第3話 ここ、乙女ゲームの世界だわ
王国の中央部に、その学校は、あった。
正式には、王国貴族アカデミー。
案内役の役人が、鼻高々に説明してくれたところによると、ここは、ただの学校ではないらしい。
◇
「このアカデミーはですな」役人は、胸を張った。「王国内はもちろん、諸外国からも、選りすぐりの貴族の子弟が集う、国際的にも名高い、名門中の名門でございまして」
……ふうん。
馬車の窓から見上げると、なるほど、立派な建物だった。白い石造りの校舎が、いくつも連なり、尖った塔がそびえ、広大な庭園が、どこまでも続いている。もはや、学校というより、宮殿だ。
「入学の条件も、それはもう、厳しゅうございます」役人は続けた。「公爵家、あるいは王家のご出身ともなれば、無条件でご入学いただけますが。……身分が下がるにつれ、条件は、どんどん厳しくなりまして。……平民の出身者などは、十年に一人、入れるか入れないか、というほどで」
……へえ。
十年に一人。
……ずいぶん、格式ばった、お堅い学校なのねえ。
……なんて、このときの私は、まだ、のんきに思っていたのだ。この学校が、私の人生――いえ、私の「推し活人生」を、根底から揺るがす場所になるなんて、露ほども、知らずに。
◇
私たちが到着すると、アカデミーの正門前には、歓迎の一団が、ずらりと並んでいた。
その中でも、ひときわ目立つ、若者たちのグループがある。
「聖女様。あちらが、当アカデミーの生徒会の皆様です」役人が、囁いた。「本日は、生徒を代表して、歓迎に参られました」
生徒会。
なるほど、みんな、いかにも育ちのよさそうな、きらびやかな子たちだ。
その先頭に立った、金髪の青年が、優雅に一礼した。
「――遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。生徒会を代表し、歓迎いたします。私は、生徒会長を務めております、トバーズと申します」
ふうん。金髪の、イケメンね。ちょっと、プライドが高そうだけど。
「歓迎の花束です。副会長のオリバーです」
次に進み出たのは、眼鏡をかけた、いかにも秀才、といった風情の青年。うやうやしく、花束を差し出してくる。公爵家の嫡男だという。
「同じく、生徒会のアグリです」
最後に、赤い髪を短く刈った、やたらと体格のいい青年が、ぶっきらぼうに頭を下げた。伯爵家の次男らしい。
◇
……ん?
私は、その、赤髪の青年を見て、ふと、引っかかった。
……アグリ?
……あの、赤髪の短髪の、ムキムキな男。……なんか、見覚えが、あるような。
……いえ。それだけじゃない。
私は、あらためて、生徒会の面々を、見回した。
金髪でプライド高そうな、生徒会長のトバーズ。眼鏡の秀才、副会長のオリバー。赤髪ムキムキの、アグリ。……そして。
その、後ろの方に、控えめに立っている、地味な女子生徒。
……あれ?
……この、感じ。……この、組み合わせ。……これって、もしや。
私の頭の中で、ぱちぱちと、何かが、繋がっていく。
◇
「……ミライ?」
隣に立っていた五百旗頭さんが、私の様子に気づいて、小声で尋ねてきた。
「……どうしたの。急に、黙り込んで」
「……五百旗頭さん」
私は、震える声で、言った。
「……これ、もしかして」
「これ?」
「……あの乙女ゲーム。……『ファイナルインパクト』の。……ゲームの、攻略対象キャラに。……そっくりじゃない……!」
――そう。
思い出した。間違いない。
金髪王子のトバーズ。眼鏡の副会長オリバー。赤髪脳筋のアグリ。……これは、私が令和で、それはもう、やりこんだ、超有名な乙女ゲーム、『ファイナルインパクト』の、攻略対象キャラたちだ。名前も、顔も、肩書きも、何もかも、ゲームのまま。
◇
私は、興奮を抑えきれず、後ろの、地味な女子生徒に、目をやった。
「……ということは。……さっきの、あの地味な女の子。……あれって、もしかして。……ヒロインの、聖女シンシアさん?」
シンシア・テレンシア。『ファイナルインパクト』の、主人公。地味だけれど芯の強い、平民出身の秀才。……うん、やりこんだから、覚えてるわ。あの、控えめな雰囲気。間違いない。
「……で、あっちの」
私は、視線を、少し離れたところに立つ、縦ロールの令嬢へと移した。つんとした顔で、こちらを値踏みするように見ている、いかにも気位の高そうな美少女。
「……あの、縦ロールが。……悪役令嬢の、エリザベートさま。……ふふ。……たしかに、感じ悪そう。……ああいうの、五百旗頭さんと、気が合いそうよね」
「なんで私」
五百旗頭さんが、真顔で、突っ込んだ。
◇
でも、私の頭は、もう、そんな軽口を、聞いてはいなかった。
だって。
攻略対象が、いる。ヒロインが、いる。悪役令嬢が、いる。……ということは。
……ということは、よ。
私の、最推しキャラも。……ここに、いるんじゃ、ないの?
