59.つながる思いの糸
Drを取り囲む、騎士の1人が慇懃に口を開いた。
「お手向かいされませぬよう。Dr.ボンダンス様。パソドブレ様のご命令は『魔王』陛下のお言葉。その人の子らをお引き渡しください」
「ンー、君。言葉遣いには気をつけたまえヨ」
「は……?」
Drは寝椅子にでも寛いでいるかのように、悠然と応じる。むしろ脅す側の兵に緊迫感がある。
「Drに様付けは二重敬称ダ。君も『魔王』軍の騎士なら、正しク美しいニホン語を遣いたまエ」
肩をすくめたDrが、開いた両手に、ヴン! 魔法陣が開く。
「Dr.ボンダンス! 陛下に手向かいなさる気か!」
焦りの走る鉄仮面に、Drは尊大な笑みを浴びせる。
「違うナ。諸君らが吾輩に手向かいしておルのダ」
「このシンタローとエリカは吾輩の客分。無礼は許さヌよ」
Drの手に召喚されたのは、人形。魔法人形とは異なり通常サイズの、アンティークドレスを着せされた、愛らしい2体のお人形さんだが……
人形師は私にも笑みを向けた。そこには騎士達に対したような嘲りはない。
「吾輩、魔獣の肉をまで喰らっタ貴様に、誇り高き“決意”を見タ」
「Dr……」
「ソコまでさせるなら、サッサと手持ちの回復薬を渡しテやれば良かっタと後悔しきりダ」
「おい。今何て言った?」
「ソノ覚悟に敬意を表シ、吾輩、少し手を貸してやろウ」
Drは私には答えず、左右の手にいる人形をひょいと騎士達に差し出した。
「忠告しよウ。諸君らの剣は、脅シより防御に使うコトを勧めル」
「雛菊姫、紫陽花姫。薔薇の女王の大切なモノを護るのダ」
『『ஆம்,யுவர் ஆனர்(はい、ご主人様)』』
白いドレスは雛菊姫。紫のドレスは紫陽花姫。2体のビスクドールが宙に浮いた。
目の前に騎士に飛び掛かり、ドレスに深紅の差し色を添えると、私の喉元の剣も弾き上げ、そのまま操り糸に引かれるように敵陣に飛び込んでいって……ああ、何かヒドいことをしているっぽい。
あの子達、護れと命じられて躊躇なくシバきに行ったな……
魔女がキッとDrを睨んだ。
「ボンダンス! 事はもう遊びでは済まされぬ! この期に及んでこの振る舞い、陛下のお気に入りとて赦されぬ、あたしにも庇い立てできないよ!」
マジギレモードの魔女に、Drが返すのはいつもの傲慢な哄笑。
「フーハッハッハーア! この世の万象はすべからく吾輩の遊びダ! 何人たりとも止めることはできンよォ!」
うわ、言い切った。敵の敵は味方だけど、ホントこの人、敵には回したくないけど味方にもしたくねえ。
「パソドブレ、一個取った! これいる? 集めてるヤツ?」
「うえ?! あーっと……できれば取っといて!」
パチャンガが、紫の方はオルテンシエだっけ、人形をひとつ捕獲。活きのいい魚みたいにビッチンビッチンしてる。
魔女が、空中で持った物の置き場に困ったような仕草をした。だね。情報量過多。状況がワチャつけば、一番常識的な人が持つしかないんだ。ご苦労察するよ……と、ついに魔女さんがヒステリックに叫んだ。
「いい加減にしな、このバカ息子ー!」
「興奮するナ、母上。若作りの化粧にヒビが入るゾ」
え……えッ?! Drが私を振り向き、手でパソドブレを指し示した。
「母ダ」
ちょっ……魔女さん、創造主サマの創造主サマでしたか!
うわー、魔界人マジ年齢わかんねえわ。つうかホント情報量。もう私がモンスターの肉食ったこととか、とっくに押し流されてるわ。
「あれ? さっき獣王たんが魔女さんに、結婚どうとか言ってなかった?」
「父と別れてから確か3度結婚離婚しテ、今はフリーのはずダ」
おう。お母様、人生を謳歌されてますね。
「そんなコトより人形姫」
「は、はいぃ?」
もう許して? 私、処理できる情報量いっぱいいっぱいよ?
Drが指をクイってすると、白いドレスのマルガレタが戻ってきた。
「あ! 逃げた!」
紫ドレスのオルテンシエも、獣王の拘束を振り切って、創造主サマの腕の中に帰ってくる。
「コレは半自律型の人形兵器ダ。貴様の魔導兵装に加えるがイイ」
「へ?」
白と紫のビスクドールが、改めて人形姫に差し出された。
「良いカ、雛菊姫、紫陽花姫。薔薇の姉姫に仕えルのダ」
『『ஆம்,யுவர் ஆனர்(はい、ご主人様)』』
『新しいデバイスが検出されました』
「待ってDr頭の中で何か言ったよ?!」
不意に脳内に響いた声にフードを抱えると、Drは首を傾げ、
「Bluetoothダ。知らんカ、ブルートゥース?」
「知ってるけど、私に搭載されてるのは知らないよ?」
『新しい機器が接続されました』
「接続されたよ?」
よくわかんないけど、追加装備? えーと……このお人形達を、私のオプションとして操れる的な? ブルートゥースで?
『お姉ちゃアん、マルガレタ、アイツら殺っちゃていいのオ?』
『キヒ、キヒヒッ! 殺っちゃウ? 殺っちゃウ?』
「キャラ!」
情報量! 可愛くない! 私お姉ちゃん設定! ああ、もう……もおっ! 何から処理すればいいかわかんない!
ぶんっ――……ドスッ。
敵味方ともに混乱ばかり広がる、駅前戦場の真ん中に、コンクリートブロックがひとつ降ってきた。ホムセンで売ってる、横から見たら平べったいローマ数字のⅢの形のやつだ。
飛んできたのは『魔王』軍の背陣、駅のある方角から。ブロックは『魔王』軍の頭上を軽々飛び越えるパワーでぶん投げられた。
「あっ……」
人形の硝子の瞳に、信じ難い光景が映った。
「ドロシーちゃん! 待たせたねえ!」
敵陣越しにも、頭ひとつ図抜けた巨体。青光りする肌。ムキムキの上腕三頭筋のド迫力ナイスバディ。彼女は、巨人である。
「野田さんの、奥さん……!」
「ドロシーちゃん、西九条さん! 遅くなったけど助っ人に来たよお!」
「おー、これはこれは」
あっけらかんと叫ぶ野田の奥さんの後ろから……ドラゴンはそれを見て、首をゆらゆら揺らして微笑む。
ゴブリン、コボルト、オーク。亜人に獣人に……
『お姉ちゃアん、アイツら殺っちゃていいのオ?』
「ダメ」
マルガレタを抱き留めた私の目に映るのは。
駅の改札から次々に吐き出されてくる、大勢のマモノビト達だった。




