第5話 火球しか、撃たない
第5話 火球しか、撃たない
====================
さて、いよいよ、魔法の特訓である。
……といっても、教わる相手は、あの気弱な人魂。イフリート(自称)改め、チュートリアル(私命名)だ。
少年のいない、日中。人けのない、街外れの空き地。私は、腕を組んで、仁王立ちで、チュートリアルと向き合った。
「さあ、教えなさい。まずは、何から?」
『はい。……あなたは火の精霊――つまり、私と、相性がいいので。まずは、火の魔法から、覚えるのが、いいと思います』
「火。……いいわね。派手で。私向きだわ」
『では。……手のひらに、意識を集中して。体の中の魔力を、そこに、少しだけ、集めてください。……ほんの、少しでいいです。イメージは、指先に、小さな火を、灯す、くらいの』
「小さな火。……ふん、地味ね。でも、まあ、最初だから、我慢してあげる」
私は、言われた通り、手のひらに意識を集中した。体の中の、なにか熱いもの。それを、手のひらに、集める。……こう?
『あ、待ってください、そんなに一気に――』
「灯れ」
◇
――ぼっ。
次の瞬間、私の手のひらから、天井めがけて、火柱が、噴き上がった。
「ぎゃあああああ!?」
いや、天井はない。空き地だから。だから、火柱は、まっすぐ空へ。ついでに、私の前髪を、少し、焦がして。
「あつっ、あつっ、なにこれ、あつっ!」
私は、手を、ぶんぶん振り回した。火は、すぐに消えたけど、こげくさい匂いと、ちりちりになった前髪が、残った。
『……だ、大丈夫ですか』チュートリアルが、おろおろと寄ってきた。『だから、少しだけ、って言ったのに……。あなた、魔力を、一気に、全部、注ぎ込んだでしょう。……あのまま制御を失ってたら、あなた自身が、丸焼けになるところでしたよ。バーベキューです』
「バーベキュー……」私は、焦げた前髪を、指でつまんだ。「……ひどい目に、あったわ」
『でも、火は、出せましたね』
……確かに。火は、出た。むしろ、出すぎた。
私は、焦げた前髪のことは、いったん忘れることにして、腕を組んで、うなずいた。
「……なるほど。つまり、私は、火を、起こせるようになった、というわけね」
『……まあ、そういうことに、なりますね』
「これは、便利。……野営のとき、火起こしに、困らないじゃない。マッチも、火打石も、いらない。……ふふ。私、サバイバル能力、高いわ」
『……いえ、あの。……そういう、話じゃ、なくてですね……』
◇
チュートリアルは、言葉を選ぶように、遠慮がちに言った。
『あの……率直に、申し上げますと。今、あなたが出した、その火の量は。……その辺の、生活魔法の、レベルじゃ、ないんです。……普通の魔法使いが、一生かけても、出せるかどうかの、量で……。それを、火起こしに使うのは、その……たとえるなら、そう』
「そう?」
『……山を、吹き飛ばす大砲で、蚊を、追い払うような、ものかと』
「……大げさね」
『大げさじゃ、ないんです』チュートリアルは、めずらしく、きっぱり言った。『あなたの魔力量なら、その火を、"飛ばす"ことも、できます。手のひらから、火の玉を、撃ち出す。……それが、いわゆる、攻撃魔法。火球――ファイアボールです』
「火球」私は、その響きに、ぴくり、と反応した。「……いいじゃない。それよ。それが、やりたかったの」
火を、起こすだけ、なんて、地味。私が欲しいのは、手のひらから、ごうっと火の玉を撃ち放って、敵を、薙ぎ払う、あの絵。……そう、それでこそ、異世界の、魔法使い。
「教えなさい、チュートリアル。その、火球の、撃ち方を」
『はい。……では、さっきの火を、手のひらに留めたまま、それを、前に、押し出すイメージで――』
◇
その日の、午後。
私は、さっそく、覚えたての火球を試すべく、例の初心者ダンジョンに、乗り込んだ。
目標は、当然、あいつ。……先日、私に、屈辱を与えた、憎き宿敵。スライム。
いた。通路の真ん中で、ぷるぷると、油断しきって震えている、青い半透明のかたまり。
「……ふふ。再会ね、スライム」私は、手のひらを、突きつけた。「前回は、油断したわ。でも、今日の私は、違う。……くらいなさい。私の、新たなる力を」
