第1話 表敬訪問という名の殴り込み
さて、状況を整理しましょう。
私は湊ミライ。令和の日本が生んだ天才美少女にして、この異世界でただ一人、精霊とお友達になれる聖女。そして――湊ミライ聖教国の、輝ける元首である。
……国の名前は、まあ、いいの。長いから、私も覚えてないし。
◇
思えば、遠くまで来たものだ。
殺し合いに放り込まれ、相棒を連れていかれ、「元の世界に帰す」と嘘をつかれて異世界にぽいっと捨てられた、あの日。あそこから私は、火球ひとつ撃てない丸腰の身で這い上がり、街を救い、精霊郷に国を建て、そしてこの間の諸侯会議では、大陸中の王様たちを前に堂々と演説をぶって、国際的に承認された立派な聖女国家の元首にまで上りつめたのだ。
我ながら、大出世。……いえ、大出世すぎて、ちょっと怖いくらい。
でも、である。
どれだけ立派になっても、まだ、片づいていない相手がいる。
――クロウディアス王国。
私と少年を召喚しておいて、「用済みだ、元の世界に帰してやる」と言って、しれっと異世界に捨てた、あの詐欺国家。相棒の五百旗頭さんを勇者として拉致し、こき使った、あの元凶。この間の諸侯会議でも、私の可愛い聖女国に、こっそり刺客だの密偵だのを送り込んできた、あの、しつこい連中。
……そう。要するに。
私の、一番でかい、アンチである。
◇
「――というわけで、五百旗頭さん。私は決めたわ」
揺れる馬車の中で、私は高らかに宣言した。
「アンチは、放っておいたら、いけないの。刺客とか密偵とか、あんなコソコソした嫌がらせを送りつけてくる時点で、あの王国は完全に、こじらせたアンチよ。しかも、大物のアンチ。……ここで直接ガツンと言ってやらないと、いつか大炎上に発展するわ」
「炎上」
私の向かいで、五百旗頭さんが、静かに繰り返した。
五百旗頭伊織さん。私の相棒であり、勇者であり、そして、うちの国の面倒な実務をぜんぶ一人で引き受けてくれている、頼れる人。丸顔でボブでにこにこしていて、一見ただの可愛い人にしか見えないのだけれど、この人、なかなかどうして食えない。
「ねえミライ。私、前から思ってたんだけど」五百旗頭さんは、頬に手を当てて、のんびりと言った。「アンチって、ある程度いた方が、盛り上がるんじゃない? 人気者の証っていうか。有名税っていうか」
「……甘いわね、五百旗頭さん」
私は、びしっと指を立てた。
「たしかに、健全なアンチはね。適度な距離で、遠くからチクチク言ってるくらいなら、まあ、可愛いものよ。放っておけばいい。……でも、あの王国は違う。あいつらは、私の家まで押しかけてきて、直接ガラスを割ってくるタイプのアンチなの。そういうのを野放しにすると、他のアンチまで『あ、この人には何してもいいんだ』って調子に乗る。炎上って、そうやって燃え広がるのよ」
「はあ」
「だから、直接、乗り込む。そして、火が小さいうちに、鎮火する。これは、危機管理よ」
……うん。完璧な理屈。
我ながら、聖女とは思えないほど、令和的な理屈。
◇
もっとも。
本当のところを言えば、私の中には、「炎上対策」なんていう、そんな小綺麗な言葉では片づかない、もっと、どろっとした気持ちが、ある。
帰すと言って、帰さなかった。
相棒を、連れていった。
そして――あの、気弱な少年まで、道連れにして、捨てた。
あの子は今、うちの国で、のんびり暮らしている。争いごとが嫌いだからと、今回の旅にもついてこず、留守番だ。……まあ、あいつはあいつで、平和にやっているのなら、それでいい。それでいいのだけど。
でも、あの子だって、本当は、帰りたかったはずなのだ。元の世界に。
……その権利を、あの王国は、平気で踏みにじった。
だから、これは、ただの炎上対策じゃない。
……なんて。
そんな湿っぽいこと、口に出す気は、さらさらないけれど。
◇
私たちが今、目指しているのは、その、クロウディアス王国。
場所は、東。うちの国から見て、まず帝国――イールランドの領土を東へ抜け、さらに、私が冒険者として最初にうろついていた、あの懐かしい街を通り越して、もっと東。大陸のかなり奥まったところに、その王国はある。
しかも、である。
今回の私は、追放されたときの、みじめな小娘ではない。
――湊ミライ聖教国、代表団による、公式の「表敬訪問」。
それが、今回のかたちだ。
一国の元首が、正式な使節として、堂々と、相手国を訪ねる。門前払いもできなければ、無下にもできない、外交のルールに守られた、完璧な大義名分。かつて裏口から蹴り出された私が、今度は正門から、胸を張って入っていくのである。
……ああ、いい。この、絵。
最高に、映える。
◇
とはいえ。
この「表敬訪問」というやつ、絵面は最高なのだけれど、道中は、なかなかに、過酷であった。
移動は、馬車。
これがね、歩くよりは、そりゃあ、ずっと快適なのだけれど。……いかんせん、この辺りの道は、整備というものを知らないらしい。石はごろごろ、地面はでこぼこ。馬車は、がったんがったんと、それはもう、遠慮なく揺れる。
おかげで私は、さっきから、お尻が痛くて、仕方がない。
「……もう、限界」
私は、ぼそりと呟いて、こっそり、隣に浮いている精霊ちゃんに、お願いした。
(ねえ。ちょっと、乗せてくれる?)
