第10話 大賢者、四百年の過信
そして、旅立ちの、日が、来た。
シンシアと、エリザベート。……どちらを、連れて帰るか。……それは、道中、ゆっくり決めればいい。とにかく、まずは、二人を、このアカデミーから、連れ出す。……そのために、私たちは、荷物を、まとめていた。
……なのに。
まさに、その、出発しようという、矢先に。……それは、やって来た。
◇
王都から、一人の、使者が。
馬を、飛ばして。……アカデミーの、正門に、乗りつけた、のである。
「――ずいぶん、遅いから」
その、使者は。……馬から、悠々と、降りながら、言った。
「迎えに、来てみれば。……これは、いったい、どういう、ことですかな」
……なんだ、この、じいさん。
立派な、ローブを、まとった、白髪の、老人だった。……でも、ただの、老人じゃ、ない。その、瞳の奥に。……ぞくり、とするような、底知れなさが、ある。
◇
「あちらは」隣で、アカデミーの役人が、緊張した声で、囁いた。「……王都から、遣わされた、"大賢者"様で、ございます」
――大賢者。
……ふうん。大層な、肩書きね。
「聖女様は」大賢者は、私を、じろり、と、値踏みするように、見た。「……やはり、まだ、お若い。……そんなに、学園生活が、お好きですかな。……いつまでも、道草を、食っておられる」
……む。
なんか、感じ、悪いわね、このじいさん。
「それに、だ」大賢者は、ふん、と、鼻を鳴らした。「……その、二人の、少女。……シンシアと、エリザベート。……我が国の、将来の、資産だ。……勝手に、連れて、いかれても。……困りますな」
……あ。
バレてる。連れ出そうとしてたの、バレてる。
◇
「……さっきから、聞いてれば」私は、むっとして、言い返した。「こっちは、人類存亡の、危機を、助けようと、してるの。……この二人を、離さないと、大変なことに――」
「――人類存亡?」
大賢者は、私の言葉を、鼻で、笑った。
「……その、程度の、実力で?」
――その、瞬間。
私は、息を、呑んだ。
……大賢者の、周りに。
――集まって、きたのだ。
大きな、精霊が。……幾体も。……ゆらり、ゆらりと。……その、じいさんの、周囲に。……従うように。
◇
『……ミライ』
私の、精霊ちゃんの、声が。……珍しく、緊張で、ひきつっていた。
『……あの、大賢者。……ヤバいよ。……あいつが、連れてるの。……"原初"に、近い。……第二戒位レベルの。……大高位精霊、だ』
(……だい、こうい、せいれい?)
『……つまり。……私たちより、さらに、上、ってこと』
――え。
……上? ……この、200体もいる、私の、精霊ちゃんたちより。……さらに、上、なの?
