第3話 言語が通じる、これぞ最強
翌日。
私は、隠された伝説の力を探す――と意気込んだものの、正直、何から手をつけていいのか、さっぱりわからなかった。
チート能力。異世界に来た者に授かる、特別な力。……でも、それって、どうやって確認するの? ステータス画面を開く、みたいな便利なものは、どうやら、この世界にはないらしい。「ステータスオープン」と念じてみたけど、何も起きなかった。(ちょっと恥ずかしかった)
うんうん唸っていると、また少年が様子を見にやってきた。今日は、朝ごはんの差し入れつきで。
「おはようございます、ミライさん。……あの、なんだか、難しい顔してますけど」
「聞いて、少年」私は、パンをかじりながら言った。「私、探しているの。……私に眠る、伝説の力を」
「で、伝説の……?」
「そう。異世界に来た人間には、必ずチート能力が授かるのよ。私くらいの逸材が、何ももらってないなんて、あり得ない。……なのに、いくら探しても、見つからないの」
少年は、少し困ったように、それから、ふと、当たり前のことを口にした。
「……でも、チートって、もう、持ってるんじゃないですか」
「は?」私は、パンを持つ手を止めた。「何言ってるの。持ってたら、スライムに、負けるわけ……」
「いえ、そういうのじゃなくて」少年は、遠慮がちに続けた。「……ぼくたち、言葉、通じてますよね」
「……言葉?」
「はい。……ぼく、ミライさんとも、この街の人とも、普通に喋れてますけど。……よく考えたら、変なんです。ぼくが生まれた世界と、ミライさんが生まれた世界と、この異世界と……ぜんぶ、別々の世界で、たぶん、言葉も、文字も、まったく違うはずで。……なのに、なんで、こんなに普通に会話できてるんだろうって。……ぼく、ずっと不思議だったんです」
……。
……あ。
◇
言われて、初めて、気づいた。
そう、だ。私は、この世界に来てから、一度も、言葉で困ったことがない。ギルドの受付とも、髭のおじさんとも、宿の主人とも、当たり前のように喋れた。羊皮紙の文字だって、すらすら読めた。
……でも、考えてみれば、おかしい。ここは異世界。日本語なんて、通じるはずがない。文字だって、見たこともない形をしているはずだ。なのに、私の耳には、全部、なめらかな日本語として届いていて、私の口から出た言葉も、ちゃんと相手に通じている。この街の人にも。……そして、私とは、まったく別の世界から来たはずの、あの少年にも。
これは……。
これって、もしかして……。
「……チート、じゃない」私は、ゆっくりと立ち上がった。「言語が、通じる。異世界の、どんな種族とも、どんな文字とも、意思疎通できる。……これ、最強の、チートスキルじゃない!」
「あ、いや、最強かどうかは」
「考えてもみなさい」私は、興奮して、まくし立てた。「もし言葉が通じなかったら? 依頼も受けられない。買い物もできない。情報も集められない。何も、始まらない。……でも、私には、それが、最初から備わっている。コミュニケーション。あらゆる冒険の、基盤。……そう、私はもう、チート能力を、手に入れていたのよ!」
「な、なんだってー……」少年が、つられて、小さく声を上げた。
「気づかなかった……! こんな身近に、私の力が、眠っていたなんて……!」
◇
……で、ひとしきり感動したあと、私は、はた、と気づいた。
……いや。待って。
言葉が通じるのは、確かに便利。ありがたい。でも、これ、私だけじゃない。
「……ねえ、少年。あんたも、言葉、通じてるのよね」
「はい。通じてます」
「……つまり、この言語チート、あんたも、持ってる」
「たぶん、そうですね」
「……」
「……」
私は、じっと少年を見た。少年も、きょとんと私を見返した。
……そう、なのだ。冷静に考えれば、言葉が通じるのは、たぶん、この世界に召喚された異世界人みんなに、共通して与えられている、いわば、基本仕様。私だけの、特別な力、なんかじゃ、ない。
