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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第1部 マイル修行】  作者: ちとせ鶫
第1章:おかえりなさい、蒼空

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9/22

第9話 Good Day‼

旅には、終わりがある。

けれど、その終わりはいつも静かで、気づけばそっと肩に触れるように訪れる。

雲雀蒼空にとって、この二日間の十一便は、ただの移動でも、ただの修行でもない。

雲を抜けた朝、宮古の衝撃、那覇の湿度、福岡で走った足音——

そのすべてが、彼女の中に確かな“飛んだ証”として積み重なっていく。

この物語は、そんな蒼空が空と地上を行き来しながら、自分だけの軌跡を刻む章です。

どうぞ、彼女の視界と呼吸に寄り添いながら読んでください。

おかえり、蒼空。

 羽田に着いたのは、二十一時過ぎだった。


 今日だけで七便。

 羽田→那覇→宮古×3→那覇→福岡→羽田。

 F-15のスクランブルで四十五分遅れて、

 腕をつかまれて走って、明太子は買えなかった。


 でも、全部乗りきった。

 一便も落とさなかった。


 蒼空は羽田のターミナルを歩きながら、

 今日で獲得予定のFCフライクレジットを頭の中で計算した。

 アレキサンドライトまでの距離が、今日だけでかなり縮まった。

 明日の三便で、もう少し近づく。


 悪くない。

 全然、悪くない。


     * * *


 ホテルは羽田空港の近くを取ってあった。


 チェックインして、部屋に入った。

 バッグを床に下ろす。

 トレンチを脱ぐ。

 パンプスを脱ぐ。


 ベッドに倒れ込んだ。


 天井を見た。

 ホテルの天井は、自分の部屋の天井と違う。

 でも今日はそれでいい。

 どこで寝ても、明日また飛べるなら同じだ。


 スマートフォンを取り出した。

 明日のフライトプランを確認する。


 羽田→伊丹。伊丹→羽田。羽田→帰宅。


 シンプルだ。

 でも、これで修行が完成する。


 蒼空はスマートフォンを胸の上に置いて、目を閉じた。


 明日も飛ぶ。

 それだけで、もう眠れる気がした。


     * * *


 翌朝、目が覚めたのは五時五分だった。


 アラームより五分早い。

 飛ぶ日の朝は、身体が勝手に起きる。

 昨日と同じだ。


 シャワーを浴びた。

 昨日ほど丁寧にはしなかった。

 でも、ちゃんと浴びた。


 メイクをした。

 昨日と同じコーデ。

 同じワンピース、同じトレンチ、同じパンプス。

 修行中はそういうものだ。荷物を増やさない。


 鏡を見た。

 昨日と同じ顔だった。

 それでいい。


     * * *


 朝食はホテルのビュッフェを使った。


 普段なら素通りするところだが、今日は食べた。

 昨日、機内食を食べなかった。

 今日も走ることになるかもしれない。

 補給は大事だ。


 トーストと、スクランブルエッグと、コーヒー。

 それだけ取って、窓際の席に座った。


 窓の外に、飛行機が見えた。

 早朝の羽田、出発を待つ機体が並んでいる。

 今日もたくさんの飛行機が、たくさんの場所へ飛んでいく。


 蒼空はコーヒーを飲みながら、その景色を眺めた。

 朝ごはんを食べながら飛行機を見る。

 それだけのことが、妙に満ち足りた気持ちにさせた。


     * * *


 八便目、羽田→伊丹。


 飛行時間、約一時間。


 離陸して、雲を抜けたら、もうすぐ着く。

 そのくらいの短さだ。


 でも蒼空は窓から目を離さなかった。


 短くても、空は空だ。

 一時間でも、雲の上にいられる。

 それだけで十分だ。


 大阪が近づいてきた。

 眼下に、街の広がりが見えた。

 伊丹空港が見えてきた。


 着陸した。


 ドンッ、という衝撃はなかった。

 宮古よりずっと穏やかな着陸だった。

 蒼空は少し物足りない気持ちになった。


     * * *


 伊丹空港に降り立った。


 乗り継ぎ時間、五十分。

 折り返し便で羽田に戻る。


 売店を眺めた。

 大阪土産が並んでいる。

 551の豚まん。大阪チョコ。

 昨日買えなかった明太子のことを、一瞬思い出した。

 でも今日は買わない。

 もう帰りの便だ。荷物を増やしたくない。


 搭乗口の前のシートに座った。


 ここまで来た。


 羽田を出て、那覇に飛んで、宮古を三往復して、福岡経由で羽田に戻って、一泊して、また羽田を出て、伊丹に来た。


 あと一便。

 伊丹から羽田に戻れば、修行は完成する。


 蒼空はスマートフォンを開いて、FCの合計を確認した。

