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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第1部 マイル修行】  作者: ちとせ鶫
第2章:地上はノイズ

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第11話 ノイズ

旅が終わっても、心のどこかでまだ空が続いていることがある。

雲雀蒼空にとって修行の二日間は、ただの移動ではなく、自分の軸を確かめる時間だった。

そして日常に戻っても、その軸は静かに回り続ける。

通勤、仕事、惣菜コーナー、金券ショップ——

どれも次の空へ向かうための準備に変わっていく。

この章は、旅の余韻と日常の静けさが重なる“地上の蒼空”を描いた物語です。

あなたの中にも、きっと次の旅を呼ぶ気配があるはず。

どうぞ、そのさざ波を感じながら読んでください。

おかえり、蒼空。

 木曜日の昼休みだった。


 蒼空はいつも通り、自席でバランス栄養食のゼリーを飲んでいた。

 窓の外を見ながら、JSNのサイトで空席を確認していた。

 来月の第二週、まだ空いている。よかった。


 声をかけられた。


「雲雀さん、ちょっといいですか」


 振り返った。

 営業部の男だった。

 名前は確か、田村。入社四年目。

 話しかけてくる頻度が、最近少し上がっていた。


「なんですか」

「いや、あの、近くにランチ行かないかなと思って」

「結構です」


 蒼空はすでに画面に視線を戻していた。


「え、あ、そうですか。じゃあ、今度また」

「はい」


 それだけだった。


 田村が去っていく気配がした。

 蒼空は空席状況の続きを確認した。


 男が寄ってくることは、たまにある。

 なぜ寄ってくるのか、蒼空にはよく分からない。

 自分は地味で、無口で、愛想もない。

 でも寄ってくる。


 理由を考えたことはあった。

 でも途中でやめた。

 考えても、何も変わらない。

 来ても来なくても、蒼空の日常は変わらない。


 空席は、まだある。

 それだけが重要だった。


     * * *


 翌日、金曜日の夕方だった。


 終業間際、佐々木が半身をこちらに向けた。


「雲雀さん、今日みんなで飲みに行くんですけど、どうですか。田村さんも来るし、山田さんも、あと新入りの子たちも」


 蒼空は画面から目を離さなかった。


「明日早いんで」


 0.5秒だった。

 考えた時間は、ほぼゼロだ。

 明日の便の時刻は、三週間前から頭に入っている。

 羽田発、六時四十五分。

 起床は四時十五分。

 飲みに行っている場合ではない。


「え、どこか行くんですか」

「用事があります」

「そうですか、残念だな。また今度誘っていいですか」

「はい」


 佐々木が席を立った。

 しばらくして、他の同僚たちが集まって、賑やかに出ていった。


 フロアが静かになった。


 蒼空はその静けさの中で、画面に向かった。

 フライトプランの最終確認をする。

 明日の便、搭乗口、乗り継ぎ時間。

 全部、頭に入っている。でも確認する。


 窓の外は、金曜日の夜の色になっていた。

 街が少しだけ明るくなる時間。

 みんながどこかへ向かう時間。


 蒼空も、明日どこかへ向かう。

 方向が違うだけだ。


     * * *


 帰り道、田村に追いついた。


 エレベーターを待っていたら、後ろから声がした。


「雲雀さん、帰りですか」

「はい」

「飲み会、来ればよかったのに」

「明日早いので」

「どこか行くんですか、旅行とか」


 蒼空は少し考えた。

 旅行、と言えば旅行だ。でも違う気もする。

 修行、と言っても伝わらない。

 飛行機に乗るために飛行機に乗る、とも言いにくい。


「用事があります」


 結局、同じ答えになった。


 エレベーターが来た。

 二人で乗った。

 田村が何か話しかけようとしているのが分かった。


 蒼空はスマートフォンを取り出した。

 JSNのアプリを開く。

 明日の搭乗手続きを確認する。


 田村は何も言わなかった。

 エレベーターが一階に着いた。


「お疲れ様でした」

「お疲れ様です」


 蒼空は駅と反対方向に歩いた。

 金券ショップに寄るためだ。

 追加でもう一枚、株主優待券を買おうと思っていた。


 田村は駅の方向に歩いていった。

 蒼空は振り返らなかった。


     * * *


 金券ショップを出て、スーパーに寄った。


 惣菜コーナーを確認する。

 今日は鶏の照り焼きに半額シールが貼ってあった。

 カゴに入れた。


 レジに向かいながら、蒼空は今日のことを振り返った。


 田村にランチを断った。

 飲み会を0.5秒で断った。

 エレベーターで用事があると言った。


 地上の人間関係は、こういうものだ。

 来ては去る。去っては来る。

 蒼空はその中心にいない。

 端っこで、淡々とやり過ごす。


 悪いとは思っていない。

 申し訳ないとも思っていない。

 ただ、自分には向いていない。

 それだけのことだ。


 明日は飛ぶ。

 それが全部だった。


     * * *


 帰宅して、いつもの芋ジャージに着替えた。

 眼鏡をかけた。

 PCを開く。


 明日のフライトプランを、最後にもう一度確認した。

 完璧だった。

 昨夜「よっしゃあ」と叫んで、壁を叩かれたプランだ。

 今見ても、完璧だ。


 PCを閉じた。


 早く寝よう。

 明日は四時十五分に起きる。


 蒼空はソファに横になって、目を閉じた。


 地上の一週間が、静かに終わろうとしていた。

 金券ショップの株主優待券は、財布の中にある。

 明日の空が、待っている。


 それだけで、今夜は十分だった。

読んでくださって、ありがとうございます。

蒼空にとって日常は、空から切り離された場所ではなく、次の空へ向かうための静かな助走です。

ランチの誘いも、飲み会も、地上の人間関係も、彼女の軸を揺らすことはない。

優待券を買い、空席を確認し、スプレッドシートを開く——

その一つひとつが、蒼空の“生き方”を形づくっている。

もしあなたにも、日常の中でふと旅の続きを思い出す瞬間があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しいです。

また空で会いましょう。

Good Day!!

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