第5話 男爵はカッコ悪いから騎士爵で
「――聖女様の、御高名は。……かねがね、伺っております」
軍師は。……にこやかに。……そう、切り出した。
◇
「魔王軍の、幹部を、退け。……皇太子殿下の、御命を、お救いに、なった。……まさに、帝国の、救世主。……その、お力。……皇帝陛下も、深く、感謝して、おられます」
「あら。……そう」私は、鷹揚に、頷いた。「……わかってるじゃない。……もっと、褒めて、いいのよ」
「はい。……いくらでも」軍師は、うやうやしく、頭を、下げた。「……ところで、聖女様。……皇太子殿下を、お救い、いただいた、際の。……あの、お約束。……覚えて、おいでで、いらっしゃいますか」
「……お約束?」
「ええ。……"目指す、場所への、サポート"。……そして。……"相応の、見返り"を、と。……我が、帝国は。……まだ、その、御恩に。……十分には、報いて、おりません」
……ああ。……そういえば。……そんな、話も、あったわね。
◇
「……で? ……何を、くれるの」私は、身を、乗り出した。
……すると。……軍師は。……にんまり、と、笑って。……言った。
「――聖女様に。……爵位を、お授けしたいのです」
「爵位?」
「はい。……帝国の、"男爵"の、位を。……あなたに」軍師は、恭しく、言った。「……これで、あなたは、名実ともに。……我が、帝国の、貴族。……"帝国の、聖女"として。……遇される、ことに、なります」
……。
……爵位。
……男爵。
……貴族。
……私が。……貴族に。
……ぞくぞくっ、と、した。
◇
……いい? 説明させて。
貴族。……男爵。……それは。……おとぎ話の、世界の、言葉。……お城。……舞踏会。……ドレス。……"○○男爵"、なんて、呼ばれて。……華やかな、社交界に。……招かれる。
……ああ。……なんて。……いい、響き。
……令和の、日本に、いた頃。……私、こういうの。……憧れてたのよね。……漫画とか、乙女ゲームとかに、出てくる。……貴族の、世界。
(……ちなみに。……この、"爵位を、与えて、帝国の、聖女として、囲い込み、他国への、牽制に、使う"、という。……軍師の、狙いには。……私は、まったく。……気づいて、いなかった。……そういう、腹の、探り合いは。……私の、興味の、範囲外、なので)
◇
「……いいわね、それ」私は、目を、輝かせた。「……もらって、あげる。……その、爵位」
「おお。……ありがとう、ございます」軍師は、満足げに、頷いた。(……欲に、釣られたな、と。……その、目が、言っていた。……でも、私は、気づかない)
「……あ、でも」私は、ふと、思いついて。……付け加えた。「……肩書きだけ、じゃ、味気ないわね。……ねえ。……領地とかも。……くれるの?」
……軍師の、眉が。……ぴくり、と、動いた。
「……領地、で、ございますか」
「そう。……貴族なら。……領地の、一つや、二つ。……あるものでしょう」
「……ふむ」軍師は、少し、考えるように。……顎を、撫でた。「……では。……ささやかな、領地を。……ご用意、いたしましょう。……どこか、適当な。……小さな、土地を――」
「――ここが、いいわ」
「……は?」
◇
「ここよ、ここ」私は、地面を、指さした。「……この、精霊郷。……これ、丸ごと、私に、ちょうだい」
……軍師は。……きょとん、と、した。
「……この、精霊郷を、で、ございますか」
「そう。……ダメ?」
「……いえ」軍師は。……一瞬、何かを、考えるように、目を、動かして。……それから。……こらえきれない、というように。……口元を、緩めた。「……ダメ、なわけが、ございません。……むしろ。……喜んで」
……ふふ。……よかった。……あっさり、くれるって。
(……ちなみに。……軍師からすれば。……この、精霊郷、なんて。……魔王軍と、隣接した、戦場に、なるだけの。……荒れ果てた、無価値な、土地。……そんな、ものを、欲しがる、聖女は。……"欲深いくせに、見る目のない、御しやすい、駒"。……そう、思われた、こと。……私は。……やっぱり。……気づいて、いなかった)
……でも。……私には。……この、荒れ地が。……欲しかった。
……だって。……ここには。……私の、大切な。……精霊たちが。……いるんだもの。
◇
「では。……決まりですな」軍師は、上機嫌で。……羊皮紙を、取り出した。「……聖女、湊ミライ殿を。……帝国、男爵に、叙し。……この、精霊郷一帯を、その、所領と、する。……これにて――」
「――待って」
「……は?」
「男爵、って、言った?」私は、眉を、ひそめた。
「はい。……男爵で、ございますが」
