第4話 推し活と、人類存亡
その夜。
アカデミーが用意してくれた、豪華な宿舎の一室で。
私は、約束どおり、五百旗頭さんに、「説明」を、することになった。
◇
「――で?」
五百旗頭さんは、ソファに深く腰かけ、腕を組んで、私を見た。
「聞かせてもらうわよ、ミライ。あなたが、なんでこんなに、あの学校に居座りたがるのか。……ちゃんと、納得できる理由が、あるんでしょうね?」
「あるわよ。大アリよ」
私は、こほん、と咳払いをして、話し始めた。
「いい、五百旗頭さん。落ち着いて聞いてね。……実は、あの学校にいる子たちは、私が令和で、死ぬほどやりこんだ、『ファイナルインパクト』っていう乙女ゲームの、登場人物と、そっくりそのままなの。名前も、顔も、身分も、何もかも」
「……つまり」五百旗頭さんは、ゆっくりと、確認するように言った。「そのゲームというものは、この世界の、未来を描いたもの、なの?」
……お。
いい質問だ。さすが、五百旗頭さん。話が早い。
「うーん」私は、少し考えて、首をかしげた。「……完全に、未来ではない、と思う」
「完全には?」
「だって、主人公は、聖女シンシアで。……私が知っているのは、あくまで、ゲームの、エンディングまでだから」
……そう。
私は、あのゲームを、確かにやりこんだ。でも、私は、シンシアじゃない。私は、このゲームには、そもそも、存在しないキャラだ。異世界から来て、勝手に国まで建てちゃった、いわば、盤の外の、招かれざる乱入者。
だから、私がいる時点で、もう、ゲームどおりには、進まないかもしれない。それに、私が知っているのは、あくまで、物語が「おしまい」になるところまで。その先、この世界が、どうなるのかは、私にも、わからない。
◇
「なるほどね」五百旗頭さんは、顎に手を当てた。「じゃあ、確定した未来じゃないけど、"筋書き"は知っている、と。……その筋書きだと、どうなるの?」
「そこが、問題なのよ」
私は、身を乗り出した。
「あのゲームはね、主人公の聖女シンシアと、その仲間たちが、いろいろあった末に、最後は、魔王軍と戦うの。……で、打ち破る」
「魔王軍と」
五百旗頭さんの目が、すっと、細くなった。
「……倒すの? 魔王を?」
「そこまでは、わからない。エンディングで終わっちゃうから。……ただ、"戦って、打ち破る"のは、確かよ。シンシアたちは、めちゃくちゃ、強くなる」
「……ふうん」
五百旗頭さんは、しばらく黙って、何かを考えていた。そして、ぽつりと、言った。
「……それって、厄介ね」
「え?」
「未来の、本物の聖女。……しかも、魔王軍を打ち破るほどの、力を持つ存在が。……この王国に、いる、ってことでしょう?」五百旗頭さんは、真剣な顔で言った。「……私たちが、王国と話をつける、その前に。そんな存在に、覚醒されたら。……厄介なことに、なりかねない」
◇
……あ。
……そう、か。
私は、思わず、手を打った。
そうなのよ。そこなの。
私たちは今、この王国と、いろいろ、片をつけに来ている。……その、大事な話し合いの前に、王国の側に、魔王軍すら打ち破る「本物の聖女」なんていう、とんでもない切り札が、育ってしまったら。……私たちの立場が、危うくなる。
「……でしょう」私は、我が意を得たり、と、うなずいた。「だから、私、引き留めたの。しばらく、そばで、様子を見ても、いいでしょう?」
「……なるほどね」五百旗頭さんは、腕を組んだまま、うなずいた。「そういう理由なら、筋は通ってる。……で、話は、それだけ?」
「……いえ」
私は、声を、少し低くした。
……ここからが、本番だ。
◇
「もう一つ、やばいのが、いるの」私は言った。「――悪役令嬢の、エリザベート」
「あの、縦ロールの子ね」
「そう。……あの子はね、ゲームの後半で。……人類を滅ぼすほどの、破滅の魔法を、使うかもしれないの」
「……人類を、滅ぼす?」
五百旗頭さんの眉が、ぴくり、と動いた。
「そんな、大それた力を、あの令嬢が?」
「使わせたら、バッドエンドよ」私は、深刻な顔で言った。「だから、いかに、その力に、目覚めさせないか。……それが、重要なの」
五百旗頭さんは、少し考えて、言った。
「……なら、簡単じゃない? その悪役令嬢に、負の感情を、蓄積させなければ、いいんでしょう。ずっと機嫌よくいてもらえるよう、気を配れば」
「……それが、そうもいかないのよ」
私は、はあ、と、ため息をついた。
わかってない。五百旗頭さんは、乙女ゲームの、恐ろしさを、わかっていない。
◇
「いい? これから、何が起きると思う?」私は、指を立てた。「これから、あの生徒会のイケメンたちが、主人公のシンシアを、チヤホヤし始めるのよ。……特に、あの、生徒会長のトバーズ。……あいつは、エリザベートの、婚約者なの」
「……あら」
「わかる? 自分の婚約者が、目の前で、地味な平民の女に、どんどん惹かれていくのよ。しかも、他のイケメンたちまで、こぞって、その女を、チヤホヤする。……そんなの、見せられて。……あのプライドの高い悪役令嬢が、イラつかない、わけ、ないじゃない」
「……ああ」五百旗頭さんは、なるほど、という顔をした。「……つまり、恋愛のもつれで、追い詰められて、そのストレスが、破滅の魔法の、引き金になる、ってこと?」
「そういうこと」
「……なるほどね。そういうもの、なのね」五百旗頭さんは、感心したように、うなずいた。「乙女ゲームって、なんだか、大変なのね」
……この人。
こういうところ、素直に感心するから、憎めないのよね。
◇
「とにかく」五百旗頭さんは、すっと立ち上がった。「話は、わかったわ。ミライの言うとおり、しばらく、あの子たちを、見守る必要がありそうね。……本物の聖女の、覚醒。それから、悪役令嬢の、破滅の魔法。……この、二つを、暴走させないように」
「そういうこと。さすが、五百旗頭さん。話が早い」
「でも、どうするの?」五百旗頭さんは、私を見た。「ただ、遠くから見てるだけじゃ、何も、始まらないでしょう」
「そうねえ……」
私は、腕を組んで、考えた。
……まずは。……そう。……相手を、知らなきゃ。
攻略対象たちの様子。シンシアの様子。エリザベートの様子。……それに、ゲームでは描かれなかった、この世界の「今」が、どうなっているのか。それを、この目で、確かめないと。
「……とにかく、まずは」私は、顔を上げた。「一人ずつ、話してみましょうか」
◇
――もっとも。
そう言いながら。
私の頭の中は、正直、半分くらい、別のことで、埋まっていた。
……一人ずつ、話す。
ということは、当然。……あの、最推しの、モリアーティくんとも。……話せる、ということ。
いえ。いえいえ。落ち着け、私。これは、任務。人類の存亡がかかった、大事な、任務なのだ。推し活では、ない。……断じて、推し活では、ない。
……でも。
……モリアーティくんと、話せる。……握手とか、してもらえたり、するのかしら。……いえ、それは、さすがに、図々しい? ……でも、聖女だし。……聖女なら、許される?
「ミライ、顔がにやけてるわよ」
「……っ。し、してないわ!」
……ばれてた。
五百旗頭さんの、こういう、勘の鋭さだけは。……本当に、油断ならない。
(第4話 了)




