第7話 またお会いしましたね
旅を重ねるほど、空はただの移動手段ではなく、ひとつの“居場所”になっていく。
雲雀蒼空にとって那覇も宮古も、特別な目的地ではなく、空の中で呼吸を整えるための通過点だ。
同じ海を何度見ても、同じ空港に何度降りても、決して同じ景色にはならない。
その微妙な違いを拾い上げながら、蒼空は今日も空を往復する。
この章は、そんな彼女の“空の生活”が静かに深まっていく物語です。
どうぞ、蒼空の歩幅とともに、この空のリズムを感じてください。
おかえり、蒼空。
那覇に戻った。
宮古から那覇、四十五分。
那覇空港の搭乗口エリアに戻ってくると、もう次の便の搭乗準備が始まっていた。
乗り継ぎ時間、五十分。
売店でお茶を買った。水分補給は大事だ。
シートに座って、お茶を飲みながら窓の外を見た。
那覇の空は、朝より青くなっていた。
太陽が高くなっている。
南の光は、東京より強い。
スマートフォンを開いた。
フライトプランを確認する。
今日ここまで、二便消化。残り六便。
FCの積算を計算する。
アレキサンドライトまでの距離が、少しずつ縮まっている。
悪くない。
* * *
三便目、那覇→宮古。
機内に入ったとき、蒼空は気づいた。
さっきと同じクルーだ。
ギャレーの近くに立っているCAさんが、目が合った瞬間に少し目を丸くした。
「あら」
「……どうも」
蒼空は会釈して、席に向かった。
窓側に座って、シートベルトを締める。
今日三回目の宮古行きだ。
同じルートを、同じ機体で、同じクルーと飛ぶ。
変だろうか、と一瞬思った。
でもすぐにどうでもよくなった。
修行とはそういうものだ。
* * *
離陸した。
高度が上がると、また海が見えた。
さっきも見た海。同じ海。
でも光の角度が変わって、色が少し違う。
午前と午後では、海の顔が変わる。
蒼空はそれを眺めながら、思った。
同じルートを飛んでも、まったく同じ空はない。
毎回、少しずつ違う。
だから飽きない。
たぶん、そういうことだ。
CAさんが飲み物を配りにきた。
「コーヒーでよろしいですか」
聞かれる前に、覚えていてくれた。
蒼空は少し驚いた。
「はい、お願いします」
「ブラックでよろしかったですか」
「……はい」
カップを受け取った。
温かかった。
地上で誰かに覚えてもらえることは、ほとんどない。
職場では、仕事が回ればそれでいい。
コンビニでも、スーパーでも、駅でも、誰も蒼空のことを覚えていない。
それでいいと思っていた。
覚えてもらう必要がない。
でも空では、こういうことが起きる。
たった一便のやりとりを、覚えていてくれる人がいる。
蒼空はコーヒーを一口飲んだ。
さっきと同じ味がした。
でも、少し違う気がした。
* * *
宮古に着いた。
ドンッ。
今日二回目の着陸衝撃。
コーヒーは飲み切っていた。
今回は宙を舞わなかった。
隣の乗客が、思わずといった様子で笑い声を上げた。
「毎回これですよね、宮古は」
「そうですね」
蒼空は短く答えた。
でも悪い気はしなかった。
宮古の着陸は、そういうものだ。
毎回ドキッとして、毎回笑いたくなる。
それも含めて、宮古だと思う。
* * *
折り返し便の搭乗口前に座った。
宮古空港の売店を、今日何度目かで眺めた。
配置は全部覚えた。
どこに何があるか、もう分かる。
お菓子のコーナーに、雪塩のキャラメルがあった。
前に来たとき買ったことがある。
美味しかった。
でも今日は買わない。荷物を増やしたくない。
次に来るときに買おう。
次に来るとき、というのがすでに決まっているような気がして、蒼空は少し可笑しくなった。
また来る。たぶん、また来る。
宮古と那覇の間を、これからも何度も往復するだろう。
それでいい。
それが、自分の生き方だ。
* * *
四便目、宮古→那覇。
機内に入ったとき、またいた。
同じクルーだった。
今度はCAさんのほうが先に気づいた。
通路の途中で目が合った。
一瞬、お互い何も言わなかった。
それからCAさんが、くすりと笑った。
「またお会いしましたね」
今日何度目の「またお会いしました」だろう。
蒼空は、ちょっとだけ照れた。
「……またお世話になります」
自分でも珍しいと思う返し方をした。
でも、それ以外の言葉が出てこなかった。
CAさんは嬉しそうに笑って、先に行った。
蒼空は席に向かいながら、なんとなく窓の外を見た。
宮古の青い空が広がっていた。
地上では、誰かとこういうやりとりをすることがない。
必要な言葉しか交わさない。
それで十分だと思っていた。
でも空では、必要じゃない言葉が生まれることがある。
「またお会いしましたね」なんて、別に必要な言葉じゃない。
なくても、飛行機は飛ぶ。
でも、あってよかったと思う。
蒼空はシートに座って、シートベルトを締めた。
那覇まで、四十五分。
まだまだある。
今日はまだ、続く。
* * *
那覇に戻りながら、蒼空は今日のここまでを振り返った。
羽田を出て、雲を抜けて、那覇に着いた。
宮古に飛んで、コーヒーが宙を舞った。
同じクルーに何度も会った。
コーヒーの注文を覚えてもらった。
「またお世話になります」なんて言葉が、自分の口から出た。
地上ではあり得ないことばかりだ。
窓の外に、雲が流れていく。
那覇が近づいている。
もう二往復、宮古に行く。
蒼空は窓から目を離さなかった。
まだ飛び足りない。
いつも、そう思う。
飛んでいる間は、ずっとそう思う。
それでいい。
それが蒼空の、正しい状態だった。
読んでくださって、ありがとうございます。
那覇と宮古を往復するうちに、蒼空の中で少しずつ積み重なっていくものがあります。
コーヒーの味、強めの着陸、覚えていてくれるクルーの笑顔。
地上では生まれない小さなやりとりが、空では自然に生まれる。
その温度が、蒼空を今日も飛ばせているのだと思います。
もしあなたにも、旅の中でだけ感じる特別な瞬間があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しいです。
次の空へ、また一緒に。
Good Day!!




