第5話 道案内は、いらない
街の、外れ。……南へ、続く、街道の、入り口で。
一人の、女が、腕を、組んで、待ち構えていた。
「――遅かったじゃない、ミライ」
◇
「……アリシア?」
赤みがかった、髪を、後ろで、きっちり、結んだ、真面目そうな、女。……冒険者の、アリシア。……なんで、こんな、ところに。
「どういうつもりか、教えてくれる?」アリシアは、じろり、と、私を、見た。「聖女様が。……夜逃げ、みたいに、こっそり、街を、出ようと、してる。……水くさいじゃない」
「……なんで、それを」
「街の、噂よ。……"聖女様が、王国に、狙われて、南へ、逃げるらしい"って。……もう、みんな、知ってるわよ」
……夜逃げ、丸わかりじゃない。
◇
「……で。……あんた、何しに、来たの」
「決まってるでしょ」アリシアは、胸を、張った。「あなたたち、南の、帝国へ、行くんでしょう? ……私、帝国の、出身なの。……あの辺の、地理は、詳しいわ。……道案内を、してあげる」
「道案内」
「そう。……国境越えは、危険なの。……素人だけで、行ったら、遭難するか、捕まるか、よ。……私が、いれば、安全に、案内できる。……どう、頼りになるでしょ?」
……ふうん。
……いや、でも。私には、精霊たちが、いる。行く先々の、精霊が、道を、教えて、くれるから。……正直、道案内は。……いてもいなくても、どっちでも、いいのだけど。
「……別に、いらな……」
「――ありがとうございます、アリシアさん」
私が、断ろうとした、その、瞬間。……横から、五百旗頭が、すっと、割って、入った。
「え?」
「地元の、方が、案内してくださると、心強い。……ぜひ、お願いします」五百旗頭は、にっこり、笑って、アリシアの、手を、握った。「私は、五百旗頭と、申します。……ミライの、古い、友人です」
「あ、はい。……アリシアです。……よろしく」
「ではでは。……これで、道案内は、決まりですね」
……ちょ。……勝手に、まとめた。
◇
「……ちょっと、いおきべさん」私は、五百旗頭を、脇に、引っ張った。「私、道案内は、いらないって、言おうと……」
「ミライ」五百旗頭は、小声で、言った。「……あの方、あなたのことを、心から、心配して、待っていたんですよ。……それを、"いらない"は、あんまりです」
「……でも、精霊が」
「精霊が、道を、教えてくれるのは、わかります。……でも、人の、好意は。……無下にするものじゃ、ありません」五百旗頭は、諭すように、言った。「……それに。……道中、話し相手が、増えるのは、いいことです。……あなた、放っておくと、精霊とばかり、喋って。……傍から見たら、危ない人ですからね」
「……危ない人とは、失礼ね」
「事実でしょう」
……うぐ。……反論、できない。
◇
……というわけで。
私たちの、逃避行の、メンバーは。……四人に、なった。
私、湊ミライ。傷の、癒えた、五百旗頭。無職に、逆戻りの、少年。……そして、道案内の、アリシア。……あと、目に、見えない、高位精霊たちが、わらわら。
……まあ、賑やかで、いいわ。旅は、道連れ、って、言うしね。
◇
数日、南へ、歩いて。……私たちは、国境付近に、さしかかった。
そこで、アリシアが。……ふいに、足を、止めて。……真剣な、顔で、振り返った。
「……ここから先が、国境よ。……よく、聞いて」
アリシアの、声が、引き締まった。
「今の、王国と、帝国は。……仲が、悪いの。……国境紛争が、絶えなくて。……警備が、とても、厳しい。……正面の、関所を、通るのは、まず、無理。……追われてる、あなたたちなら、なおさら」
「……じゃあ、どうするの」
「――あの、山を、越えるのよ」アリシアは、遠くに、そびえる、白い、山脈を、指さした。「あそこは、一年中、冬。……万年雪の、冬山。……あそこを、越えれば、帝国に、入れる。……でも、生半可な、覚悟じゃ、命を、落とすわ。……それでも、行くしか、ない」
「……冬山越え」五百旗頭が、腕を、組んで、山を、見上げた。「……厳しいですね。……あの標高差、下手すると、冬の、アルプス越えより、過酷かも、しれません。……装備を、しっかり、整えないと」
……ふむ。
◇
冬山越え。……アルプス。
