第18話 アレキサンドライトまで
旅には、距離以上の意味がある。
雲雀蒼空にとって“飛ぶ”という行為は、ただの移動ではなく、自分の輪郭を確かめるための時間だ。
石垣の青、那覇の光、鹿児島の空気——
どれも彼女の中で静かに積み重なり、次の一歩を形づくっていく。
この章は、蒼空がアレキサンドライトへ向かう最後の助走を描いた物語です。
数字を追いながらも、数字だけを見ない。
空を見て、海を見て、景色を胸に刻みながら進んでいく蒼空の姿を、どうぞあなたの視界にも重ねてください。
おかえり、蒼空。
石垣の空は、青かった。
那覇から乗り継いで、石垣に降り立ったのは午前十一時過ぎだった。
空港の外に出るつもりはない。
乗り継ぎまで、五十分。
ターミナルの中で過ごす。
でも、窓から見える空が、青かった。
那覇より、もう少し南に来た。
光が強い。
海の色が、また違う。
蒼空は窓の前に立って、しばらくその空を見ていた。
* * *
搭乗口の前のシートに座った。
スマートフォンを開いて、今日ここまでのFCを確認した。
羽田→那覇、那覇→石垣。
二便分のFCが積算されている。
アレキサンドライトまでの残り。
数字を見た。
あと少しだ。
今日の残り三便、石垣→那覇→鹿児島→羽田を飛べば、さらに縮まる。
次の修行でもう一回飛べば、届くかもしれない。
蒼空はスマートフォンをしまった。
数字を見るのは、ここまでにする。
飛んでいる間は、数字じゃなくて空を見ていたい。
それが蒼空の中の、決まりごとだった。
* * *
石垣→那覇の便に乗った。
離陸した瞬間、石垣の海が広がった。
珊瑚礁の白が、海の青に映えている。
宮古の海とも、那覇の海とも、少し違う色をしていた。
この海を、空から見られる。
それだけで、ここまで飛んできた意味がある。
蒼空はしばらく、窓から目を離せなかった。
機内食のアナウンスが流れた。
今日は食べることにした。
修行中でも、食べていい日がある。
石垣から那覇へ向かう空の上は、食べていい日だと思った。
チキンのトマト煮込みが来た。
一口食べた。
美味しかった。
空の上で食べる食事は、地上とは別物だ。
同じ味のはずなのに、違う。
空気が違うから、景色が違うから、自分が違うから。
蒼空はそれを噛みしめながら、窓の外を見た。
* * *
那覇に戻った。
乗り継ぎ時間、六十分。
ラウンジに入った。
オパール資格で使えるラウンジだ。
広くはない。でも静かだ。
コーヒーを一杯取って、窓際の席に座った。
那覇空港のラウンジから見える景色は、好きだった。
駐機している機体が見える。
整備士が歩いている。
給油車が動いている。
空港が動いている。
その中の一部として、今自分もここにいる。
コーヒーを飲みながら、蒼空はぼんやりとその景色を見ていた。
アレキサンドライトを取ったら、ラウンジのグレードが上がる。
今よりも静かな場所で、コーヒーを飲める。
でも今のラウンジも、十分好きだ。
どちらがいいとか、そういうことじゃない。
飛んだ証として、上のランクに行きたい。
それだけだ。
* * *
那覇→鹿児島の便に乗った。
初めて降り立つ空港だ。
乗り継ぎだけだから、外には出ない。
でも、新しい空港に降りるのは、いつも少し嬉しい。
着陸した。
ボーディングブリッジを歩きながら、ターミナルの空気を吸った。
那覇とも、羽田とも、違う匂いがした。
鹿児島の空気だ。
蒼空はターミナルを歩きながら、搭乗口を確認した。
羽田行きの便まで、四十五分。
売店を眺めた。
鹿児島の土産が並んでいる。
さつま揚げ、黒豚、芋焼酎。
蒼空は立ち止まった。
さつま揚げ。
賞味期限を確認した。
今日から三日。
羽田に着いてから食べられる。
買った。
予定どおり買えた。
明太子は買えなかったけど、今日はさつま揚げを買えた。
それでいい。
空港ごとに、その土地のものを食べる。
それが蒼空の、小さな楽しみだった。
* * *
鹿児島→羽田の便に乗った。
今日最後の便だ。
離陸した。
鹿児島の街が窓の下に広がった。
桜島が見えた。
煙が少し出ていた。
蒼空はそれを見ながら、今日一日を振り返った。
羽田→那覇→石垣→那覇→鹿児島→羽田。
五便。
石垣の青い海を見た。
機内食を食べた。
那覇のラウンジでコーヒーを飲んだ。
鹿児島に初めて降りた。
さつま揚げを買った。
全部、自分が飛んだ日の話だ。
スマートフォンを開いた。
FCの積算を確認した。
今日だけで、かなり積めた。
アレキサンドライトまでの距離が、目に見えて縮まっていた。
次の修行で、届くかもしれない。
いや、届く。
計算すると、届く。
蒼空は画面を見たまま、少しだけ口角を上げた。
声には出なかった。
でも、出そうだった。
* * *
羽田に着陸した。
ターミナルを歩きながら、蒼空は思った。
次で届く。
次の修行で、アレキサンドライトに届く。
それを誰かに言いたい気持ちが、少しだけあった。
でも、言う相手がいない。
言っても分からない人間に言いたくない。
分かってくれる人間は、空港にいる。
でも名前を知らない。
蒼空はそのまま、歩いた。
言わなくてもいい。
ただ、飛べばいい。
次に飛べば、届く。
それだけで十分だ。
* * *
電車に乗った。
車内で、スマートフォンを開いた。
次の修行のルートを、頭の中で組み始めた。
どこへ飛ぼうか。
どのルートが最適か。
アレキサンドライトに届く、最後の修行。
蒼空の指が、画面の上を動いた。
家に帰ったら、PCを開く。
スプレッドシートに入力する。
独り言を言いながら、タブを増やしながら、完璧なルートを組む。
そして、「よっしゃあ」と言う。
隣の部屋から、壁を叩かれるかもしれない。
それでいい。
それが、蒼空のやり方だ。
電車が駅に着いた。
蒼空は立ち上がった。
今日も、飛べた。
Good Day‼
読んでくださって、ありがとうございます。
石垣の海、那覇のラウンジ、鹿児島の初めての匂い——
今日の五便は、蒼空にとってただの移動ではなく、確かな“飛んだ証”でした。
アレキサンドライトまでの距離が縮まり、次の修行で届くという確信が生まれる。
その瞬間の静かな高揚は、旅を重ねた人間にしか分からないものです。
もしあなたにも、積み重ねた時間が形になる瞬間があるなら、この章がそっと寄り添えていたら嬉しい。
次の空へ、また一緒に。
Good Day!!




