第6話 最推し、実在
さあ。
いよいよ、である。
シンシアとの面会を、無事に――というか、殊勝な聖女ムーブで、そつなく――こなした私は、ついに、次なる目標へと、向かっていた。
◇
――お兄様キャラの、ダイバーくん。
そして。
――末っ子キャラの、モリアーティくん。
この、尊い兄弟のもとへ、である。
……ちなみに。
『ファイナルインパクト』の攻略対象の中で、私の推しランキングは、ゆるぎない。
断トツの一位、殿堂入りの、最推しが、モリアーティくん。あの、屈託のない笑顔。無邪気さ。……もう、生きる、天使。
そして、二位が、お兄様のダイバーくん。……こっちも、捨てがたいのよねえ。弟思いで、面倒見がよくて、ちょっと過保護な、あの感じ。……ずっと、二推しとして、大事に、してきたわ。
……まあ、二推しは、五百旗頭さんに、泣く泣く譲るとして。(誰も、もらってないけど)
私は、最推しの、モリアーティくんに、いくわよ――!
◇
二人は、アカデミーの回廊で、見つかった。
背の高い、落ち着いた雰囲気の青年――ダイバーくんが、弟らしき少年に、何やら、言い聞かせている。その、弟が。
――モリアーティくん、だった。
近くで見る、最推しは。……もう、破壊力が、桁違いだった。
あどけない頬。くるくるとよく動く、大きな瞳。そして、こちらに気づくと、ぱあっと、花が咲くように、笑った、その、笑顔。
「あ、聖女さま。こんにちは!」
――!!!
……む、無理。
声が。……声が、出ない。
推しに、話しかけられた。推しが、私に、笑いかけた。……この、供給。……この、尊さ。……感激しすぎて、私、声が、出ないわ……。
◇
「聖女さまって、意外と、清楚で、可愛らしい方なんですね」
――!!!!!
……か、可愛いって。……い、今、私のこと、可愛いって……。
(ドキドキ。ドキドキ)
私の心臓は、もう、破裂寸前だった。
と。
モリアーティくんが、ひょい、と、私に、顔を近づけてきた。
「あ、髪の毛に、埃が。……ちょっと、失礼しまーす」
そう言って、ひょいっと、私の髪から、何かを、つまみ取った。
――!!!!!!!!!!
……キャー。……キャーッ。
(今日、死んでも、悔いなし……!)
私は、心の中で、絶叫した。
最推しに。……髪の埃を。……取ってもらった。……もう、この髪、二度と、洗えない。……いえ、洗うけど。……でも、そういう、気持ち。
◇
……ここで。
私は、震える勇気を、振り絞った。
一生に、一度の、お願いを、するのだ。
「……あの」私は、消え入りそうな声で、言った。「……あ、握手、お願い、します」
「握手? いいよ!」
モリアーティくんは、あっさりと、両手で、私の手を、握ってくれた。
「わあ、聖女さまの手って、小さくて、かわいいね!」
――!!!!!!!!!!!!!!!!
(……神様。……ありがとう、ございます。……もう、悔いは、ありません)
私は、遠い目をした。
……いい。……もう、いい。……この瞬間のために、私は、異世界に、来たのかもしれない。……いえ、来たのだ。……間違い、ない。
◇
「――こら、モリアーティ」
と。
そこへ、お兄様のダイバーくんが、割って入ってきた。呆れたような、困ったような顔で、弟の頭を、軽く小突く。
「聖女様に、失礼なことするなよ。いきなり髪に触るなんて」
「してないよー」モリアーティくんが、口を尖らせた。「ちょっと、触っただけじゃん」
「それが、失礼だって言うんだ」ダイバーくんは、ため息をついて、私に、丁寧に頭を下げた。「……申し訳ございません、聖女様。うちの、生徒が。……こいつ、悪気はないんですが、距離感が、バグってて」
「いいの、いいの」モリアーティくんが、けらけら笑う。「聖女さま、怒ってないよね?」
「まったく、お前は……」
――!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
……キャッ。……キャッキャ、してる。
……推しと。……二推しが。……目の前で。……キャッキャ、してるうう……!
◇
もう、私の目には、二人しか、映っていなかった。
弟をたしなめる、面倒見のいい、お兄様。それに、悪びれず、じゃれつく、無邪気な末っ子。……この、絡み。……この、供給。……はぁ。……尊い。……尊すぎる。
……ああ、勘違いしないで、ほしい。
私は、べつに、モリアーティくんと、どうこうなりたい、とか。ダイバーくんと、お付き合いしたい、とか。……そういう、生々しい話を、しているんじゃ、ないの。
私は、あくまで、見る専。……鑑賞する側の、人間だ。
この、目の前で繰り広げられる、兄弟の、尊いやり取りを。……こうして、ただ、見ていられれば。……それで、いいの。それが、いちばん、幸せなの。
……ちなみに、本命は、あくまで、二次元だしね。
この、三次元の推したちは、いわば、聖地巡礼で出会った、実写化キャストのようなもの。……ありがたく、拝ませていただく、対象、なのである。
◇
――と。
私が、そうして、うっとりと、尊い兄弟を、拝んでいる、その、間に。
私の、相棒は。……まったく別の場所で、まったく別の相手と、向き合っていた。
……そう。
私が、推し活に、脳を溶かしている、ちょうど、その頃。
五百旗頭さんは、一人。……あの、縦ロールの令嬢――悪役令嬢、エリザベートのもとを、訪れていたのである。
◇
……で。
私が、ようやく、推し活の余韻から、我に返って。……はっと、五百旗頭さんの姿を、探した頃には。
彼女は、もう、エリザベートとの「面会」を、済ませて、戻ってきていた。
「……あら、ミライ。もう、いいの?」五百旗頭さんは、涼しい顔で、言った。「ずいぶん、長いこと、あの兄弟を、拝んでたけど」
「……五百旗頭さん」私は、まだ、ふわふわした頭で、言った。「……いい? 今、私。……人生の、ハイライトを、迎えていたの。……邪魔しないで」
「はいはい」
五百旗頭さんは、軽く、受け流した。それから、ふと、声を、少しだけ、真面目なものに、変えた。
「……ねえ、ミライ。私、さっき、あの悪役令嬢さんと、話してきたんだけど」
「……え?」
私は、まだ、ぼんやりしていた。
「あの子、なかなか、面白い子よ」五百旗頭さんは、どこか、感心したように言った。「……ちょっと、あなたの言うとおり、気位は高いけど。……話してみると、伝統とか、格式とか、そういうものを、すごく大事にしてて。……それに、なかなか、理屈っぽくて。……話してて、退屈しないの」
「……ふうん……」
私は、生返事を、した。……正直、まだ、脳が、モリアーティくんで、いっぱいだった。
でも。
このときの私は、気づいていなかった。
五百旗頭さんが、たった今、面会してきた、あの、悪役令嬢の、傍らに。……いったい、何が、潜んでいたのか、を。
……それを知るのは。……もう、少し、あとの、ことである。
(第6話 了)




