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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第1部 フライトプラン】  作者: ちとせ鶫
第2章:地上はノイズ

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12/22

第12話 差し入れ

旅が終わったあとに訪れる静けさは、時に旅そのものより深く心に残る。

雲雀蒼空にとって、修行の二日間は空の中で自分を確かめる時間だった。

そして地上に戻っても、その余韻は消えず、身体の奥に静かに残り続ける。

芋ジャージ、惣菜コーナー、バランス栄養食——

そんな日常の中に、ふと空の気配が差し込む瞬間がある。

この章は、旅の後に訪れる“地上の蒼空”と、彼女を支える唯一の存在・陸との時間を描いた物語です。

どうぞ、蒼空の静かな呼吸に寄り添いながら読んでください。

おかえり、蒼空。

 土曜日の昼過ぎだった。


 蒼空は床に転がっていた。


 芋ジャージ、眼鏡、ノーメイク。

 ローテーブルの上にPCが開いている。

 画面には、次の修行のフライトプランが映っている。

 でも蒼空の目は半分閉じていた。


 昨日の修行の疲れが、今頃になって出てきた。

 九便飛んで、走って、一泊して、また飛んで帰ってきた。

 身体はそれを覚えていた。


 天井を見ていた。

 何も考えていなかった。

 考えなくていい時間だった。


     * * *


 インターホンが鳴った。


 蒼空はしばらく無視した。

 もう一度鳴った。

 仕方なく立ち上がった。


 モニターを確認する。

 見知った顔が映っていた。


 陸だった。


 蒼空はドアを開けた。


「姉ちゃん、また倒れてんの?」


 陸が言った。

 片手にスーパーの袋を持っていた。

 もう片手にはコンビニの袋。


「倒れてない。休んでた」

「同じじゃん」


 陸は靴を脱ぎながら、部屋の中を見渡した。

 床に転がっていた痕跡は、まだそのままだ。

 クローゼットの取っ手にトレンチがかかっている。

 ローテーブルの上のPC。

 床に転がったままのバッグ。


「社会人なんだからもっとちゃんとしろよ」

「してる」

「みえねーって」


 陸はキッチンに向かった。

 蒼空はソファに座った。


     * * *


 陸は料理が得意だった。


 蒼空より五つ下の弟。

 大学生で、一人暮らし。

 なぜか姉の生活を心配して、定期的に差し入れを持ってくる。


 キッチンから、包丁の音がした。

 まな板の上で何かが切られている。

 フライパンが温まる音がした。

 いい匂いがしてきた。


 蒼空はソファに深く沈み込んで、その音を聞いていた。


 地上の音の中で、これだけは好きだった。

 陸がキッチンに立っている音。

 それだけで、部屋の空気が変わる気がした。


     * * *


 三十分ほどで、食卓に料理が並んだ。


 豚の生姜焼き。

 ほうれん草のおひたし。

 豆腐の味噌汁。

 白いご飯。


 蒼空は席に座って、箸を取った。


「いただきます」

「どうぞ」


 一口食べた。


 美味しかった。


 バランス栄養食とは、全然違う。

 温かくて、ちゃんと味がして、噛むものがある。

 当たり前のことが、すごいことのように思えた。


「ちゃんと食べてる?」

「食べてる」

「いつ?」

「……昼は飲んでる」

「ゼリー?」

「うん」

「それ食べてるって言わないから。飲んでるじゃん」


 陸が呆れた顔をした。

 蒼空は生姜焼きをもう一口食べた。


     * * *


「どこ行ってたの、週末」


 陸が聞いた。

 味噌汁を飲みながら、さりげなく。


「那覇と宮古」

「旅行?」

「……まあ」

「いいな。宮古って海きれいんだろ」

「うん」

「泳いだ?」

「泳いでない」

「じゃあ何したの」

「飛んでた」


 陸が少し首を傾けた。


「飛んでた?」

「那覇と宮古を往復してた」

「観光は?」

「してない」

「……それ旅行じゃなくない?」


 蒼空は少し考えた。


「旅行じゃないかもしれない」


 正直に言った。


 陸はしばらく蒼空を見た。

 それから、なんとなく納得したような顔をした。


「まあ、姉ちゃんがいいならいいけど」


 それだけだった。

 追いかけてこなかった。

 詮索しなかった。

 それが陸だった。


     * * *


 食事が終わった。


 陸が食器を片付け始めた。

 蒼空も立ち上がって、手伝おうとした。


「いい、座ってて」

「手伝う」

「いいから。姉ちゃん絶対食器割るし」


 蒼空は黙って座った。

 否定できなかった。

 先月、マグカップを割った。


 陸がキッチンで食器を洗っている音がした。

 水の音。

 スポンジの音。


 蒼空はソファに座って、その音を聞いていた。


 地上の音は、だいたいノイズだ。

 会社の声。電車の音。街の雑踏。

 全部、遠い場所の音みたいに聞こえる。


 でも陸の立てる音だけは、違った。

 近くにある。

 ちゃんと、ここにある。


     * * *


 陸が戻ってきた。

 ソファに座って、スマートフォンをいじり始めた。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。


 蒼空はPCを開いた。

 フライトプランの続きを確認する。

 来月の候補ルートが、画面に並んでいる。


「また行くの?」


 陸が画面を横目で見ながら言った。


「うん」

「いつ?」

「来月」

「どこ?」

「まだ決めてない」


 陸はふうん、と言って、またスマートフォンに目を戻した。


 蒼空もPC に目を戻した。


 同じ空間で、それぞれのことをしている。

 会話はほとんどない。

 でも、静かだった。

 うるさい静かさじゃない。

 ちゃんと、静かだった。


     * * *


 陸が帰る時間になった。


 玄関で靴を履きながら、陸が言った。


「冷蔵庫に作り置き入れといたから。三日分くらいある」

「ありがとう」

「ちゃんと食べて」

「食べる」

「ゼリーだけじゃなくて」

「……食べる」


 陸がドアを開けた。


「じゃあね」

「うん」


 ドアが閉まった。


 蒼空は玄関に立ったまま、しばらくそこにいた。


 地上では、人間関係はだいたいノイズだ。

 来ては去る。声をかけてくる。

 蒼空はそれをやり過ごす。


 でも陸は違った。

 ノイズじゃない。

 ちゃんと、聞こえる音だ。


 蒼空は部屋に戻った。

 PCを開いた。

 フライトプランの続きを始めた。


 冷蔵庫の中に、陸が作った三日分の作り置きがある。

 それだけで、なんとなく今夜は大丈夫な気がした。

読んでくださって、ありがとうございます。

蒼空にとって地上の生活は、空へ戻るための助走であり、削ぎ落とされた静かな時間です。

その中で唯一ノイズにならない存在が、陸。

彼の料理の音や、さりげない会話が、蒼空の世界にだけ許された“地上の温度”になっている。

そしてその温度を胸に、蒼空はまた次の空へ向かう準備を始める。

旅と日常、そのどちらも蒼空の物語の一部です。

もしあなたにも、帰る場所と飛び立つ場所の両方があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しい。

Good Day!!

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