『ファイナルインパクト』で、私が、命の次に、いえ、命より、愛していた、あのキャラ。末っ子ポジションの、屈託のない、笑顔がキラキラまぶしい、あの子――。
私は、必死で、生徒会の一団の、その奥を、目を凝らして、探した。
……いた。
――いた……!
一団の、いちばん後ろ。他の生徒の陰から、ひょこっと顔を出して、こちらを、興味津々に、チラ見している、一人の少年。
あどけない顔。人懐こそうな、大きな瞳。そして、こちらと目が合うと、はにかむように、へにゃっと笑った、その、天使のような笑顔。
――モリアーティ、くん。
私の、最推しである。
……か、可愛い。
◇
「……ちょ、ちょっと、五百旗頭さん」
私は、隣の五百旗頭さんの袖を、こそこそ、引っ張った。
「……コソッ。……あそこ。……あそこに、推しが、いるのよ。……わかる? ……あ、やだ。……緊張、してきた」
「……推し?」
五百旗頭さんは、心底、意味がわからない、という顔をした。
「……なによ、それ。とにかく、この歓迎の挨拶が終わったら、さっさと王都へ向か――」
「――いや、決めたわ」
私は、五百旗頭さんの言葉を、遮った。そして、きっぱりと、宣言した。
「……ちょっと、ここで。……もう少し、見学させて、もらうわ!」
◇
私の宣言を聞いて、傍らの、アカデミーの関係者が、ぱっと顔を輝かせた。
「おお……! 聖女様は、教育にも、たいへんご熱心でいらっしゃる。いや、素晴らしい。ぜひ、ごゆるりと、ご見学ください。我が国の未来を担う、優秀な若者たちと、聖女様がお触れ合いくださる機会が増えれば。……それは、彼らの将来にとっても、この上ない誉れでございましょう」
「やったわー」
私は、思わず、ガッツポーズをした。
……ほら。ね。歓迎されてる。
「……ミライ」五百旗頭さんが、じとっとした目で、私を見た。「……あなた、まさか、ただ、その"推し"とやらに、会いたいだけじゃ――」
「いい、五百旗頭さん。よく、聞いて」
私は、真剣な顔を作った。ここは、大義名分で、押し切るところだ。
「ここには、乙女ゲームの世界の登場人物が、いるのよ。そして、その子たちは、いずれ、魔王軍と戦う、戦力になる。しかも、本物の聖女まで、ここにいる。……これを、みすみす見過ごすなんて、聖女として、あり得ないでしょう?」
「……いま、それ、関係ある?」五百旗頭さんは、ため息をついた。「とにかく、王都の皆さんを、お待たせするわけには――」
「よく、考えてみて」私は、食い下がった。「推しは、推せるときに、推せ。……これは、この世界の、真理よ」
「それは、真理じゃなくて、あなたの欲望でしょう」
◇
五百旗頭さんは、しばらく、私の顔を、じっと見ていた。
それから、はあ、と、大きなため息をついて、諦めたように、言った。
「……まあ、いいわ。よくわからないけど、ミライがそう言うなら。……あなた、企んだことは、なんだかんだで、だいたい、いい方向に転がるから。……信じてる、けど」
「……五百旗頭さん」
「でも」五百旗頭さんは、びしっと、釘を刺した。「後で、ちゃんと、宿舎で、説明しなさいよ。何を考えてるのか。……いいわね?」
「……はぁい」
私は、しおらしく、うなずいた。
……ふふ。許可、出たわ。
これで、心置きなく、この世界を――いえ。
この、推しのいる世界を、堪能できる。
――ちなみに。
このとき、私が、あんなに軽い気持ちで首を突っ込んだこの騒動が。……のちに、この国どころか、人類そのものを、滅ぼしかねない、とんでもない大事件だったなんて。
……この、浮かれた聖女は、まだ、これっぽっちも、気づいていなかったのである。
(第3話 了)