私は、手のひらに、魔力を、込めた。……いや、正直、加減が、よくわからない。まあ、いいわ。たっぷり、いっとく。
「火球!」
――ごうっ。
私の手のひらから、直径一メートルはあろうかという、灼熱の火の玉が、爆音とともに射出された。
それは、スライムを、飲み込み。
通り越し。
ダンジョンの、奥の、岩壁を、抉り。
あたり一帯を、真っ赤に、照らして。
……しん、と、静まった。
スライムは……いなかった。跡形もなく。蒸発していた。あとには、じゅう、と焦げた、床の跡と、こげくさい匂いだけが、残った。
◇
『……あの』チュートリアルが、恐る恐る、口を開いた。『……やりすぎ、です』
「そう?」私は、火球の余韻に浸りながら、首をかしげた。「ちょうど、いいくらいだと思ったけど」
『スライムが、蒸発しましたよ。……スライムって、その、最弱の魔物で……普通は、木の棒で、突いても、倒せる、くらいの……。それを、蒸発させるって……あの、非常識な魔力量なんですよ、あなた』
「へえ」私は、あまり興味なさそうに、うなずいた。「……でも、なんか、この魔法、燃費、悪くない? 一発撃っただけで、どっと疲れた気がするわ」
『それは、加減、してないからです……! もっと、ちょっとで、いいんです。魔力の放出量を、絞れば……』
「めんどくさいわね」
私は、ばっさり、切り捨てた。
……だって、そうでしょう。加減がどうの、放出量がどうの。……ちまちま、してる。私は、そういうの、性に合わないの。どーんと撃って、どーんと倒す。それでいいじゃない。
◇
『……あの。ちなみに、火の魔法は、火球だけじゃ、ないんですよ』チュートリアルが、気を取り直して言った。『他にも、いろいろあります。たとえば、炎の壁――目の前に、炎の障壁を作って、身を守る魔法とか。あと、炎の槍――火球より、貫通力の高い、鋭い炎を、放つ魔法とか。用途に応じて、使い分けると――』
「それ、全部、火でしょ」
『……え』
「火の壁も、火の槍も、火の玉も。……全部、火。一緒じゃない」
『い、いえ、一緒では……。形も、性質も、用途も、まったく違って……』
「一緒よ」私は、断言した。「火は、火。細かい違いなんて、どうでもいいの。……火球が、あれば、いいわ。壁だろうが、槍だろうが、火球を、撃てば、だいたい、なんとかなるでしょう」
『な、なんとかは、なりますけど……。でも、それだと、応用が……』
「いいの。応用なんて」私は、手を、ひらひら振った。「私は、火球ひとつで、極めるの。……ほら、あるでしょう。武芸者が、たった一つの技を、磨き抜いて、達人になる、みたいなやつ。……あれよ、あれ。かっこいいじゃない。"火球しか使わない女"。……ふふ。もう、二つ名が、決まったわ」
チュートリアルは、しばらく、絶句していた。それから、ぼそっと、呟いた。
『……あなた、本当は、もっと、すごい魔法も、使えるのに……。高位の魔法だって、その魔力量なら、余裕で……。……なんで、火球ひとつに、こだわるんですか……』
「かっこいいからよ」
『……理由が、それ……』
◇
……ちなみに、後で聞いた話。
この空き地には、もともと、火の精霊だけじゃなく、水の精霊も、いたらしい。それも、そこそこ、位の高い、水の精霊が。
私が、あんまり、火球を、ぶっ放すものだから。
……その、水の精霊は、「火の気が強すぎて、いられたものじゃない」と、ぷんぷん怒って、どこかへ、行ってしまった、のだとか。
『……あの、水の精霊にも、仲良くしておくと、いろいろ、便利、だったんですけど……』チュートリアルが、遠慮がちに言った。『水魔法も、覚えられましたし……。……もう、当分、戻ってこないと思います。……あなたのこと、"火だるまの、暴君"って、呼んでました』
「失礼ね。人のこと、暴君だなんて」私は、ふん、と鼻を鳴らした。「まあ、いいわ。水なんて、地味なもの、要らない。私には、火球が、あるんだから」
……こうして、私は、覚えられたはずの、たくさんの可能性を、自分から、次々と、手放しながら。
それでも、上機嫌で。
たった一つの、特大の火球を、抱えて。
冒険者としての、第一歩を、踏み出したのだった。
(……もっとも、この火球ひとつが、のちに、とんでもない厄介ごとを、招くことに、なるのだけど。……それは、また、別の話)
(第5話 了)




