4. 覚えておいて。私は、あなたを死なせたりなんかしない
―――「私の声を聞いて、レグル」
(……何だ?)
「レグル、私の声が聞こえるなら答えて!」
(――誰だ?)
また女性の声が聞こえてきた。レグルがいるのは、何も見えない真っ暗な場所だった。周囲には何もなく、ただ見知らぬ少女の声だけが、どこからともなく聞こえてくる。
「私は女神チャオ。あまり時間がないの」
「女神……? 君、女神って言ったのか? それで、俺に何の用だ?」
少女は何か言いかけたものの、少し迷ったように黙り込んだ。そして数秒の沈黙のあと、静かな声で告げる。
「お願い……自分の身を大切にして、レグル。死なないで」
「は? 俺はまだ死ぬつもりなんてないぞ……。それより、なんで隠れてるんだ? 姿を見せてくれ」
「覚えておいて。私は、あなたを死なせたりなんかしない」
その言葉を最後に、レグルは勢いよく目を開いた。そして反射的に手を伸ばしたが、そこはすでに現実の世界だった。
「待って!」
「…………」
背中には柔らかなベッドの感触があり、伸ばした手には窓から入ってきたそよ風が触れていた。レグルはゆっくりと顔を横へ向ける。すると、そこには目を大きく見開いたクララが立っていた。
「レグル? だ、大丈夫? もしかして、悪い夢でも見たの?」
レグルは自分でも気づかないうちに顔を赤くすると、慌てて手を下ろし、急いで上半身を起こした。周囲を見回すと、部屋の隅には鏡が置かれている。レグルは自分の顔に触れ、本当に目が覚めているのか確かめるように何度か頬を触った。
「クララ……俺、どれくらい寝てた?」
「一晩だよ」
(……あれは、一体何だったんだ?)
レグルは数秒間、何も言わずにクララを見つめながら、今まで何があったのかを思い出そうとしていた。最後に覚えているのは、工房に入ってきたブランと、その直後に全身を襲った突然の脱力感だった。それから気を失い、気づけばここにいる。どうやらシルラとブランが自分を工房から家へ運び、自分の部屋で寝かせてくれたらしい。そう考えると、レグルは少し気まずい気持ちになった。
「すみません……。たぶん、かなり迷惑をかけましたよね」
「気にしなくていいよ。お父さんが言うには、ちょっと無理して魔力を使いすぎただけみたいだから」
クララは穏やかに答えながらも、レグルの様子をじっと観察していた。その一方で、レグルはこの家の工房にしばらく住まわせてもらえないか頼んでみることにした。ブランとシルラは特に問題なく、レグルが新しい住む場所を見つけるまで工房を使っていいと許してくれた。
ただし、一つだけ条件があった。レグルが金持ちになったら、二人にパイを買うこと。それを聞いたレグルは思わず苦笑し、了承するように頷いた。これで彼には住む場所ができた。それだけではなく、誰にも邪魔されずに自分のスキルの新しい可能性を試すこともできる。
(何を作ってみようか……。そうだ……)
レグルは前世で見た物を頭の中に思い浮かべ、そこへ魔力を注ぎ込んだ。すると、目の前に現れたのは、現代世界で使っていたシャンプーのボトルだった。
「できた!」
しかし、次の瞬間、レグルの足から力が抜けた。どうやら、この世界に存在しない物を作り出すには、とんでもない量の魔力が必要らしい。これからスキルを使いこなすためにも、まずは自分の魔力量を増やす必要がありそうだった。
レグルはシャンプーのボトルを開けた。カチッと小さな音が鳴り、次の瞬間、懐かしいミントの香りが周囲に広がった。
「この匂い……。めちゃくちゃ懐かしいな」
レグルは中身を目立たない別の容器へ移し替え、前世で使っていたシャンプーを自分の髪で試してみることにした。この世界では、商人から買った様々な薬草を混ぜ合わせた手作りの洗髪剤で髪を洗うのが一般的だったため、現代のシャンプーのような香りはレグルにとって久しぶりに感じるものだった。
試してみると、特に問題はなかった。風呂を終えたレグルがタオルで頭を拭きながら出てくると、ちょうど通りかかったブランが突然足を止めた。どうやら、今まで嗅いだことのない香りに気づいたらしい。
「……何だ、この匂い?」
「ああ、これですか? 髪を洗うためのものですよ」
「いい匂いだな。俺も使ってみていいか?」
「もちろんです」
ブランはボトルを受け取ると、そのまま風呂場へ向かっていった。そしてしばらくすると、風呂場からものすごい叫び声が響き渡った。
「うわああああっ! 目がぁぁぁぁ!!」
(……使い方を説明するの、忘れてた……)