……ちょっと、しょんぼりした。
でも、私は、すぐに気を取り直した。
「……まあ、いいわ。基本仕様だろうと、なんだろうと、便利なものは便利。それに」
「それに?」
「私の場合は、これが特別に、優れているはずだから」
「……なんでですか」
「なんでって」私は、胸を張った。「私が、優れているからよ。同じ能力でも、器が違えば、輝きも違う。あんたの言語チートと、私の言語チートは、格が違うの」
「……はあ」
少年は、なんとも言えない顔をした。……わかってないわね。まあ、いい。
◇
とにかく、だ。
言語チートは、あった。あったけれど、これは、みんな持っている基本仕様。私が本当に欲しいのは、私だけの、私を特別たらしめる、とっておきの力。
……それは、まだ、見つかっていない。
「……ねえ、少年。この世界の人って、どうやって戦ってるの? 剣とか、魔法とか、いろいろあるでしょう」
「そうですね。……剣で戦う人もいれば、魔法を使う人もいます。あと、弓とか、槍とか……」
「魔法」私は、その言葉に、ぴくりと反応した。「……そう、魔法。ファンタジーといえば、魔法よね。異世界チートといえば、だいたい、とんでもない魔法を、ぶっ放すものと、相場が決まってる」
「あ、はい。魔法は、ありますね」
「なら、私も、使えるはずよ。だって、私は、特別だもの」
私は、すっくと立ち上がって、手のひらを、宿の壁に向けた。
……よし。イメージ。ファイヤーボール。火の玉。手のひらから、ごうっと炎が噴き出して、壁を、こんがり焼く。……そんな、絵を、思い浮かべる。
「……ファイヤーボール!」
……。
……何も、起きなかった。
「……ファイヤー、ボール」
……しーん。
「……出ろ。出なさい。……出ろってば」
「……あの、ミライさん」少年が、そっと言った。「壁に手を向けて、大きな声で、なんか唱えてますけど……大丈夫、ですか?」
「うるさいわね、集中してるの!」
◇
その後も、私は、いろいろ試した。
手をかざしたり、印を結んでみたり(漫画で見た)、呪文っぽい言葉を叫んでみたり。……でも、何も起きない。火の玉も、雷も、風も、うんともすんとも言わない。
……おかしい。
私くらいの逸材なら、思っただけで、魔法くらい、ぽんぽん出せるはずなのに。
「……ミライさん。魔法って、たぶん、才能とか、修行とか、必要なんじゃ……」
「才能なら、ある」私は、きっぱり言った。「修行は……まあ、私には、必要ないと思うけど。でも、なんか、コツが、要るのかもしれないわね」
「コツ、ですか」
「そう。きっと、私は、その、最初のとっかかりを、掴めてないだけ。……ふう。しょうがない。少年、あんた、その辺で、魔法の使い方が書いてある本とか、詳しい人とか、知らない?」
「うーん……ぼくは、そういうの、疎くて。……すみません」
「使えないわね」
「す、すみません……」
少年は、しゅんとした。……いえ、いいのよ。あんたに期待した、私が悪かったわ。(※理不尽)
◇
その夜。
少年が帰ったあとも、私は、諦めきれずに、一人、部屋で、魔法の練習(自称)を続けていた。
手をかざして、念じる。……出ろ。出ろ。私の中の、眠れる力よ。目覚めなさい。……何か、ないの。私、こんなに、才能に、あふれてるのに。
……と、そのときだった。
部屋の隅の、暗がりに。
ふわり、と。
小さな、青白い、光のようなものが、浮かんでいるのに、気づいた。
人魂、みたいな。ゆらゆら揺れる、光の玉。
……なにあれ。虫? それとも、この宿、出るの?(幽霊が)
私は、ちょっと、気味が悪くなって、そっちを見ないふりをした。
……でも。
その光は、なぜか、私のほうへ、ふらふらと、近づいてきて。
そして。
『……あの』
喋った。
「……は?」
『……あの、もし。……ちょっと、いいですか』
……人魂が、喋った。
しかも、なんだか、やたらと、遠慮がちに。
……なによ、これ。
……なんか、面倒くさいのに、話しかけられた気がする。
(第3話 了)




