第10話 金券ショップ
旅が終わっても、心のどこかにまだ“空の余韻”が残ることがある。
雲雀蒼空にとって修行の二日間は、ただの移動ではなく、自分の軸を確かめる時間だった。
そして日常に戻っても、その軸は静かに回り続ける。
通勤、仕事、惣菜コーナー、芋ジャージ——
そのすべてが、次の空へ向かうための準備になる。
この章は、旅の後に訪れる“静かな熱”を描いた物語です。
あなたの中にも、きっと次の旅を呼ぶ何かがあるはず。
どうぞ、その気配を感じながら読んでください。
おかえり、蒼空。
修行から戻って、三日が経った。
日常が戻ってきた。
通勤、仕事、バランス栄養食、帰宅。
繰り返しだ。でも蒼空にとって、それは苦ではない。
地上の日常は、次の空のための準備だ。
削ぎ落として、最適化して、また飛ぶ。
それが蒼空の生き方だった。
* * *
その日の退社は、定時より少し早かった。
十七時五十分。
上司が先に帰っていた。
やることは終わっていた。
だから帰った。
いつもと違う道を歩いた。
駅の反対側。
目的地は決まっていた。
金券ショップだ。
* * *
雑居ビルの一階、狭い間口の店だった。
自動ドアをくぐると、ショーケースが並んでいる。
商品券、図書カード、新幹線の回数券。
そして、航空会社の株主優待券。
蒼空は迷わずそこに向かった。
ショーケースの中に、JSNの株主優待券が並んでいた。
一枚、いくら。
値段を確認する。
スマートフォンを取り出して、計算する。
通常運賃と、株主優待券を使った場合の運賃。
差額がいくらか。
次の修行で何便使うか。
何枚買えば最適か。
指が画面の上を動く。
独り言が、小さく漏れた。
「……四枚、いや、五枚か。でも使い切れなかったら、また来ればいいか。四枚で」
店員が近づいてきた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
「JSNの株主優待券を四枚ください」
迷いがなかった。
* * *
株主優待券を四枚、財布に入れた。
ショーケースの前で、蒼空はもう一度計算した。
次の修行のルートはまだ確定していないが、
この四枚があれば運賃をかなり圧縮できる。
その分、便数を増やせる。
便数が増えれば、FCが積める。
FCが積めれば、アレキサンドライトに近づく。
全部、繋がっている。
蒼空は財布をバッグにしまって、店を出た。
外はもう暗くなっていた。
街灯が灯っている。
会社帰りの人間が、駅に向かって歩いている。
蒼空もその流れに乗った。
でも頭の中は、すでに次のフライトプランの中にあった。
* * *
電車の中で、スマートフォンを開いた。
JSNのサイトを立ち上げる。
次の修行の候補日を確認する。
来月の第二週、土日。
空席がある。
ルートの候補をいくつか頭の中で並べた。
羽田→那覇→石垣→那覇→羽田。
羽田→鹿児島→羽田→伊丹→羽田。
羽田→新千歳→羽田→伊丹→羽田。
どれも悪くない。
でもまだ決めない。
家に帰って、ちゃんとスプレッドシートを開いて、じっくり組む。
それが蒼空のやり方だ。
電車が駅に着いた。
蒼空はスマートフォンをしまって、立ち上がった。
スーパーに寄ってから帰ろうと思った。
今日の見切り品が気になっていた。
* * *
スーパーの惣菜コーナーは、今日も充実していた。
十八時四十分。狙い目の時間帯。
蒼空はコーナーを端から順番に確認していった。
唐揚げ。鮭。ほうれん草の胡麻和え。煮物。
目に入った。
幕の内弁当。半額シール。
今日は誰にも取られなかった。
迷わずカゴに入れた。
小さな勝利だった。
声には出なかったが、出そうだった。
* * *
帰宅して、いつもの芋ジャージに着替えて、眼鏡をかけ、PCを開く。
フライトプランのファイルを立ち上げる。
スプレッドシートに、次の修行の候補ルートを入力し始めた。
独り言が漏れ始めた。
「……石垣か、新千歳か、石垣は乗り継ぎが、いや那覇経由なら、でも新千歳のほうがFCが、どっちだ、どっちだろ、」
タブが増えていく。
目が、少しずつ変わっていく。
金券ショップで買った株主優待券が、財布の中にある。
次の修行の切符だ。
蒼空はキーボードを叩きながら、思った。
また飛べる。
もうすぐ、また飛べる。
それだけで、今夜も悪くなかった。
読んでくださって、ありがとうございます。
修行を終えて三日、蒼空はもう次の空を見ていました。
株主優待券を買い、スプレッドシートを開き、候補ルートを並べていく。
日常に戻りながら、心だけは次の空へ向かっている。
旅の余韻と、次の旅の予感が同時に息づくこの時間こそ、蒼空の“生き方”なのだと思います。
もしあなたにも、日常の中でふと旅の続きを思い出す瞬間があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しいです。
また空で会いましょう。
Good Day!!




