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60.ひとまずの勝利に

挿絵(By みてみん)

 ある者の顔には覚悟が刻まれて。


 ある者の目には怯え惑いながら。


 しかし私は彼らマモノビト達に、Drが言った誇り高き“決意”を見た。何故なら、彼らはここまでやって来たのだ。


「……むう……」


 魔剣士ジルバが身を起こし、頭を振った。兜を外して口元を拭うと、乾いた血がぱらぱらと剥がれ落ちる。

「ジルバ! 元気か!」

「元気ではない。どれくらい寝ていた?」

「そおねえ、10分ってとこかしら」

魔女の口調が元に戻っている。ジルバが目覚めたと見て、早々に現場指揮権と責任を放棄したらしい。

 少し体をぐらつかせたが、ジルバは剣を杖にすることもなく立ち上がった。お嬢様砲二発喰らってタフな奴だよ。

「戦況は?」

「良くはないわね」

魔剣士が大きく辺りを見回した。途中私と目が合い、一拍あったが、そのまま無言で逸れていく。



 魔剣士の視線が駅の方向に留まった。駆けつけたマモノビトはざっと20人というところ。彼らの表情から、ジルバはその思いを汲み取っただろう。それでも魔剣士は首筋をひと擦り、おもむろに声を張った。

「招集に応じて参じたか、マモノビト達よ!」

堂々と、敗北の血に塗れていてもその威風は損なわれていない。

「『魔王』軍騎士団長、“魔剣士”ジルバが意思を問う。我らの前に跪くか、否か」

ぴりぴりと、空気を張り詰めさせて。

 二度戦った私にはわかる。この男と対峙して、心を折られないにはどれほど強く心を持たねばならないか。マモノビト達の出した答えは――……


 再び宙を舞う、コンクリのブロックだった。


 兵士達が身を引いた敵陣中に、それは落ちた。

「お断りだねえ!」

どこにでもいるごくフツウの巨人の主婦、野田の奥さんが切った啖呵を皮切りに、バラッ、バラッと『魔王』軍に石が降る。

「ふざけんな、バカヤロー!」

「誰がお前らなんかに従うか!」

「異世界に帰れー!」「帰れー!」

ああ、気高いな。誰の顔にも恐怖の色が見える。それでも誰もが否を突き返した。突き返そうという人達がここまで来た。

 魔剣士に折られない心を支えるのは、家族、人生、そんなちっぽけなモノだろうに。けど、私にはわかるよ。


 私だって、そうだったんだから。


 惜しむらくは意思に反して飛んだ石の少なさだよね。都会の駅前、そんなに石とか落ちてないんだ。幾人かのマモノビトが、花壇のブロックとか引っこ抜こうとし始めた。いい、いい。意思表示としてはもうじゅうぶんだから。

『お姉ちゃあん、マルガレタ、あいつら殺っちゃってイイ?』

「ダメ」

で、こいつらは敵と味方の区別つかないのかよ。



 “全身転移”。


 私は魔剣士の正面に着地した。

「打ち方ヤメー!」

投石が止み、マモノビトも『魔王』軍もしんと静まり返る。

「ジルバ」

黒に近いくらい深い、紅蓮の眼が魔法人形を見返す。

「まだやるか?」

マルガレタを抱く左腕に握った、壊れた右手は、まだお嬢様砲を撃てる。ジルバの長剣もまた私を間合いに入れている。無言の数秒を見つめ合う。

 魔剣士が剣気を解いた。私もカラダの力を抜く。

「お前に負け、マモノビトも徴発も叶わず。俺は陛下のご期待に沿えなかった。叱責は免れん」

ジルバの視線が遠くを仰いだ。

「だが今は戦端を開く時ではない。これ以上の勝手は、それも陛下の御意に背く」


「……――総員、撤退だ」


 騎士団長の号令が、指揮下に染み渡った。騎士達は即剣を収め、誰一人驚きも不服も示さない。魔女と獣王も顔を見合わせ、已む無しと頷いた。

 これで、やっと、ようやく。『魔王』軍襲来を防衛成功確定、か……



 安堵で膝が折れそうな私を、魔剣士の凝視が刺した。

「前の戦いで、お前が欲しいと思った」

敵味方は別として。戦いを通じ、戦士としてのジルバには敬意が持てる。認められたなら単純に悪い気はしない。

 と、ジルバは不意に顔から険をなくし、微かに笑った。視線で人を殺せそうな迫力が消え、年相応の青年が出現する。年齢不詳だけど。

「そしてこの戦いで惚れ直したぞ」

「お、おう?」

「もう一度訊くが、俺のモノになる気はないか?」

悪い気はしないが、それはまた別の話。


「そうだ。お前、子は成せるのだろうか?」

「え、そっちの話?」


 マジか。人形姫になって以来、変なモテ期に入ってるな。

「いや……こう見えて妻子があって」

「そうか。残念だ」

そう言うお前の顔な、素になられると、割と可愛いとこあって困る。性格的にどこまで本気か冗談かわからないけど……困る。

 いや待て。


 そう言えば私、中の人オッサンだ! 空気に流されてんじゃないよ!



