第4話 人魂に、説教される
青白い人魂が、喋った。
私は、正直、あまり驚かなかった。異世界だもの。人魂の一つや二つ、喋ったって、不思議じゃない。むしろ、いちいち驚いてやるほど、私は暇じゃないの。
「なによ、うるさいわね」私は、面倒くさそうに言った。「いま、私は、能力を開花させようとしてるの。話しかけないでくれる?」
『……あ、はい。すみません』
人魂は、しゅん、と縮こまった。……なんだか、やたらと腰が低い。
私は、それを無視して、また壁に手をかざした。……出ろ。魔法。私の、眠れる力。
『……あの』
「まだいたの」
『その……さっきから、気になっていたんですが。……もしかして、魔法、使えないんですか』
「……は?」私は、むっとした。「使えるわよ。ただ、ちょっと、コツを掴んでないだけ」
『あー……なるほど』人魂は、妙に納得したように言った。『心の中で思うだけじゃ、発動しないんですよ。それだと、いつまで経っても……』
「なによ、あんた、詳しいの?」
『まあ、いちおう。……その道の、専門家、みたいなもので』
◇
……ふうん。
私は、改めて、その人魂を、じろじろ見た。
青白くて、ふわふわしていて、たよりない。……なんだか、ゲームの最初に出てくる、チュートリアルのナビキャラみたいだ。ほら、あの、「ようこそ冒険者さん! 私が操作方法を教えてあげます!」って、しゃしゃり出てくる、妖精だか、光の玉だか。
……ああ、そういうことね。
私は、勝手に、納得した。
これは、きっと、異世界チュートリアルのオプション機能だ。私くらいの特別な人間には、こういう、専用のガイド役が、つくものなのね。(普通の人には、つかないんでしょうけど)
「なるほど。……あんた、チュートリアルね」
『……ちゅ?』
「異世界に来た私のために、操作方法を教えてくれる、案内役でしょう。……ふうん。気が利くじゃない、この世界も」
『いや、あの、そういうわけでは……』
「いいから、いいから」私は、鷹揚に手を振った。「せっかくだから、使ってあげる。ほら、教えなさいよ、魔法の使い方。……ただし、要点だけ。だらだら長いのは、嫌いなの。噛み砕いて、分かりやすく、要点を整理して、教えなさい」
『……えっと』人魂は、困ったように、ゆらゆら揺れた。『あの、その前に、一つだけ、いいですか。……あなた、ご自分の、魔力量、わかってます?』
「魔力量?」
『はい。……あの、率直に申し上げますと。……あなたの魔力、その……とんでもなく、駄々洩れなんです』
◇
人魂は、言いにくそうに、続けた。
『さっきから、あなたの周りに、魔力が、こう……もう、噴水みたいに、あふれ出ていて。……そのせいで、この辺りの、下位の精霊たちが、みんな、怖がって、近寄れないんですよ。「なんだ、あの化け物みたいな魔力は」って』
「化け物とは、失礼ね」
『あ、いえ、褒めてるんです。褒めてます。……で、まあ、その、放っておくのも、忍びないので。……よかったら、少し、魔力の扱い方を、お教えしようかと。……そう思って、声を、かけた次第でして』
……ふうん。
なるほど。私の、あまりに莫大な魔力に、この人魂が、恐れをなして、教えを乞いに来た、というわけね。(※微妙に違う)
「わかったわ。……特別に、教わってあげる」
『あ、ありがとうございます』
「で、あんた、名前は? チュートリアル、じゃ、味気ないでしょう」
『……名前、ありますよ』人魂は、少しだけ、姿勢を正した。……ように見えた。『私は、原初の五大系統の基礎――"原初の火"の、第四使徒が一人。……イフリートと、申します』
「ふうん」
『……あの、リアクション、それだけですか』
「イフリート、ね。……ゲームで、聞いたことあるかも。火の、召喚獣か、なにか、でしょう。……たしか、序盤で出てくる、弱いやつ」
『よ、弱い……!?』イフリートが、びくっと震えた。『いえ、あの、火の精霊なんです。召喚獣とは、ちょっと違って……これでも、原初の使徒なんですよ。第四使徒。……そこそこ、格が高いんですけど』
「はいはい。……で、チュートリアル。魔法、教えてくれるの、くれないの?」
『……チュートリアルは、やめてもらえます?』
◇
……ちなみに。
このとき、私は、まったく気づいていなかった。
精霊、というものは、本来、そう簡単に、人の目には見えないらしい。ある程度の魔力量を持った者――それこそ、名のある魔導士や、賢者クラスにならないと、その姿を捉えることすら、できないのだとか。
まして、「原初の使徒」などという、高位の精霊ともなれば、なおさら。伝説級の術者が、生涯をかけて、一度、拝めるかどうか。……そういう、レベルの、存在らしい。
……なのに、私には、最初から、普通に見えていた。ふつうに、話しかけられた。それが、どれだけ、規格外のことなのか。
私は、それを、「異世界チュートリアルのオプション」だと、思い込んでいた。
……まあ、いいわ。細かいことは。
◇
と、そのときだった。
「……ミライさん?」
部屋のドアが、そっと開いて、少年が顔を出した。……あら。もう帰ったんじゃなかったの。
「あの、忘れ物を、しちゃって……」少年は、部屋に入りかけて、ぴたり、と、動きを止めた。「……あの、ミライさん。……誰と、話してるんですか?」
「え? チュートリアルよ」私は、当然のように、人魂を指さした。「ほら、この、人魂。……イフリートって、名乗ってるけど」
少年は、私が指さした先を、じっと見た。
……何もない、部屋の隅を。
「……ミライさん」少年の顔が、みるみる、青ざめていった。「そこ……何も、いませんよ」
「は? いるでしょう。この、青白いの」
「いません」
「いるってば。ほら、ふわふわしてる」
「……いません」
……。
……あれ?
