第5話 いつも私はそれで助かってきた
どの国のお陰で、国家を維持できているのか。国名だけでも――。
宰相の問いが、静かな会議場に、重く響いた。
◇
……無理。無理無理無理。
私は、心の中で、ぐるぐると、同じ言葉を繰り返していた。
答えられない。「魔王のお陰」なんて言えるわけがない。「帝国のお陰」と言えば、たぶん、この人たちの思う壺。かといって、気の利いた切り返しなんて、今の私には思いつかない。
各国の代表が、じっと私を見ている。その視線が、痛い。重い。
……助けて。
私は、思わず、ちらりと、後ろを見た。そこには、五百旗頭さんがいる。気まずくて、ずっと目も合わせられなかった、五百旗頭さんが。
◇
……おかしいな。
私は、混乱していた。
なんで、喋れないんだろう。こんなに注目されているのに。みんなに、見られているのに。
……ああ、そうか。たぶん、偉い人ばっかりだからだ。学校の先生とか、そういう、ちゃんとした大人の前だと、うまく喋れなくなる。あれと同じ。令和にいた頃から、変わってないんだ、私。
……でも。おかしい。
冒険者だった頃、街のみんなの前で、聖女の演説をしたとき――あのときは、注目されて、あんなに気持ちよかったはずなのに。どうして、今日は、こんなに縮こまっているんだろう。
同じ「注目されている」なのに、何が違うの――。
◇
そのときだった。
後ろから、五百旗頭さんが、そっと身をかがめて、私の耳元で囁いた。
「――みんな、見てるよ」
……え。
「いつものミライなら、出来る」五百旗頭さんの声は、静かで、あたたかかった。「いつも私は、それで助かってきた」
……。
「この前は、ごめんなさい」
……え。
「これからも、よろしく」
……。
私は、目を、見開いた。
◇
……いま。
……五百旗頭さんが。
……謝った?
あの、プライドが高くて、理屈っぽくて、絶対に自分から折れたりしない、あの五百旗頭さんが。この、大勢の前で。私に、「ごめんなさい」って。「これからもよろしく」って。
しかも――「いつも私は、それで助かってきた」。
……私に。助けられてきた、って。あの、なんでも一人でできる五百旗頭さんが。私のことを。認めて、くれてる。
……どうしよう。
なんだか。じわじわと。胸の奥から。あったかいものが、こみあげてきた。
あれだけ、しぼんでいた気持ちが。あれだけ、ネガティブに沈んでいた心が。ふっと、軽くなる。
……ああ。そうか。私が欲しかったのは、これだったんだ。
各国の代表の、注目でも。聖女っていう、肩書きでも、なくて。ただ、五百旗頭さんに、認めてもらうこと。仲直りすること。それだけで、こんなにも。
◇
……そして。心が軽くなると同時に。
脳の奥で、なにか、ぷしゅっと、弾ける感覚があった。
……あ。これ。ドーパミン。出てきた。
久しぶりの、あの感覚。承認欲求が満たされたときの、あの、脳汁がじゅわっと分泌される、あの感じ。
……戻ってきた。
しぼんでいた私が。借りてきた猫だった私が。むくむくと、元通りに、膨らんでいく。
◇
……で。元気を取り戻した私は、改めて、周りを見渡した。
……あれ?
……よく、見たら。
この人たち、なに?
みんな、変な格好してる。きらびやかな、ローブだの、マントだの。頭には、宝石のついた、冠だの。護衛なんて、ごてごてした鎧まで着込んでいる。
……いい大人が。中世のコスプレ。してるみたい。
……よく考えたら。私が本当に苦手なのって、スーツにネクタイの、令和の、ちゃんとした大人たちだ。就職の面接官とか、先生とか、そういう。
……でも、この人たちは、違う。鎧って。恥ずかしくないの? 冠って。ハロウィンなの?
……そう思ったら。
なんだか。急に。
――注目されているのが、気持ちよくなってきた。
◇
……ふふ。
そうよ。私は、湊ミライ。令和が生んだ、天才美少女。こんな、中世コスプレのおじさんたちに、気後れしている場合じゃないの。
私は、すう、と息を吸って。それから、にっこりと微笑んで、口を開いた。
「――失礼」
さっきまでの蚊の鳴くような声が、嘘のように。よく通る、堂々とした声が出た。
各国の代表たちが、ぴくり、と反応する。
「我が国が、誰のお陰か、でしたわね」私は、優雅に、髪をかき上げた。「それは――」
「それは?」宰相が、身を乗り出した。その目が、「さあ、帝国と言え」と、期待に光っている。
……ふふ。残念でした。
私は、この、狡猾な軍師の期待を、木っ端微塵にする、とっておきの答えを――まだ、何も考えていなかったけれど。とにかく、口を開いたのだった。
(第5話 了)