 今日の二便を加えると、アレキサンドライトまでの距離がさらに縮まる。


 数字を見た。


 じわりと、胸の奥が温かくなった。


 飛んだ証だ、と蒼空は思った。

 ステータスなんて、飾りじゃない。

 飛んだ距離の、飛んだ時間の、飛んだ回数の、証明だ。

 数字の一つ一つに、空が詰まっている。


     * * *


 九便目、伊丹→羽田。


 最終便だった。


 機内に入って、席に座った。

 シートベルトを締める。

 窓から外を見る。

 伊丹の空は、昼過ぎの光に満ちていた。


 離陸した。


 大阪の街が窓の下に広がって、山が見えて、海が見えて、また山が見えた。

 富士山が、遠くに白く浮かんでいた。


 蒼空はそれをぼんやりと見ながら、この二日間を思い返した。


 羽田から雲を抜けた朝。

 那覇の濃い青空。

 宮古の着陸衝撃と、宙を舞ったコーヒー。

 同じクルーとの「またお会いしましたね」。

 F-15の迫力と、腕をつかまれて走った福岡。

 買えなかった明太子。

 羽田近くのホテルで眺めた、朝の飛行機。


 全部、自分が飛んだ証だ。


 数字に換算すれば、FCとマイルになる。

 でも数字じゃない部分も、ちゃんとある。

 どちらも本物だ。


     * * *


 羽田に着陸した。


 機体が滑走路を走って、止まった。

 ドアが開いた。


 蒼空は席を立った。

 荷物を棚から取り出す。

 通路に出る。


 ボーディングブリッジを歩きながら、思った。


 終わった。


 感慨深い、というほどではない。

 ただ、終わった。

 やりきった。


 ターミナルに入った。

 空港の空気が流れ込んでくる。

 いつもの空港の匂い。

 でも今日は、少し違う意味を持っている気がした。


 お疲れ様、と誰かに言いたい気持ちになった。

 でも言う相手がいない。

 いなくてもいい。


 蒼空は自分に言った。

 声には出なかった。


     * * *


 電車に乗って、家に向かった。


 車内は夕方の混雑が始まりかけていた。

 スーツを着たサラリーマン。学校帰りの学生。買い物袋を持った主婦。

 いろんな人間が、いろんな場所から帰ってくる。


 蒼空もその中の一人だった。

 でも、今日の自分は少し違う。

 この車両の中で、この二日間に何便乗ったか計算できる人間は、たぶん自分だけだ。


 それが誇らしいとか、特別だとか、そういうことではない。

 ただ、そうだ。

 それだけだ。


     * * *


 無事に自宅に帰ってきた。


 玄関のドアを開ける。電気をつける。

 靴を脱ぎながら、バッグを床に落とす。拾わない。


 トレンチを脱ぐ。クローゼットの取っ手に引っかける。

 ワンピースを脱ぐ。

 引き出しから芋ジャージを引っ張り出す。上下、エンジ色。

 いつもの装備だ。


 洗面台でコンタクトを外す。

 眼鏡をかける。

 黒縁、黒フレームの。


 鏡の中に、いつもの雲雀蒼空がいた。


 蒼空はしばらく鏡を見た。

 メイクが少し崩れていた。二日分だ。落とさなければ。


 でもその前に、やることがある。


     * * *


 ローテーブルの前に座った。

 ノートPCを開く。

 JSNのマイレージサービスにログインする。


 今回の修行で積算されたFCとマイルが、反映されていた。


 数字を見た。


 アレキサンドライトまでの距離。


 蒼空は画面をじっと見た。

 計算する。

 次の修行でどこまで行けるか。

 次はいつ飛べるか。

 どのルートが最適か。


 指がキーボードに向かいかけた。


 でも今日は、やめた。


 PCを閉じた。


 ソファに深く沈み込んで、天井を見た。


 この二日間で、九便飛んだ。

 那覇、宮古、福岡、伊丹。

 F-15を見た。コーヒーが宙を舞った。明太子は買えなかった。同じクルーに何度も会った。


 全部、自分が飛んだ日だ。


 蒼空は目を閉じた。


 今日は。


             Good Day‼


 声には出なかった。

 でも確かに、そう思った。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

蒼空が積み上げたFCやマイルは、単なる数字ではなく、確かに“飛んだ時間”そのものです。

那覇の青、宮古の着陸衝撃、F-15の轟音、走り抜けた福岡、買えなかった明太子——

どれも旅の一部であり、蒼空の物語の一部でした。

そして最後に芋ジャージへ戻る瞬間まで含めて、すべてが“今日”という一日の証。

もしあなたの中にも、忘れられない旅の記憶があるなら、この章がそっと重なっていたら嬉しいです。

また次の空で会いましょう。

Good Day!!

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