43.『人形』、敷居とハードルが高い
総勢6人+人形1体。大移動と言うと大げさだが、それなりにゾロゾロする。私は更にフードに深く隠れ、球体関節の指を袖に引っ込める。見られれば手を振られる人形たん、それだけに家族達といるところで目立ちたくはない。
田舎住まいの老父母は、「賑やかなもんだ」と観光気分できょろきょろする街並みに時折マモノビトの姿を目にして、
「お、おお……本当におるんじゃなあ。ニュースではやっとったが、こうして実際目にすると、やはりギョッとさせられるの」
呟きは感嘆とも怖れともつかず、その本当におるマモノビトであるところの私は複雑な心境である。
「じーちゃんとこにはいないの?」
慎太郎の屈託のない問いを、
「まず分母が違うからね、都会と田舎じゃ人の数が」
兄の秀一郎が横から引き取った。
「それと、世間も違う。田舎にもマモノビトになった人はいるんだろうけどね、都会ほど、ひょいとは表に出ては来にくいんだよ」
慎太郎はわかったようなわからないような顔だが、田舎で生まれ育った私にはよく理解る。
良くも悪くも人間関係の希薄な都会の暮らしでは、隣人がマモノになっても、受け流す形で受け入れてしまえる。向こう三軒両隣、トントンカラリと隣組で地域みな身内を未だ地で行く田舎社会では、マモノビトになった、家族からマモノビトが出たはちょっと言えないな。
人に姿を見せられず、閉じ籠もり、閉じ込められたマモノビトはどれだけいるのだろう。助けてくれ、そんな声を聞いた気がして、割と恵まれた境遇にいる陶器の胸が、憤りに満たない感情で、少し軋む。
ところで。“ドリフ大爆笑のテーマ”の原曲が“隣組”だって、わかる人はもう少ないだろうけど、そもそも今の若い子はドリフ知らんのかもしれんね。缶ハイボールのCMソングにもなった、あの曲だよ。
しかし、だ。都会暮らしの人間関係は、浅い分、広い。
「なあ、さっきも言ったけど」
親父の歩みに並ぶ。硝子玉で見上げられ、爺さんは落ち着かなさそうだ。
思えば背丈で親父を抜いたのは幾つの時だ? 私はまだ慎太郎には抜かれていなかったが、こっちがまさかの大幅身長ダウンで逆転された。爺さん、ちょっと腰が曲がって背も縮んだようだが、この視点、この角度で見上げる親父の横顔は子どもの頃の記憶にある。
「外では、私を大治郎と呼ばないでくれるか」
「はァん?」
皺に囲まれた目が、じろり、見下ろしてきた。
「呼ぶなってお前、そんなナリでも大治郎なんじゃろがい?」
「なんじゃけど、今な、この姿は結構顔が差すんだよ」
「おとーさん、ネットでは有名人なのよ、お爺ちゃん」
「だから実名知られたくない。これは親父のためでもあるんだ」
「???」
孫娘と、孫より小さくなった息子を見比べ、老人は変な顔になる。
「年寄りにはお前達の言うことはようわからん。じゃあ何と呼びゃあいい?」
口ごもると、絵里香と慎太郎がバッと顔を背けた。バ美肉おじさん実の老父への自己紹介。敷居バカ高え。
「ド……ドロシーローズと……」
「はぁん? ズロース?」
爺様、妙な味のもん口に入れたような顔で、孫達は耐え切れず吹き出す。
「何じゃあ、その変ちくりんな名前は!」
「ド、ドロシーでいい」
「フルだとベアトリーチェ・アルカネット・ドロシーローズっていうんだ。私が考えたんだよ、おじーちゃん」
「オレは姫って呼んでる」
「姫え……?」
えーと。お年寄りにどう説明したらいいんだ?
「インターネットで使う、ペンネームのようなもんだ、父さん。大治郎はこの通り人目を引く姿だ。だから本名を出すと、智香さん達の生活に差し障りかねないんだよ」
兄の助け舟が満を持して出航した。兄ちゃんは昔から、じっくり頭で整理してから口を開くので、遅いけど説得力があるけど遅い。
しかし親父は首をひねりつつ腑には落ちたようで、
「何じゃい、つまりは源氏名か」
「芸名と言いんさいな」
落としどころが悪くて、お袋に肘で突かれる。
「姫、源氏名って何?」
慎太郎、その単語を二つ続けて言うな。異音同義語だ。
絵里香は意味を解しているらしく、そっぽを向いて肩を震わせている。
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駅前個室有りの和食チェーン店は、予約時間にはやや早かったが、幸い待たずに通してもらえた。
黒い外套をハンガーで壁に掛けるのを、父がまじまじと見ている。
「ううむ。やはり信じられん」
「コレが俺だってこともだが、人形が動いているとこからだろう?」
陶器の顔に、球体関節の手指。ヒトのカタチはしているけど、目近にすればどう見たって人間ではない。
「お人形じゃなあ。それで動いてしゃべって……むん、不思議だの」
「この世界は脅威に満ちているよ、親父」
会ったら息子のジェンダー変わってた、では済まないからな。混乱も困惑もするだろう。
ちゃんと説明できるかな?
