44.頭ごなしの思い
会食は互いの近況報告、主に子ども達からニュー私のエピソードが語られ、老父母と兄が驚いたり笑ったりと和やかな時間となった。ジルバの話については、私の口からすると事前に言ってあった。
男達が珈琲やお茶、女性陣と慎太郎が甘味を頼んだ食後のひと時。
「ふう」
私は静かに息を、人知れぬ決意の深呼吸をついた。今から話そうとしていることの一部は、妻子には前もって知らせていない。
「『魔王』の話をしようと思う」
切り出すと、個室の視線が全部こちらを向いた。
私は“魔剣士”の襲来、戦いと敗北の顛末を簡潔に説明した。老父はまじまじと私の白面を見て、
「大……ドロ何とかちゃん。お前、化け物と戦ったりするんか」
「うん、これが初めてだ」
「そんなちんまりナリで戦えるんか」
「こう見えてもモンスターだ、意外と強いよ」
むんっと薄い胸を張り、細い腕を曲げてポーズをしてみせる。
ジルバに負けたことは、ただ負けたとだけ話した。両手両足を断たれる大破を喫したとは、言っていない。
だもんで兄の秀一郎などは、
「ほう。暗黒騎士の宿敵持ちとは王道だな」
オタク趣味から呑気にそう言う。あの場にいた絵里香は身を固くし、壊れた私を見ている慎太郎は芋栗南京サンデーに目を落とす。
そうなのだ。この荒唐無稽な現実は、一度頭を叩きつけて初めて血肉が通う。聞いてるだけでは冗談事としか捉えられないんだ。
私はクリームソーダ(子供らチョイス)をストローでひと口吸い、
「アニメみたいな話だけど、兄ちゃん、私の現実だ」
「……! す、すまん、つい……」
ハッとして兄が狼狽えるのに首を振る。
「いや無理もない。マモノビトになった私でさえ、魔剣士とやり合うまで、このまま日常系でいくのかもと思っていたからね」
ニコッと笑うと兄の肩の力が抜ける。お人形スマイルの有用性、使いこなしている私は成長したな。けどさ。
人形の見た目って、こんなふうにも使えるんだよ。
私は椅子の座面に立ち、表情を一切消して、薄紫の硝子の瞳孔を開いた。あなた達を見ているけど、何も見ていない眼は、瞬きもしない。
「だけど、魔剣士と戦って理解った。魔界という世界が在って、魔族という異世界人が居て、『魔王』がいずれ “この世界”を攻めてくる。全部冗談じゃなくて、現実なんだ」
首を、かくんと不自然な角度に傾げ、あなた達を見る。
「そう先のことじゃない」
個室が水を打ったようになった。各自の頭と心に、私の言葉はどれくらい沁み込んでくれただろう。面白がられたり可愛がられたり、やたら写真を撮られたり、とかく真剣に受け取られない私の見た目も、人間味を消してしまえば、それなりの凄みは出せるんだよ。
私は、魔物だからね。
まず口を切ったのは慎太郎だった。
「その前に、マモノビトへの接触があるんじゃない、『魔王』から?」
「あり得るな」
前にも感じたが、慎太郎はこういう洞察が回る。『魔王』はマモノビトを手勢にする目的で人を魔物に変えた。最初の出現で“我々”にそう宣言しているし、ジルバもマモノビト徴兵の意向を私に伝えた。
ストンと椅子に尻を落とし、表情を浮かべると、場の緊迫が多少緩んだ。
「いずれにせよ、『魔王』軍が動くなら“魔剣士”は私の前に現れる。あいつは私に惚れているからな」
「言うよね、おとーさんも」
「可愛いは正義のツライとこだ。次の求愛は、きっとより苛烈だろう」
「あら。浮気は許しませんよ」
智香が怖い顔で睨む。
「あちらさんの横恋慕だよ。愛してるのは君だけさ」
妻の目が、作り笑いから笑みになる。笑うときゅっと目が弧を描くのは、母から娘への譲りだ。
確かに、絵里香の言う通り、私も軽口を利くようになった。冗談のようなこの姿になるまで、真面目一方のオジサンだったんだけどねえ。
けど。冗談はこれまでだ。
居住まいを正す。紋切り型に押し出す。
「真面目な話をする」
人形ガチモードとはまた違う、一人のヒトとしての真剣味、出てくれと願う。
「言ったように私は『魔王』軍の騎士団長と因縁がある。『魔王』が動けば、私は必ず巻き込まれる」
今と元の家族、ともに私の口元を見つめている。
「親父、片がつくまで俺の家族をそっちで預かってくれないか?」
智香、絵里香と慎太郎は驚いたようだった。親父達の方は、ある程度予想していた様子だ。
ことに慌てたのが慎太郎で、
「姫っ、オレは「慎太郎」
ガタッと椅子を鳴らして言い掛けるのに、私は言葉を被せる。
「言いたいことはわかる。わかった上で言っている」
硝子の目に、オルゴールの声にありったけの“父親”を乗せた。
「こればかりは言う通りにするんだ」
息子は腰を浮かせたまま固まった。
私は――……マモノビトになるまでは、融通の利かない堅物男の部類だったと思う。だがその一方で、夫として父として“頭ごなし”に意見を押しつけることはしないと決めて生きてきた。そうやって自分ルールを作って決めるところが、融通が利かないたる所以とも思う。
もっとも。この姿になって、妻や子ども達との関係性から推して量るに、自己認識と周囲の評価に乖離があるとは気づいている。私はいいとこ、不器用だけど甘いダンナでパパだったのだろうな。
しかし、こればかりは決して譲らない。
渾身で放つ頭ごなしは、慎太郎、絵里香と智香にも顔色を変えさせた。
「けど、オレ……ひ……父さん」
「わかっているよ」
口中に言葉を噛む息子の肩に、置く手は父としては小さ過ぎるけれど。
「お前の気持ちはわかっている。でもな、慎太郎。魔界との戦争が起きるんだ、私がいるところで」
私は、ある日突然運命だかに巻き込まれたワケだが、気づけば己の存在が、周囲を巻き込む渦になっていた。
選ぶ余地もなかった今日だけど、今日ならまだ、明日は選べるから――……
だから父さんは、頭ごなしに言う。父さん、今日までいい父親であろうと頑張ってきただろう? だから一度くらい、我を通してもいいじゃないか。
「その時、私はお前達に傍にいてほしくはない」
マモノになった時、私は一度家族を遠ざけようとして、ナアナアのなし崩しで今日まで来てしまった。一緒にいるリスクが曖昧だったからだ。だが魔剣士と戦ったことで、はっきりと現実味を帯びた。
慎太郎がへたっと椅子に腰を落とした。息子の肩を叩く、作り物の手から、父の思いが伝わることを切に願った。




