第2話 慣れ合わない女
Fランク冒険者・湊ミライ。
響きは、最下位。でも私は気にしない。ここはスタート地点。どうせすぐ、駆け上がっていくんだから。
登録を終えて掲示板の前に立つと、さっそく何人かの新人らしき冒険者が寄ってきた。私と同じ、ほやほやのFランク。まだ装備も安っぽくて、目だけがきらきらしている連中だ。
「なあ、君も新人だろ? よかったらさ、俺たちと組まないか」
一人が、人好きのする笑顔で言った。
「Fランクの依頼って、一人じゃきついのが多いんだ。何人かで組んで、薬草採取とかスライム退治とか、コツコツやってさ。ほら、みんなで少しずつ強くなっていこうぜ」
……ふうん。
みんなで。少しずつ。強く。
私は、その言葉を頭の中で転がして、それから、にっこり微笑んで言った。
「遠慮しておくわ」
「え?」
「私、そういうの、興味ないの。……弱い者同士で群れて、傷を舐め合うみたいなの。慣れ合いっていうのかしら。……ぞっとする」
新人たちの顔が、さっと固まった。
◇
いい? ちゃんと説明してあげる。
私は、あの十三人のデスゲームを勝ち抜いてきた女よ。誰とも群れず、盤面を、たった一人で支配してきた。(※実際は五百旗頭さんに全部お膳立てしてもらっていたのだけど、そのことはきれいに忘れている)
馴れ合いなんて、私の美学に反する。私は一人でいい。一人で、颯爽と、ダンジョンを駆け抜けて、誰の助けも借りずに、成り上がっていく。……そのほうが、絵になるでしょう。
だって、想像してみて。大勢でわいわい薬草を摘む私と、たった一人で最下層まで踏破する私。……どっちがかっこいい? ……決まってるじゃない。
「……なんだよ、あいつ」
「感じ悪」
「せっかく誘ってやったのに」
背中で、新人たちがぼそぼそ言っているのが聞こえた。でも、いい。理解されなくて結構。孤高というのは、いつだって孤独なものなのよ。(キリッ)
◇
というわけで、私は一人、ダンジョンに向かった。
街の外れにある、初心者向けのダンジョン。Fランクでも入れる、一番浅い階層。魔物といっても、出てくるのはスライムがせいぜい、という、まあ、練習場みたいなところだ。
薄暗い洞窟を、私は堂々と進んだ。武器は……ない。買うお金がないから。でも問題ない。異世界チートさえ覚醒すれば、素手だってどうにでもなる。(たぶん)
そして、いた。
通路の真ん中で、ぷるぷると震えている、青い半透明のかたまり。……スライム。魔物図鑑でいえば、最弱も最弱。子どもでも倒せると言われる、あれ。
……ふふ。手始めには、ちょうどいいわね。
私は、腰に手を当てて、高らかに宣言した。
「そこの雑魚モンスター。運が悪かったわね。……この湊ミライの、記念すべき最初の獲物に選ばれるなんて」
スライムは、返事をしなかった。当然だ。ぷるぷるしているだけ。
私は勇ましく、拳を振り上げて、突っ込んでいった。
◇
……で、結論から言うと、私はスライムに負けた。
殴った。確かに殴った。でも、私の拳は、スライムのぶよぷよした体にずぶりとめり込んで、そのまま……吸い込まれた。ぬるり、とした感触。ものすごく、気持ち悪い。
「ちょ、なに、これ、やだ、離してっ」
慌てて引き抜こうとすると、今度はスライムが、私の腕を伝ってじわじわと這い上がってくる。溶解液なのか、腕がひりひりする。し、酸? 溶かされる?
