ifの物語 後編
ジダルク王国のジュリアン王子からの指名婚約にクラリスは驚きで頭が真っ白になった。
「私が指名されたの?」
王位継承権のない自分がなぜ隣国の王子から指名されて婚約者となったのか理解出来なかったのだ。
クラリスはミレイユの方を見る。
正当な王位継承者はミレイユである。
それを差し置いて自分が婚約など、彼女と王妃が許すのだろうか。
その視線をミレイユも感じていた。
「ミレイユ。。」
「どうしたの? これは嬉しい事じゃない。私に遠慮する事なんてないわ」
意外なミレイユの言葉にクラリスは驚く。
「本当にいいの? あなたは王位継承者なのよ」
〔わかってて言ってるのなら嫌味よ〕
クラリスの言葉にミレイユはそう思ったが口には出さなかった。
ジュリアンが求めているのはクラリスであって王位継承者ではない。
それがわかっているからミレイユは煮えくりかえる腹わたを必死で抑えながらクラリスが行くようにうながす。
「クラリス、あなたがミレイユにすまないと思っているのなら辞退するという選択もあるのよ」
ジャクリーヌがクラリスにそう言ったのでミレイユは顔面蒼白になった。
〔このバカ女、何を言ってやがる。そんな事したら軍が攻めて来てエルドラストは終わり。私とあんたはギロチン台行きよ〕
「元よりそのつもりです。私は何の力もない名前ばかりの王女。ここはミレイユが行く方が相手にとっても失礼がないと思います」
〔やめて! 私が行ったら国家滅亡にギロチン。あんただけ幸せの展開よ!〕
ミレイユはこの場をどうにか乗り切ろうと前世での記憶を頼りに言葉を絞り出す。
「クラリス、どうしてジュリアン王子があなたを指名してきたかわかる?」
「え? いや、わからないんだけど。。」
「あの王子、あなたが好きなのよ。6年前の舞踏会で、あなたは知らないかもしれないけど、あの場にジュリアン王子もいたのよ。彼はあなたが目当てで今回の婚約を希望してきた。だから私がいく方が失礼なの」
そんな事初めて知ったという表情で驚くクラリス。
「だから、あなたが行きなさい。この指名を断っても彼はまた婚約を希望してくる。それこそこの国に攻め込んででもあなたを奪い取ろうとするでしょう」
ミレイユは顔は笑顔だったが、内心では当然引き攣っていた。
〔くそ! こいつにこんな言葉をかけている自分が癪にさわる。。でもこうしないと私の首が。。〕
ミレイユが許可した事でクラリスがジュリアンの婚約者として行くと決まった。
背後から忍び寄るギロチンの気配に怯えながらミレイユは引き攣った笑顔でクラリスを送り出した。
「誰からも反対されなかったのか?」
予想よりもすんなり決まった婚約にジュリアンは疑心暗鬼になりクラリスに確認する。
「王妃は反対だったみたい。でもミレイユが私が行くべきだと言ってくれて決まったの」
「妹さんが。。」
ジュリアンは意外そうな表情を浮かべた。
ここまで彼が集めた情報からはミレイユもジャクリーヌの考えをそのまま移したような人間だったからだ。
〔ミレイユに関しては再調査した方がよさそうだな〕
ジダルク王国に行ってからのクラリスは持ち前の芯の強さと政治力で王妃としての地位と名声を確実にしていった。
王妃ジャクリーヌは何度か王位継承権第一のアレクシスとミレイユの婚約を進めようとしたが、ミレイユはアレクシスが女だと知っているので、興味を示さなかった。
剛を煮やしたジャクリーヌはミレイユに無断でジダルク王国にアレクシスとの婚約を申し込んでしまった。
これにジュリアンが反応する。
「どこまでも愚かな奴。王位継承がそんなに大事なのか」
ジュリアンはクラリスを呼び寄せてこれから行う事を説明する。
「クラリス、君には辛い話になるかも知れないが、エルドラストに宣戦布告する」
「え?」
ジュリアンの言葉にクラリスは驚きの声を上げた。
「どうして? 私が婚約者としてここに来たのに」
「君は王妃ジャクリーヌから侮蔑されていたんだろう。エルドラストを我が国に吸収して国王一族に何らかの刑罰を与えるつもりだ」
「でも。。」
「優しい君の事だ。許してくれと言いたいのだろう。君に免じて命を奪う事まではしないつもりだが、王位を剥奪して庶民に身分を落とすまではやる。そこはいくら君の頼みでも譲れない。僕は君が安心してここで暮らせるようにしたいんだ」
そこまで言われるとクラリスもやめてとは言えなくなってしまった。
戦争である以上、双方に犠牲が出るのはやむを得ないという覚悟で進撃するのだ。
エルドラストを吸収すれば豊富な金が手に入り、ジダルクは一大国家となる。
ジュリアンの目的は自国を大陸最大最強の国にする事、そしてその王妃にクラリスがなる事。この2つであった。
大義名分は王妃クラリスを虐げた者たちへの処分である。
かくしてジダルク軍はエルドラストに進撃を開始した。
これに驚いたのはミレイユも同じである。
「どうして? 私はこれを回避するために一生分の忍耐を使い切るくらい我慢したのに。。」
侵攻してくるジダルク軍にミレイユば膝を落として涙を流した。
進撃を止められなかった。
自分だけでなく、母親も説得しなければジュリアンは納得しなかったのだ。
「もうおしまいよ。。私は処刑される。何のために今まで。。」
そこにメイドのセリーヌが現れてミレイユに声をかける。
「私をお使い下さい。私がジダルク王国に出向き、クラリス様にミレイユ様をお助けしてくれるよう懇願して来ます」
「セリーヌ。。」
もはや何をやっても無駄だとは思うが、ミレイユは一途の望みをセリーヌに託す事にした。
最後にセリーヌにひと言伝えた。
「私がいなくなったらクラリスにつきなさい。彼女なら悪いようにはしないでしょう」
セリーヌはジダルク王国へと向かう事になる。
そしてクラリスに会う事に成功して、クラリスはジュリアンにミレイユだけは助けてくれるよう懇願した。
クラリスがそこまでいうのならと、ジュリアンはミレイユを処罰の対象から外すことにした。
何かの役に立つだろうと保身のためにかばったセリーヌによってミレイユはジュリアンの処罰から逃れる事に成功したのだ。
本人も予想外の出来事だったであろう。
捕縛されたのは国王と王妃ジャクリーヌの2人だけ。ミレイユは部屋に残るように指示されただけで、ジダルク軍からの拘束はなかった。
ミレイユがジュリアンを待っていると、部屋のドアを開けたのはクラリスであった。
「ミレイユ!」
「クラリス?」
〔どうしてここに? あんたは前世では私を助けなかったじゃない〕
「助かって良かった。ジュリアンにあなただけは捕まえないように頼んでおいたの」
今回はどうして助けてくれたの?
