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コレが私のフライトプラン。Good Day‼【第1部 フライトプラン】  作者: ちとせ鶫
第4章:フライトプランは続く

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19/22

第19話 陸のこと

旅を重ねると、人は少しずつ変わる。

そして、その変化に最初に気づくのは、案外いちばん近くにいる人間だったりする。

雲雀蒼空にとって、空を飛ぶことは自分を保つための大切な行為だ。

一方、弟の陸にとって蒼空は、放っておくと倒れそうな“地上の姉ちゃん”だった。

けれど今、二人の距離は静かに変わり始めている。

空港という場所を通して、陸は蒼空の“もうひとつの顔”を知り、

蒼空は陸の言葉の変化に気づく。

この章は、そんな二人の関係が新しい段階へ進む瞬間を描いた物語です。

おかえり、蒼空。

 土曜日の夕方、陸が来た。


 インターホンが鳴る前に、蒼空は気づいていた。

 足音が、陸のものだったから。

 このアパートの階段の音を、蒼空は無意識に覚えていた。


 ドアを開けた。


 陸が立っていた。

 片手にスーパーの袋、もう片手にコンビニの袋。

 いつも通りだ。


「差し入れ」

「ありがとう」


 陸が入ってきた。

 靴を脱いで、キッチンに向かう。

 蒼空はソファに戻った。


 いつも通りだった。

 でも、少し違う気がした。


     * * *


 陸がキッチンに立っている音がした。


 蒼空はPCを開きながら、その音を聞いていた。

 包丁の音。まな板の音。フライパンが温まる音。


 いつもと同じ音だ。

 でも陸の動きが、少しだけ違う気がした。


 何が違うのか、うまく言えない。

 ただ、何かが違った。


 蒼空は画面に目を向けながら、考えた。


 先週、陸が来たとき。

 冷蔵庫に作り置きを入れてくれて、帰り際に「ちゃんと食べて」と言った。

 それはいつも通りだった。


 でも、帰り際の陸の顔が、少し違った気がした。

 何かを考えているような顔だった。

 でも何も言わなかった。


 蒼空も何も聞かなかった。


     * * *


 夕飯ができた。


 今日は豚汁と、鶏の照り焼きだった。

 蒼空は席に座って、箸を取った。


「いただきます」

「どうぞ」


 一口食べた。

 美味しかった。

 陸の料理は、いつも美味しい。


 食べながら、陸を横目で見た。

 陸はスマートフォンをいじっていた。

 いつも通りだ。


 でも、たまにこちらを見ていた。

 さりげなく。

 でも、見ていた。


 蒼空は気づいていた。

 気づいていないふりをしていた。


     * * *


「姉ちゃん、最近どこ行った?」


 陸が聞いた。

 豚汁を飲みながら、さりげなく。


「石垣と鹿児島」

「また飛行機?」

「うん」


 陸は少し間を置いた。


「一人で?」

「うん」

「……そっか」


 それだけだった。

 追いかけてこなかった。

 詮索しなかった。


 蒼空は照り焼きを食べながら、陸の横顔を見た。


 何かを知っている顔だ、と思った。

 どこまで知っているかは分からない。

 でも、何かを知っている。


 聞こうと思った。

 でも、やめた。


 聞く必要がなかった。

 陸が何を知っていても、蒼空の生き方は変わらない。

 フライトプランは今日も更新されている。

 それだけだ。


     * * *


 食事が終わった。


 陸が食器を片付けた。

 蒼空はソファに座って、PCを開いた。


 次の修行のフライトプランが、画面に映っている。

 アレキサンドライトまでの、最後の修行。


 ルートはもう決まっている。

 羽田→那覇→宮古→那覇→羽田→伊丹→羽田。

 FCの計算も終わっている。

 このルートを飛べば、届く。


「何してるの」


 陸がソファの横に座って、画面を覗いた。


「フライトプラン」

「また修行?」

「うん」

「いつ?」

「来週末」


 陸は画面を見た。

 スプレッドシートに並んだ、フライト番号と時刻と空港コードと数字。

 しばらく見ていた。


「……よく分からないけど、すごいな」


 陸が言った。


 蒼空は少し驚いた。

 陸がそういうことを言うのは、珍しかった。


「何が」

「全部。こんなに考えて、計画して、一人で飛んで。よく分からないけど、すごいと思う」


 蒼空は画面を見たまま、少し黙った。


 よく分からないけど、という部分が、正直でよかった。

 分かったふりをしない。

 でも、すごいと言う。

 それが陸だった。


「別にすごくない」

「すごいよ」

「……そう」


 それだけだった。


 でも、悪くなかった。


     * * *


 陸が帰る時間になった。


 玄関で靴を履きながら、陸が言った。


「来週末、気をつけてね」

「うん」

「ちゃんと食べて」

「食べる」

「空港でも」

「……食べる」


 陸がドアを開けた。


「じゃあね」

「うん」


 ドアが閉まった。


 蒼空は玄関に立ったまま、しばらくそこにいた。


 来週末、気をつけてね。


 陸はいつも「ちゃんと食べて」と言う。

 でも今日は、「空港でも」と言った。


 空港、という言葉が出た。

 陸の口から。


 蒼空は少し考えた。

 やっぱり、何かを知っているんだと思った。

 どこまで知っているかは、分からない。

 でも、空港に行っていることは、知っている。


 聞かなかった。

 陸も言わなかった。


 それでいい。

 説明する必要はない。

 理解してもらう必要もない。


 ただ、陸が「気をつけてね」と言った。

 それだけで、十分だった。


     * * *


 部屋に戻った。

 PCを開いた。

 フライトプランの画面が戻ってきた。


 来週末、アレキサンドライトに届く。


 蒼空は画面を見ながら、思った。


 飛んだ証が、もうすぐ手に入る。

 誰かに説明しなくても、数字が全部語ってくれる。

 飛んだ量の、飛んだ時間の、飛んだ距離の、証明。


 それが欲しかった。

 ずっと、それが欲しかった。


 指がキーボードに向かった。


「……来週、絶対行く。絶対飛ぶ。アレキサンドライト、取る、」


 独り言が、静かに部屋に消えた。


 誰にも届かない。

 届かなくていい。


 ただ、来週の空が待っている。


 フライトプランは、今日も更新された。

読んでくださって、ありがとうございます。

陸が「空港でも」と言った一言には、蒼空の世界を理解しようとする気配が宿っています。

蒼空の修行は孤独なものだけれど、完全に一人ではない。

陸の作る豚汁や照り焼き、作り置きのタッパー、

そして「気をつけてね」という言葉が、蒼空の地上を支えている。

その支えがあるからこそ、蒼空はまた空へ飛び立てる。

アレキサンドライトまで、あと一歩。

その一歩を踏み出す蒼空の背中を、陸も、読者も、静かに見守っている。

次の空で、また物語が動き出します。

Good Day!!

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