「いやああああ!」
私は絶叫して、腕をぶんぶん振り回し、なんとかスライムを引き剥がして、一目散に逃げ出した。うしろで、スライムがぷるぷると、心なしか勝ち誇っているように見えた。
……くっ。おのれスライム。今日のところは、見逃してあげる。(※普通に返り討ち)
◇
その夜。
私は、しょんぼりと、間借りしている安宿の部屋に帰った。腕はまだひりひりするし、お腹はぺこぺこだし、なにより、お金がない。
冒険者は、魔物を倒して、素材を売って稼ぐ。でも私は、スライム一匹倒せない。つまり、収入はゼロ。
……困ったわね。このままだと、明日から、ごはんが食べられない。
と、そこに。
「……ミライさん。いますか」
控えめなノックと共に、聞き慣れた、気弱な声がした。
……あの少年だ。別々の地域に飛ばされたはずなのに、こいつ、わざわざ私の居場所を突き止めて、ときどき様子を見に来る。就職して、堅実に稼いでいるらしく、来るたびに、なんだかんだ差し入れをしてくれる。
「入りなさい」
「し、失礼します。……あの、これ、よかったら」
少年が、おずおずと差し出したのは、湯気の立つ、大きな包み。……串焼き肉と、パンと、果物。ごくり、と喉が鳴った。
「……まあ、いいでしょう。せっかく持ってきたんだから、食べてあげるわ」
「あ、はい。……どうぞ」
私は、ありがたく、というのは絶対に顔に出さず、当然の権利のように、それをむしゃむしゃ食べ始めた。少年は、その様子を、少しほっとしたように見ている。……調子が狂う。
◇
「……冒険者、どうですか」少年が、遠慮がちに聞いてきた。「うまく、いってます?」
「ええ、順調よ」私は、肉を頬張りながら、堂々と答えた。「すこぶる、順調」
「そうなんですね。……よかった」
「今日も、ダンジョンで、スライムと、熱い、死闘を、繰り広げたわ」
「し、死闘」
「まあ、今回は、引き分けということにしておいたけど」
……嘘である。普通に負けて逃げ帰った。でも、そんなこと、言えるわけがない。
少年は、なぜか、複雑な顔をした。
「あの……ミライさん。無理はしないでくださいね。……お金、きつかったら、ぼく、また持ってきますから」
「あら、いいの?」
「え、あ、いや、その」
「なら、遠慮なく」私は、にっこり笑った。「あんたのおごりで、生きていくことにするわ。しばらく」
「……えっ」
「なによ。嫌なの?」
「い、いえ……嫌じゃ、ないですけど……」
少年は、なにか言いたそうな顔をして、でも、結局、何も言わず、へにゃりと笑った。……お人好しね。ほんと。
◇
少年が帰ったあと、私は一人、天井を見上げて考えた。
……このままじゃ、まずい。いくらお人好しの少年がいるとはいえ、いつまでもたかっているわけにはいかない。(一応、そのくらいの分別はある)
私は、力をつけなきゃいけない。王国を乗っ取って、魔王を倒して、五百旗頭さんを回収する。そのためには、まず、スライムくらい、倒せるようにならなきゃ。
でも、どうやって? 剣もない。魔法も使えない。異世界チートは、覚醒する気配もない。
……ん? 異世界チート。
そういえば、私、まだ、チート能力を手に入れていない。……いえ、待って。本当に? 異世界に来た人間には、必ず何か、特別な力が授かるはず。私くらいの逸材が、まさか、何ももらっていない、なんてこと……あるわけ、ない。
きっと、私はもう、持っているのだ。とんでもないチート能力を。ただ、まだ、それに気づいていないだけ。
……そうよ。そうに決まってる。
私は、なんだか、無性に確信した。根拠は、ない。でも、こういうときの私の勘は、当たる。(※当たった試しはない)
明日、探してみよう。私の、隠された、伝説の力を。
……ふふ。ふふふ。
こうして、無収入でスライムにも勝てない女は、それでもなお、自分が特別だと信じて疑わないまま、眠りについたのだった。
(第2話 了)