「……男爵、かあ」私は。……腕を、組んで。……うーん、と、唸った。「……なんか。……カッコ悪く、ない?」
「……は?」
軍師の、笑顔が。……初めて。……固まった。
◇
「……男爵、って。……なんか。……響きが。……ぱっとしない、のよね」私は、真剣に、言った。「……ほら。……"ミライ男爵"。……うーん。……なんか。……ダサい。……微妙」
「……せ、聖女様?」軍師は、困惑した。「……あの。……爵位、というのは。……高いほど。……位が、上、でして。……男爵は、その。……下から、数えた、方が……」
「じゃあ、いらないわ、男爵」
「……い、いらない!?」
「もっと、こう。……響きの、いいやつ、ない?」私は、注文を、つけた。「……上の、位、とか」
……軍師は。……ごくり、と。……唾を、飲んだ。……たぶん。……"欲を、出してきたぞ。……もっと、高い、爵位を、ねだる、気だ"、と。……そう、警戒した、のでしょう。
「……で、では。……その。……準男爵、では――」
「準男爵? ……それも、なんか。……ビミョー」私は、ばっさり、切った。「……"準"、って。……なんか。……補欠、みたいで。……嫌」
「……で、では……!」軍師は。……もう、わけが、わからない、という、顔で。……絞り出した。「……騎士爵、では、いかがでしょう……!」
「騎士爵」私は、繰り返した。「……騎士。……"ミライ騎士"。……ん。……騎士。……騎士かあ」
……騎士。
……なんか。……ちょっと。……かっこいい、かも。……剣とか、持ってそう。……凛々しい、感じ。
「……いいわ。……それで、妥協して、あげる」私は、鷹揚に、頷いた。「……騎士爵。……それで、手を、打ちましょう」
◇
……軍師は。……しばらく。……ぽかん、と、していた。
……そりゃ、そうよね。……男爵、を、蹴って。……準男爵も、蹴って。……自分から。……一番、下の。……騎士爵を、選ぶ、貴族、なんて。……聞いた、ことが、ないもの。
「……よ、よろしいので……?」軍師は、恐る恐る、聞いた。「……本当に。……騎士爵で……? ……男爵の、方が。……位も、高く。……実入りも、多いのですが……」
「いいの。……響きが、大事なの」私は、きっぱり、言った。「……位とか、実入りとか。……そんな、細かいこと。……どうでも、いいの」
……軍師は。……何か。……信じられない、ものを、見るような。……目で。……私を、見ていた。
(……後で、聞いた、話。……この、"男爵位を、自ら、辞退し。……最も、慎ましい、騎士爵を、選んだ、聖女"の、逸話は。……「なんと、欲のない。……なんと、高潔な、御方か」と。……瞬く間に。……帝国中に。……広まった、らしい。……"聖女は、権勢を、求めず、ただ、精霊と、土地に、寄り添う"、と。……また、勝手に。……伝説が、一つ、増えた)
……いや。……私は、ただ。……"騎士"の、響きが。……"男爵"より。……かっこいいと。……思った、だけ、なんだけど。
◇
……で。
こうして、私は。……帝国の、騎士爵にして。……精霊郷の、領主に。……なった。
……ふふ。……領主。……響き、いいわね。
……でも。……正直に、言うと。……私が、一番。……嬉しかったのは。……爵位でも。……領地でも。……なくて。
――収入が、入る、ってこと。
……そう。……騎士爵には。……ささやか、ながら。……俸給が、つく。……つまり。……私に。……初めて。……安定した、収入が。……できるのだ。
……いい? これは、大きいの。……だって。……今まで、私。……ずっと。……少年に。……養われて、きたのよ。……ヒモ。……髪結いの、亭主。……そう、呼ばれても、仕方ない、身分。
……それが。……これからは。……逆。……私が。……稼ぐ、側。……支える、側。……大黒柱。
……ふふ。……ふふふ。
……少年の、やつ。……いつも、偉そうに。……"また、無職ですか"、とか。……"生活費が"、とか。……言ってた、けど。……これからは。……私が。……養って、あげる、番よ。……せいぜい。……感謝、しなさい。
(……ちなみに。……私が、こうして。……荒地の、領主に、なり。……帝国の、辺境で。……半ば、独立した、勢力の、礎を。……築きつつ、あった、ことに。……そして。……それが。……のちに。……帝国の、思惑を、大きく、超えて、いく、ことに。……このときの、私は。……やっぱり。……これっぽっちも。……気づいて、いなかった。……ただ。……"少年に、マウントが、取れる"、と。……そればかりを。……考えて、いたのだった)
(第5話 了)




