第2話 今日は五百旗頭さんだけモテますわね
クロウディアス王国は、縦に長い国だった。
地図で見たときから、なんとなく細長いなとは思っていたのだけれど、いざ入ってみると、想像以上だ。南の国境をくぐってから、もう何日も、ひたすら北へ北へと馬車を走らせている。それでも、王都のある北部までは、まだまだ遠いらしい。
……で。
その、南部を北上する道すがら。
私は、たいへんな歓迎を、受けていた。
◇
「聖女様がいらしたぞ!」
「精霊の聖女様だ!」
「まあ、なんてお美しい……」
立ち寄る町という町で、人々が、通りに出てきて、私を迎える。花びらが撒かれ、子どもたちが手を振り、領主だという人が、うやうやしく頭を下げる。
……いい気分だ。
いえ、正直に言うと、いい気分どころではない。最高の気分である。
だって、考えてみてほしい。
ここは、クロウディアス王国。
かつて私を召喚しておいて、「用済みだ」と、ゴミみたいに捨てた、あの国だ。その国の、その民が、今、私を「聖女様」と呼んで、花を撒いて、崇めている。
……ふふ。
ざまあみなさい、というやつである。
あなたたちの国が捨てた小娘は、今や、あなたたちが花を撒いて迎える聖女になったのよ。……いえ、べつに、根に持っているわけじゃ、ないけれど。ないけれども。……ちょっとだけ、胸がすく。
◇
もっとも。
こういう歓迎ムードには、必ず、ついてくるものがある。
――晩餐会だ。
私たちが一つの町に滞在するたび、その土地の有力者たちが、こぞって夜の宴を開いてくれる。豪華な料理、きらびやかな広間、生演奏。そして、着飾った貴族たちが、次々と、私のもとへ挨拶にやってくる。
最初のうちは、私も、ご機嫌だった。
主役だもの。聖女だもの。みんなが私に会いに来るのは、当然のこと。
……なのだけれど。
三つ、四つと晩餐会をこなすうちに、私は、あることに、気がついてしまった。
私のところに挨拶に来る貴族が。
――全員、オジサンなのである。
◇
いえ、誤解しないでほしい。オジサンが悪いと言っているわけじゃない。
この土地の有力者だの、領主だの、由緒ある家の当主だの、そういう立派な方々が、私に敬意を払ってくれる。それは、とても、ありがたいこと。光栄なこと。
……でも。
でも、である。
ちらり、と、広間の反対側を見る。
そこには、五百旗頭さんが、いた。
私の相棒であり、勇者である、五百旗頭さん。今夜も、私の付き添いとして、この晩餐会に出席している。……のだけれど。
その、五百旗頭さんの周りに。
――若い騎士たちが、群がっているのである。
きらきらした鎧の、りりしい若者たちが。頬をほんのり赤らめて。五百旗頭さんの一言一言に、うんうんと、熱心に、うなずいている。
◇
……なにこれ。
私は、ワイングラス(中身はぶどうジュース)を片手に、その光景を、じっと見つめた。
こっちは、オジサンの行列。
あっちは、イケメン騎士のハーレム。
……なんで。
私、聖女なのに。主役なのに。……なんで、五百旗頭さんの方が、若くて綺麗どころに、囲まれているの。
私は、つかつかと、五百旗頭さんのもとへ歩み寄った。そして、若い騎士たちの隙をついて、こそっと、耳打ちする。
「……ねえ、五百旗頭さん」
「あら、ミライ。どうしたの」
「……私、二次元担当だけど」私は、真剣な顔で、言った。「……ちょっと、五百旗頭さんだけ、モテすぎてない? なんか、イライラする」
「モテ……?」
五百旗頭さんは、きょとんとした。それから、周りの騎士たちを見回して、ふふ、と笑った。
◇
「ミライ、それは誤解だよ」五百旗頭さんは、落ち着いた声で言った。「偉い人たちが、ミライの周りに集まってるでしょう。あの人たち、本当はミライと喋りたいの。でも、格が高すぎて、順番待ちになってて、なかなか近づけないだけ。……逆に、こっちの若い子たちは、私くらいなら気軽に話しかけられるから、集まってきてるの。それだけよ」
……なるほど。
理屈は、通っている。
通っては、いるのだけれど。
「……いや、違うわね」
私は、首を振った。そして、ずずいと、五百旗頭さんに顔を寄せて、声を落とした。