『いいですよ』
風の精霊ちゃんが、快く引き受けてくれる。ふわり、と、やわらかな風のクッションが、私のお尻を、そっと持ち上げた。
……そう。
私は今、馬車の座席から、ほんの少しだけ浮いている。精霊ちゃんの作ってくれた、見えないクッションの上に。
揺れない。痛くない。快適。
これぞ、聖女の特権。……いえ、精霊と仲良しな者だけに許された、ちょっとしたズル。
◇
で。
快適に浮きながら、ふと、向かいを見ると。
五百旗頭さんは、揺れる馬車の座席に、普通に、座っていた。
がったん、と馬車が跳ねるたびに、五百旗頭さんの体も、ぴょこん、と跳ねる。それでも彼女は、涼しい顔で、膝の上の書類なんかを、めくっている。
……というのも。
精霊ちゃんの姿は、私にしか、見えない。
だから五百旗頭さんには、私が浮いていることも、風のクッションのことも、まったく、見えていないし、そもそも、精霊なんてものが、この馬車の中に、ふよふよ漂っていること自体、知らないのだ。
彼女の目に映っているのは、たぶん、ただ――この揺れる馬車の中で、一人だけ、やけに姿勢の安定している、涼しい顔の私、である。
……で。
私は、その、普通に揺られている五百旗頭さんを見て、ちょっとだけ、心配になった。
「……ねえ、五百旗頭さん」
「なあに」
「……お尻、痛くない?」
「え?」五百旗頭さんは、きょとんとした。「……まあ、痛いっちゃ、痛いけど。旅ってこういうものでしょ。ミライこそ、よく平気ね。さっきまで、あんなに文句言ってたのに」
「……ふふ。私、聖女だもの。この程度の揺れ、精神力で、どうとでもなるわ」
……いえ。
精神力ではなく、風のクッションなのだけれど。
こういうときに、正直に「私だけ浮いてます、快適です」なんて言うと、なんだか、感じが悪いじゃない。だから、言わない。
……うん。これは、優しさ。
私の、ちょっとした、優しさである。(自分だけズルしてるうしろめたさとかでは、断じて、ない)
◇
馬車は、東へ、東へと進む。
窓の外の景色が、だんだんと、変わっていく。見慣れた帝国の穀倉地帯を抜け、私が駆け出しの頃にうろついた街並みを遠くに見送り、やがて、地図の上でしか知らなかった、東の大地へと、入っていく。
その、進む先に。
あの、王国が、ある。
私を捨てた国。相棒を奪った国。……そして、いつか私が、乗り込むと決めた、国。
窓枠に頬杖をついて、私は、遠い東の空を、じっと見た。
……待っていなさい。
あなたたちの、一番でかいアンチが、正門から、堂々と、鎮火しに行くから。
――もっとも。
この訪問が、まさか、あんな、乙女ゲームみたいな騒動に巻き込まれる、その入り口だなんて。
このときの私は、まだ、夢にも思っていなかったのだけれど。
(第1話 了)