しかも、その、大高位精霊が、集まったことで。……あたりの、空気が、びりびりと、震えている。……その、圧は。……精霊が、まったく見えないはずの、五百旗頭さんにすら、伝わったようだった。
◇
「……なんか」五百旗頭さんが、低い声で、言った。「……知らないけど。……ピンチ、なのね」
……うん。
この人、精霊は、見えてないのに。……その、ただならぬ、空気の、揺れだけは。……ちゃんと、肌で、感じ取っている。
……で。
私は、負けじと、大賢者を、睨みつけた。
「……こっちだって。……精霊なら。……200体くらい、連れてますけど?」
「……ふん」
大賢者は、心底、くだらない、という顔で、私を、見た。
◇
「……そんな、小さな、精霊。……数に、入るか」大賢者は、吐き捨てた。「こちらは、量より、質だ。……それも、私の、思い通りに、動くように。……契約で、しっかりと、縛って、ある。……そんな、放し飼いでは。……ろくに、意思伝達も、できまい」
……契約で、縛る。
私は、かちん、と、来た。
……この、じいさん。……精霊を、"縛る"、ですって。……道具みたいに。……従わせて。
「……つまり」私は、努めて、冷静に、聞いた。「……強い、ってこと、ですか」
「――理解、できないくらい、にな」
大賢者は、傲然と、言い放った。
◇
……と。
そこで。
黙って、成り行きを、見ていた、シンシアが。……たまりかねたように、口を、開いた。
「……さっきから、聞いていれば。……聖女様を、馬鹿に、して」
シンシアは、キッ、と、大賢者を、睨んだ。
「……だって。……聖女様の、精霊たちは。……あんなに、いっぱい、いるでしょう。……それに、比べて。……あなたは――」
……あ。
私は、慌てて、シンシアを、止めた。
◇
「――シンシア。……それ、違うわ」私は、言った。「……大賢者の、精霊が。……あなたに、見えて、ないだけ、だから」
「……え?」
シンシアは、きょとん、とした。
……そうだ。
シンシアには、自分の契約精霊や、低い精霊は、見えても。……この、大賢者の連れている、"大高位精霊"は。……まったく、見えていないのだ。だから、シンシアの目には、大賢者が、"精霊も連れていない、ただの、じいさん"に、映ってしまう。
……皮肉な、話だ。
この場で、本当に、大賢者の、恐ろしさが、見えているのは。……たぶん、私、だけ、なのだから。
◇
「……余裕、だな」
と。……大賢者が、ふいに、五百旗頭さんの方へ、視線を、移した。
「……勇者よ」
――勇者。
その一言で。……場の、空気が、凍った。
「……聖女に、もしものことが、あれば。……勇者が、なんとか、できると。……そう、思ったか」大賢者は、酷薄に、笑った。「……忘れたのか。……そもそも、"勇者"、という、概念を。……作り出したのは。……この、我が国だ、ということを」
……え。
……どういう、こと。
◇
「勇者は、な」大賢者は、ゆっくりと、続けた。「……魔王などの、魔族に、特化させて、作ってある。……その、代わり。……人間には。……特に。……我が国の、紋章を、持つ者には。……その力が、まったく、通じないように。……調整して。……作って、あるのだ」
――!
……そんな。
……五百旗頭さんの、勇者の力が。……この国の、人間には、効かない……?
「……勇者、など」大賢者は、鼻で笑った。「……数に、入らぬ」
私は、思わず、五百旗頭さんを、見た。
……五百旗頭さんは。……意外にも。……そんなに、驚いて、いなかった。
「……なんとなく」五百旗頭さんは、ぽつり、と、言った。「……わかっては、いたけどね」
……そう。
この人は。……たぶん、ずっと前から。……薄々、感づいていたのだ。自分が、この国に、"作られた"側の、存在だ、ということに。
◇
……ということは、だ。
この、大賢者との、勝負。……五百旗頭さんの、勇者の力は。……頼れない。
……つまり。……私が。……やるしか、ない、ってこと。
「……大賢者だか、なんだか、知らないけど」
私は、ずい、と、前に、出た。そして、大賢者を、まっすぐ、指さした。
「……その、過信。……フラグに、なるわよ」
「……小娘が、騒ぐな」大賢者は、うるさげに、手を、振った。「……弱者の、さえずりなど。……聞こえぬわ」
「……あ、そう。……そういうこと、言うんだ」私は、にやり、と、笑った。「……いいんですね。……本気、出しますよ」
「……こちらは、本気を、出すまでも、ない」
「……フラグ、フラグ」私は、歌うように、言った。「……やるからには。……手加減、しませんよ」
「……ミライ?」五百旗頭さんが、じとっと、私を見た。「……まさか、あなた。……"言いたいだけ"じゃ――」
「……くどいぞ」大賢者の、額に、青筋が、立った。「……その、生意気な、鼻。……へし折って、やる」
――上等。
私は、すう、と、息を、吸って。……静かに、言い放った。
「……言った、はずだ。……手加減は、できないと」
(第10話 了)