「……あの、右から三番目の、若い騎士。……見て。……あの、だらしなく照れてる顔。……あれは、あんた、単なる憧れの目じゃないわ。……あれは、五百旗頭さんのことが、好きな顔よ」
「……えー」
五百旗頭さんは、ちらっと、その騎士を見た。そして、あっけらかんと、言った。
「……そうかなー」
……鈍い。
この人、こういうところ、本当に、鈍い。
◇
私は、はあ、とため息をついて、また、ぶどうジュースを一口、飲んだ。
……いいわよね、五百旗頭さんは。
異世界に来て、勇者になって、こうして、若いイケメン騎士たちに囲まれて。……なんていうか、こう、正統派の、異世界ハーレム展開を、ご堪能なさっている。
それに引き換え、私ときたら、オジサンの行列。
……ずるいわ。
いえ、もちろん、わかっている。
私は、恋愛には、興味がない。三次元の男の人に、どうこうなりたいなんて、これっぽっちも、思っていない。私の本命は、あくまで、二次元。生身のイケメンに囲まれたって、正直、どうでもいい。……はずなのだ。
……はずなのに。
なんで、こう、イライラするのかしら。
たぶん、あれね。……モテたい、とかじゃなくて。あの、きらきらした、若くて綺麗な取り巻きが、ずらっと並んでる、あの、「絵」が。……あの、映える構図が。……五百旗頭さんにだけ、独占されてるのが、なんか、悔しいのだ。
……うん。そういうことに、しておこう。
◇
と、そんな私の、しょうもない嫉妬を、後ろから、そっと支えている人物がいた。
振り返ると、そこには、アリシアがいた。
アリシア。冒険者仲間であり、今回の旅では、私の護衛として、ついてきてくれている、頼れる子だ。今夜も、広間の隅で、きりっとした顔で、周囲に目を配っている。
「……聖女様」アリシアが、静かに、声をかけてきた。「あまり、他国の要人の前で、勇者様と、こそこそ内緒話をされるのは。……あまり、よろしくないかと」
「……あら、アリシア。真面目ね」
「護衛ですので」
アリシアは、きっちりと、敬語で答えた。
……そう。この子も、公式の任務中は、こうして、ぴしっと敬語になる。普段は、もっと砕けた感じで話す仲なのだけれど。まあ、仕事だものね。
と。
ふと、アリシアが、あの、五百旗頭さんを囲む騎士たちの一団を見て、ぽつりと、言った。
「……騎士様たちは、いいですね。あんなふうに、堂々と、この国の中枢で、働いていて」
その横顔が。
ほんの少しだけ、複雑そうに、見えた。
◇
……ん?
私は、アリシアの、その顔を見て、おや、と思った。
「……どうしたの、アリシア。あんたらしくない。……もしかして、あの騎士たちが、羨ましいの?」
「……いえ」アリシアは、すぐに、いつもの澄ました顔に戻った。「……ただ。……ああいう、生まれながらに、この国の立派な学校を出て、当たり前のように騎士になっていく人たちを見ると。……ちょっと、思うことが、あるだけです。……私みたいな、下から叩き上げの冒険者とは、スタートが、違うなあ、と」
「……ふうん」
私は、あまり、深く考えずに、うなずいた。
……この子、真面目だから、いろいろ、考えちゃうのねえ。
……なんて、のんきに思っていた私は、このとき、まったく、気づいていなかった。
この、アリシアの、ちょっとした引っかかりが。……そして、この先、私たちが向かう、とある「学校」で。……もっと、大きな、面倒ごとに、育っていくなんて。
◇
晩餐会は、夜遅くまで、続いた。
オジサンたちの挨拶を、聖女スマイルでさばき、五百旗頭さんのハーレムを、恨めしげに横目で見つつ。……私の、王国での夜は、こうして、更けていく。
そして、明日には、また北へ。
王都は、まだ、遠い。
でも、その途中には――王国の中央部には。この国が誇る、国際的にも有名な、貴族の学校が、あるのだという。
……ふうん。学校ね。
まあ、通り道だし。ちょっと、見学でも、していこうかしら。
――このときの私は、まだ、知らない。
その学校が、私にとって、とんでもない場所だ、ということを。
(第2話 了)