 思わぬ最後の深手を負った私を尻目に、ジルバは報道陣を探し、手で注目を促しカメラを見据えた。

「映っているか。我が軍の旗下に走ろうというマモノビト達よ。済まぬが、我らは猶予を待たずして撤退を余儀なくされた」

魔剣士の言葉は、報道を通じて日本、世界中にも伝えられているだろう。あ、私への求婚っぽいのもか? さっきから懐のスマホにピコンピコン通知止まんないんだけど。

 と、ジルバにぐいっと両手に肩を置かれた。何ぞ?

「ドロシーローズ。次に会う時は本当の戦争だ」

急に名前で呼ぶなし。

「その時俺とお前、最後の決着をつけよう」

放せし。全国ネットで流れてるし。


 魔剣士は折られた大剣の代用で、長剣を報道カメラに翳した。

「次に諸君らに(まみ)えるのは、この世界と我らの世界の雌雄を決する時。もしマモノビトに我が軍の旗下に加わりたい者があれば」

ジルバの剣が、すいっと、Dr.ボンダンスを指した。

「あの男に連絡を」

「はイ?」

「電話番号〇〇―〇〇〇〇の〇〇〇〇! Dr.ボンダンスまでご連絡を! 以上総員撤収!」

「ちょ、オマ!」



 魔剣士の宣言に、魔女がパチンと指を鳴らし、無数に現れた魔法陣を『魔王』軍がそれぞれに潜っていく。

「それじゃあ、またね、お人形ちゃん」

パソドブレがひらっと手を振り、投げキッスまで残して去った。そう言えば私はDrの娘だから、あの人は私のお祖母ちゃんになるのか。本人に言ったら殴られそうだな。そこに曾孫もいるんですよー?

「って、痛っ」

振り向くと、獣王が私を睨んでいた。

「パチャンガは産めるんだからな!」

イーッと歯を剥き出して、魔法陣に飛び込む。

 ちょっとあの子、私の足蹴っていったわよ?


 さて殿(しんがり)に残ったジルバが、私に敬礼を寄越した。

「再会を楽しみにしている。さらばだ、ドロシーローズ」

「うん、元気でね」

名前、呼ぶなし。何て言うか……たまには女性にも言い寄られたいよね。百合子ちゃんはノーサンキューだけどね。

「じゃ、ボンダンス。連絡係任せた」

「貴様、ジルバあ!」

「貴公も少しは仕事をしろ」

Drと言葉を交わして、ジルバが最後に魔法陣に消えた。ま、いい気味。たまにはDrも人に振り回されればいいんだ。



 そして……駅前がマモノビトの歓声に沸いた。


 ドドドッと駆け込んできたマモノビトの一団に飲まれた私は、

「すごかったよ、ドロシーちゃん!」

野田の奥さんに抱え上げられた。高い。

 わっしょいわっしょい、傍らに来た絵里香と慎太郎も、

「お! 君達人形さんのお子さんだな!」

「ふわっ?!」

「は、はい、うわああ……」

無事、戦勝歓喜に巻き込まれた。ん、良し。

『お姉ちゃあん、こいつら、殺っちゃってイイ?』

『キヒッ、キヒヒッ! 殺っちゃウ? 殺っちゃウ?』

「それはダメ」

マルガレタとオルテンシエ、妹達を抱き留めた左手から、壊れた右手を投げ落として懐のスマホを探る。ラインが来てる。


[智香:浮気は許しませんよ]

[大治郎:愛してるのは君だけさ]


 そう返して、空を見上げ、深く息を吐いた。戦いが始まってから今まで、ずっと呼吸を忘れていたような気がした。まあ、不要なんだけど。

 人形姫(わたし)は少し笑って、マモノビト、仲間達の興奮の波に浚われるまま身を委ねた。




挿絵(By みてみん)

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