほどの、エネルギーが、生まれる。
「……一緒に、いさせたら、ダメじゃない!」私は、叫んだ。
◇
そして。……もう一つ、私の中で、パズルが、はまった。
……そうだ。
あのゲームの、バッドエンドに、至るルート。……あれは、いつも、決まって、こうだ。
主人公のシンシアが、生徒会のイケメンたちに、チヤホヤされる。……特に、婚約者を持つ、あの悪役令嬢エリザベートの、目の前で。……その、婚約者の、トバーズまで、シンシアに、惹かれていく。……そして、追い詰められた悪役令嬢が、嫉妬に、狂って。……暴走する。
……つまり。
「……わかったわ」私は、拳を、握った。「……生徒会ハーレムを、楽しもうとして。……イケメンたちが、シンシアを、チヤホヤ、しすぎると。……悪役令嬢が、追い詰められて。……暴走する。……その、パターンが」
人間たちの、恋の、もつれ。
その、裏で。
仲の悪い、二体の、兄弟精霊が。……人間の、心を、揺さぶり、煽り立て、そして。……ぶつかろうと、している。
……これは。
思っていたより、ずっと。……厄介な、話かも、しれない。
(第7話 了)