◇
私は、イフリートを見た。イフリートも、(たぶん)少年を見た。
『……あー』イフリートが、気まずそうに言った。『そうですね。……その方には、私、見えてないと思います。精霊は、一定以上の魔力量がないと、見えないので。……その方の魔力量では、ちょっと』
「……つまり?」
『あなたには見えて、あの方には見えない。……そういう、ことです』
……なるほど。
つまり、私が特別だから、見える。少年は、凡人だから、見えない。……ふふ。やっぱり、私は、選ばれし者ね。
でも、少年のほうは、そうは受け取らなかったらしい。
「ミライさん」少年は、悲痛な顔で、私の肩を掴んだ。「しっかりしてください。……そこには、誰も、いません。人魂も、イフリートも、いないんです」
「いや、いるってば」
「いません!」少年の目に、じわり、と涙が滲んだ。「……ぼく、心配なんです。ミライさん、ずっと、一人で、無理して、慣れない異世界で、頑張って……。……きっと、疲れが、溜まって……心が、限界で……。それで、見えないものが、見えたり、聞こえないものが、聞こえたり……」
「……ちょっと」
「お医者さんに、行きましょう。……ぼく、いいお医者さん、探しますから。この街に、心を診てくれる人が、いるはずです。……だから、お願いです、正気に、戻ってください……!」
「勝手に、病人にしないでちょうだい!」
◇
……こうして。
私は、少年に、本気で心配される羽目になった。
いくら「いる」と言い張っても、少年には見えないのだから、話が通じない。むしろ、言い張れば言い張るほど、少年の顔は、深刻になっていく。
「……わかった、わかったわよ」私は、根負けして、ため息をついた。「気のせいだったかも。ええ、そう、疲れてたのね、きっと。……だから、そんな、今にも泣きそうな顔、やめなさいよ」
「……本当ですか? 無理してませんか?」
「してないってば。ほら、もう平気。すっきり」
少年は、まだ半分疑うような顔をしながら、それでも、しぶしぶ引き下がった。「……何かあったら、すぐ、呼んでくださいね」と、念を押して、今度こそ帰っていった。
……ふう。
私は、ドアが閉まるのを確認して、それから、部屋の隅を振り返った。
イフリートが、まだ、ふわふわ浮いていた。
「……ねえ、チュートリアル」
『イフリートです』
「あんたのせいで、私、危うく、病院送りにされるところだったんだけど」
『い、いや、私のせいでは……』イフリートは、おろおろした。『むしろ、私、何も、してませんし……』
「まあ、いいわ」私は、腕を組んだ。「とにかく、決めた。あんたのことは、あの子のいる前では、話さない。二人きりのときだけ、教わることにする。……いいわね」
『……はあ。承知しました』
「よろしい。……じゃあ、さっそく、始めましょうか」私は、にやりと笑った。「私の、輝かしい、魔法使いデビューを。……ほら、チュートリアル。仕事しなさい」
『……その呼び方、本当に、やめてほしいんですけど……』
イフリートの、弱々しい抗議は、私の耳を、するりと抜けていった。
……こうして、私と、この気弱な火の精霊との、奇妙な師弟関係(※本人はチュートリアル扱い)が、始まったのだった。
(第4話 了)