……ちょっと、かっこいい、じゃない。吹雪の、中を、凍えながら、進む、私たち。……仲間と、支え合い。……極限の、状況で。……ついに、頂を、越える。……うん。……絵に、なる。
……でも。
『あ、ミライ、待って待って』
と、そのとき。……足元で、ふわふわ、していた、精霊の、一匹が、言った。
『山、越えなくても、いいよ?』
「……え?」
『こっちに、隠し通路、あるもん』精霊は、けろっと、言った。『そこの、岩場の、裏。……普通の、人間には、見えない、精霊の、通り道。……ぼくらが、いつも、使ってる、抜け道。……そこ、通れば。……山、登らなくても。……あっさり、帝国側に、出られるよ』
「……マジで?」
『マジマジ。……危なくないし、寒くないし。……半日も、あれば、着くよ』
……。
……なんだ。……あるじゃない。……楽な、方法。
◇
「……あのさ、アリシア」私は、気まずそうに、切り出した。「……せっかく、覚悟、決めてもらった、ところ、悪いんだけど」
「……なに?」
「……冬山、越えなくて、いいみたい」
「……は?」
「精霊が、隠し通路、教えてくれたの。……そこ、通れば、あっさり、帝国に、出られるって。……山、登らなくて、いいわ」
「……えっ」アリシアの、顔が、こわばった。「……ちょ、ちょっと、待って。……隠し通路って、なに。……私、そんなの、聞いたこと……」
「精霊しか、通らない、道だから。……人間は、知らないのよ」
「……」アリシアは、しばらく、固まって。……それから、震える、声で、言った。「……じゃあ。……私。……なんのために。……来たの。……道案内、意味、なかったの……?」
……あー。
……えっと。
「……まあ」私は、正直に、答えた。「……本音を、言うと。……そうかも」
「――こら、ミライ!」
◇
五百旗頭が、ぺしり、と、私の、頭を、叩いた。
「痛っ」
「思っても、口に、出さないの!」五百旗頭は、私を、叱ってから、アリシアに、向き直った。「……アリシアさん、気に、しないで、ください。……国境の、情報を、教えてくださったのは、アリシアさんです。……おかげで、警備の、厳しさも、わかりました。……とても、助かっています。……ね、ミライ」
「……え。……あ、うん。……そうね。……助かった、わ」(棒読み)
「……ミライ」五百旗頭が、じろり、と、した。
「……ほんとに、助かったわ!」(気持ちを、込めて)
「……もう」アリシアは、がっくり、と、肩を、落として。……それから、ため息を、ついて、笑った。「……あなたって、ほんと、正直、よね。……ま、いいわ。……あなたが、無事に、帝国に、着けば。……それで、いいもの」
……ちっ。……いい子、ぶっちゃって。(※ちょっと、罪悪感)
「……ところで、いおきべさん」私は、こっそり、言った。「あんた、"思っても口に出すな"って、言うけど。……そういう、あんたも。……私のこと、ぺしぺし、叩くの、失礼じゃない?」
「……あら。……これは、しつけです」五百旗頭は、しれっと、言った。「口に、出す、あなたが、悪い」
……ぐぬぬ。
◇
というわけで。……私たちは、精霊の、隠し通路を、通って。……冬山を、登ることも、なく。……国境を、あっさり、越えた。
岩場の、裏の、狭い、洞窟を、抜けると。……ぱあっと、視界が、開けた。
……そこは。……もう、帝国、だった。
見たことの、ない、風景。……遠くに、そびえる、白亜の、城塞都市。……見慣れない、様式の、家々。……行き交う、人々の、服装も、言葉の、訛りも。……何もかもが、これまでの、街とは、違う。
……ふおお。
……新しい、ワールドが。……開放された。
「……ふふ」私は、思わず、にんまり、した。「……新エリア、開放。……これよ、これ。……この、ワクワク感。……これが、あるから、冒険は、やめられないのよ」
「……ミライ?」五百旗頭が、怪訝な、顔を、した。「……また、何か、ぶつぶつ、言ってますね」
「……なんでもないわ」私は、ふふん、と、笑った。「……さあ。……新しい、ワールドの、探索、開始よ。……ついてきなさい、みんな」
……こうして、私たちは。……新天地・帝国へと。……足を、踏み入れたのだった。
(……その、帝国で。……とんでもない、歓迎が、待っている、とも、知らずに)
(第5話 了)