そう思っているとメイドのセリーヌが姿を現した。
「ミレイユ様。クラリス様がお願いをお聞き入れしてくれました」
それを聞いて何となく理解できた。
セリーヌを助けた事により流れが変わってクラリスがミレイユを助ける未来が出来たのだと。
エルドラストはジダルク軍に包囲されたが、クラリスとセリーヌのおかげで自分は助かった。
我慢してまいた種がようやく花開いたのだ。
その後、ミレイユは地下牢で捕縛されたジャクリーヌと対峙する。
「お母様、今回の一件はお母様のクラリスに対する仕打ちが招いたものです」
「あいつは踊り子の娘。卑しい身分の子供よ。それにどうしようと王族である私たちの権限で決められるしょう」
「踊り子とはそんなに卑しい身分なのか私にはわかりません。でも、クラリスの政治能力は認めざるを得ないでしょう。ジュリアンはお母様のクラリスに対する仕打ちを怒って今回我が国に攻め込んだのです」
「そんな事知るものですか」
「今ならまだ間に合います。我が国が滅亡するのを私は黙って見ていられません。クラリスに謝罪して下さい。そうすればジュリアンも命を取る事まではしないでしょう」
「私に側室の子に頭を下げろと言うの? あなたいつからそんな子に育ったの? そんな屈辱を親にしろと言うなんて、この親不孝者!」
「国が滅ぶのにくらべたらお母様の屈辱なんて軽いものです。それでも嫌だと言うのならもう私は何も言いません。処刑台にお一人で行ってください」
ミレイユはいまわかった。
前世でクラリスが「さようなら」と言って去っていった意味を。
自分を助けてくれなかった理由を。
私もこうだったからだ。
救いようがなかったんだ。。
やり直しの人生でようやく自分の過ちに気がついたミレイユ。
「あの人は王族の生まれで庶民の暮らしを知らない。クラリスにもあなたのお母さんに対しても見下した態度を取る。このまま処刑しても何の反省もないまま死ぬ事になる。
それならあの人にとってもっとも苦しむ方法、つまり庶民に落とすのが一番効果的という事ね。いかにもジュリアンが考えそうな事だわ」
ミレイユの言葉にクラリスも感心する。
「それにしても、ミレイユはずいぶん変わったね。昔と比べたら大人になったというか。。私に対して優しくなってくれた」
優しくなんてなってないわよ。
自分が一番かわいいに決まっているでしょ。
そう思ったが口に出す事はなかった。
それが大人になったという事なのだろうと納得はしていたが。
「お母様の態度を見ていて何か違うとは思っていた。私はあなたの政治面での能力を認めているから。それとジュリアンに好かれている事も」
「異母とはいえ、私たちは姉妹。これからは力を合わせてやっていこう」
クラリスの差し出した手にミレイユは仕方ないという感じで応じて握手をする。
こいつと仲良くしていればジュリアンを怒らせる事はない。
私も処刑を免れて安泰だ。
これで良かったと思えばいい。
こうしてジャクリーヌは国王共々、身分剥奪されて庶民として僻地の村へ送られた。
「ミレイユ、僕の調べた限りでは君はクラリスの味方をしてくれたそうだな。そのお礼と言っては何だが、引き続きエルドラストを統治してくれ。エルドラスト地区の管理は君にまかせる」
「え? いいのですか?」
「他にまかせられる人はいないからな。君は王族だし、今まで通りなら民衆も安心だろう」
〔やっぱりこいつはクラリスに味方する人間には優しい。敵に回したら恐ろしい上に厄介極まりない。
こいつとは仲良くするに限るわね〕
ミレイユは前世で見たジュリアンの自分や母に向ける冷徹さはクラリスを愛するゆえだと考えていた。
クラリスさえ味方につければ私には手を出さないだろう。
その読みは当たり、ミレイユは処刑される未来を回避したのだ。
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これはifの物語。
現実もこうだったら良かったのだろう。
すでにこの世にいない妹を思い、ヴィクトワールに依頼して書かれたクラリスの空想である。
ただしヴィクトワールがミレイユの性格をより忠実に再現し、着色して物語風に仕立てた。
読んだクラリスは苦笑いするしかなかったという。




