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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第1部 フライトプラン】  作者: ちとせ鶫
第1章:おかえりなさい、蒼空

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8/22

第8話 明太子が買えなかった

旅には、思い通りにいかない瞬間が必ずある。

それでも前へ進むのは、その先に“飛ぶ時間”が待っていると知っているからだ。

雲雀蒼空にとって、那覇と宮古の往復はただの移動ではなく、空の中で自分を確かめるための儀式だった。

そして今日、思わぬ遅延や走る乗り継ぎさえ、旅の一部として静かに受け入れていく。

この章は、蒼空が空の世界に深く馴染みながらも、地上の不確かさと向き合う物語です。

どうぞ、彼女の息づかいとともに読み進めてください。

おかえり、蒼空。

 那覇→宮古を、もう一往復した。


 五便目、六便目。

 宮古の着陸衝撃は、三回目になっても慣れなかった。

 毎回ドンッと来る。

 たぶん一生慣れない。それでいいと思っている。


 同じクルーにはもう会わなかった。

 乗務が終わったのか、別の便に移ったのか。

 それはそれで、よかった。

 「またお会いしましたね」は、何度も続くより、あの回数がちょうどよかった気がする。


     * * *


 七便目、那覇→熊本。


 本来の予定は、那覇→羽田の直行便だった。


 でも満席で取れなかった。

 発売と同時に確認したが、すでに残席わずかで、気づいたら埋まっていた。

 仕方ない。直行が取れないなら、乗り継ぎにすればいい。


 那覇→福岡→羽田のルートに変更した。

 乗り継ぎ時間は一時間。余裕がある。

 福岡空港なら、明太子も買える。


 蒼空にとって、それは小さな楽しみだった。

 修行の最後に、明太子を買って帰る。

 完璧なルートの、完璧な締めくくり。


 那覇空港の搭乗口で、蒼空はそれを密かに楽しみにしていた。


     * * *


 搭乗して、席に座った。


 シートベルトを締める。

 今日七便目。身体は疲れているはずだ。

 でも疲れている感じがしない。

 飛んでいる間は、いつもそうだ。


 機内アナウンスが流れた。

 ドアが閉まった。

 プッシュバックが始まった。


 機体がゆっくりと後ろに動き始めた。


 そのとき、アナウンスが入った。


「お客様にお知らせいたします。現在、航空自衛隊機の緊急発進により、滑走路の使用が一時的に制限されております。出発までしばらくお待ちください」


 蒼空は窓の外を見た。


 滑走路の向こうに、空自のF-15が見えた。


 二機。

 エンジンを全開にして、滑走路に向かっている。

 その迫力は、旅客機とは別物だった。

 低く、速く、鋭い。

 大きく左にターンして雲間に消えていく。


 かっこいい、と蒼空は思った。

 でも次の瞬間、乗り継ぎ時間の計算をしていた。


 現在時刻、十七時二十分。

 福岡着予定、十八時五十分。

 羽田行きの出発、十九時五十分。

 乗り継ぎ時間、一時間。


 この遅延が、どこまで響くか。


     * * *


 F-15は、あっという間に飛んでいった。


 でも滑走路の復旧に時間がかかった。

 機体は駐機場で待機したまま、時間が過ぎていく。


 十分。

 二十分。

 三十分。


 蒼空は計算し続けていた。

 三十分遅れなら、乗り継ぎは三十分になる。

 走れば間に合う。

 走れば。


 四十分。


 乗り継ぎ二十分。

 保安検査なしの国内線乗り継ぎだから、搭乗口まで直行できる。

 でも福岡空港の構造を頭の中で思い浮かべた。

 那覇便の到着ゲートから、羽田行きの搭乗口まで、どのくらいかかるか。


 走れば、ギリギリいける。

 たぶん。


 明太子は、無理かもしれない。


 蒼空は窓の外を見ながら、静かに諦めた。


     * * *


 ようやく動き始めた。


 結局、四十五分遅れで離陸した。

 乗り継ぎ時間は、十五分になった。


 十五分。


 蒼空は机を引き出して、スマートフォンで福岡空港の構造を確認した。

 到着ゲートから搭乗口まで、早足で八分。

 走れば五分。

 搭乗締め切りまで、ギリギリだ。


 でも、いける。


 機内食は手をつけなかった。

 食べている時間があったら、降機の準備をしておきたい。

 シートベルトを締めたまま、荷物の位置を確認した。

 棚から素早く取り出せるように、バッグの持ち手を手前に向けておく。


 蒼空の頭の中は、もうすでに福岡空港の中にあった。


     * * *


 福岡空港に着陸した。


 ドアが開いた瞬間に立ち上がった。

 荷物を棚から引き出す。

 前の乗客の後ろに、ぴったりついて歩く。

 ボーディングブリッジを小走りで抜ける。


 ターミナルに入った瞬間、アナウンスが聞こえた。


「羽田行き、JSN便にご搭乗のお客様、雲雀様、いらっしゃいますでしょうか」


 蒼空は手を挙げた。


 グランドスタッフが走ってきた。

 腕をつかまれた。

 文字通り、つかまれた。


「こちらです、急いでください」


 走った。


 空港の通路を、グランドスタッフと並んで走った。

 パンプスで走った。走れる靴にしておいてよかった、と思った。

 ローヒールにしておいてよかった、と思った。


 売店の前を走り抜けた。

 明太子が見えた。

 棚に並んでいる、福岡土産の明太子。

 一瞬だけ、目が合った。


 買えない。


 そのまま走り抜けた。

 後ろ髪がちょっとだけ、引かれた気がした。


     * * *


 搭乗口に着いた。


 グランドスタッフがゲートを開けた。

「お急ぎのところ失礼いたしました。どうぞ」

「……ありがとうございます」


 息が上がっていた。

 蒼空はボーディングブリッジを歩きながら、呼吸を整えた。


 機内に入った。

 乗客の視線が集まるのを感じた。

 最後に乗り込んできた乗客を、みんな一度見る。

 あれだ。


 席に座った。シートベルトを締めた。

 ドアが閉まった。


 蒼空は座席に深く沈み込んで、天井を見た。


 間に合った。


 ちゃんと間に合った。


 F-15のせいで四十五分遅れて、乗り継ぎが十五分になって、腕をつかまれて走って、明太子は買えなかった。


 でも、間に合った。

 乗れた。


     * * *


 機体が動き始めた。


 タキシング。滑走路へ。

 離陸。


 福岡の街が窓の下に広がって、すぐに夜の海になった。

 もう暗い。今日は長かった。


 蒼空はぼんやりと窓の外を見ながら、思った。


 明太子、買えなかったな。


 それだけだった。

 悔しいとか、残念とか、そういう大げさな感情ではない。

 ただ、買えなかったな、と思った。


 次に来たときに買おう。


 また来る。

 たぶん、また来る。

 次は直行便が取れるといいが、取れなければまた福岡乗り継ぎでもいい。

 そのときは、ちゃんと時間に余裕を持って、売店に寄ろう。


 蒼空は目を閉じた。


 羽田まで、あと少し。

 今日はまだ、終わっていない。

読んでくださって、ありがとうございます。

F-15のスクランブル、遅延、走る乗り継ぎ、買えなかった明太子——

どれも旅の“予定外”だけれど、蒼空にとっては確かに今日の旅路を形づくる大切な出来事でした。

空の上では軽くなり、地上では思い通りにならない。

その揺らぎの中で、蒼空は自分のペースで前へ進んでいく。

もしあなたにも、旅の中で忘れられない“予定外”があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しいです。

次の空へ、また一緒に。

Good Day!!

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