各自の注文が運ばれてくる前に、私が『魔王』に魔物にされた時のこと、この姿が魔法人形という特異な種族であるところまでは話ができた。親と子どもを前にして、時折一人称が俺と私でブレながら。
爺さんは嘆息して椅子に沈み、
「じゃあ、今のお前は生きておらん、そういうことか?」
黙って隣で聞いていたお袋が、ガーゼハンカチを取り出して目に当てる。こういう反応は辛いが、予想、もしくは覚悟の範囲内ではある。
「どうかな。人とは形が違うけど、これはこれで生きてるんだと思う」
努めて軽く言い、肩をすくめてみせる。慣れれば人形のカラダでも、まあまあ人間っぽい仕草は再現できる。
言うなれば、生きているように。
もちろん、このカラダの内側に、生命は無い。しかし記憶や意識、精神はある。安心させるための言葉だったが、生きているんだと思う、半分は本心だ。
よくわかんない、残り半分の本音はそれだけど。
個室の外から声が掛かり、話が一端中断する。
「んー……私、洋食が良かったなー」
前に置かれた和風おろしハンバーグ膳に、絵里香が呟いた。
「オレ、最近こういうのキライじゃないんだ。旅館メシ的なの」
慎太郎のチョイスは意外の松花堂弁当。二股の竹串をつまみ上げ、
「このぷよぷよしたの美味いよな。何なのかわかんないけど」
「生麩だな」
「これお麩なの? 姫、物知りだな」
「撫でるな」
既に普段の調子になった、髪をぽんぽんする息子とのやり取り。
を、眉をしかめるお袋に咎められた。
「これ慎ちゃん。お父さんにそんなんして」
「あ」「いや」
息子と孫が首をすくめる。続柄表記、ややこしいでしょ、頑張って読解してね。爺さんも箸を取りながら叱る。
「そうだぞ。それはそんなんでも親じゃろうが」
「それそんなんて」
嫁が季節の彩り御膳の、吸い物の蓋を取りつつ、
「そうなんですよー、お人形さんになってからパパと慎ちゃん、絵里ちゃんもホント仲良しさんなんです」
「あらー、仲良しさんなのねえ」
ウフフと笑えば、姑もつられて口元が緩む。
家内のおっとりさは、家族親族の緩衝材、柔らかい壁は砕けない。負けない者には誰も勝てない。当然、私も含めて。
慎太郎は指で額を掻いて、
「ゴメンじーちゃんばーちゃん。けど、どーしたって父さんって気がしなくて。何てーか、新しい妹ができたみたいって言うか」
どさくさに紛れ、私の背中に腕を回して引き寄せる。
「ほら、オレねーちゃんしかいないからさ」
「ほん、妹。そういうことなら理解らんでもない」
「ああ、理解る」
父と兄も納得顔だ。私自身わかりみが深い。
けど、この抱き寄せも含めての慎太郎お前の言動、新しい妹と思ってやってたなら、それはそれで言いたいことあるけど。
何かもう、いいや、それで。
あ、ちなみに私の膳は子ども達の選んでくれたお子様ランチです(強制)。似合う可愛い言われながら、写真を撮られ、SNSにアップされたっぽいです。
何かもう、いいです、それで。
せめてこの流れで、私はマモノビトになっても家族が傍にいてくれ、予想外に世間からも受け入れられ、日々を過ごしていることを兄と親に伝えた。
家族関係の良好さは、実際ご笑覧頂けたかと思います。
親父とお袋には、まるで漫画かアニメの話のようで実感は置き去りだが、理解の及ぶ範囲で私の現状にホッとしてくれたようだ。
「良かった、と手放しでは言えないが、智香さん、慎君と絵里香ちゃんを見ればお前は愛されているよ。幸せだな、ドロシーちゃ……ぷふっ」
兄が途中までいいこと言った風だったが、最後までもたなかった。
「すまん……ぷく、慣れない」
笑いおるオッサンに、人形はスンとする気分だが、
「いいよ、ゆっくりで、おにーちゃん♪」
「お、おお?」
「パパも、ゆっくり私に慣れてって♪」
「大治郎?」
目尻にチェキッ!ってしてやると、兄と父が怯んだ。てめぇらも、ちょっとは新しき私の破壊力を喰らいやがれ。
そんで、いいかな。
ここから少し、真面目な話をするからね。
私が「♪でいじーでいじー、こたえておくれ」と歌い出すまでは、どうぞ黙って聞いててくれ。




