45.QUE Sera Sera
子どもの言葉に耳を貸さず、押し切ったことは多くない。けれど今回は私に理があると信じている。言いたいことを言えず、飲み込まされた息子の背を、頼りない小さな手で擦る。
老父が、持ち上げていたコーヒーに口をつけず皿に戻した。
「そりゃつまり、疎開させろってこった?」
「そうだ。頼めるかな?」
「そりゃあこっちゃあ構わんが」
皺に囲まれた目元から、じっと私を覗き込んでくる。
「大治郎、ちゃんと慎太郎らと話したんか?」
私は、子どもの頃叱られた時のように、反射的に首を縮めた。
親らしさは、我がが使う分にはいいけれど、こうやって使われるとオッサンがいっぺんに息子に戻されて困る。
幾つになっても、私はこの人の息子だ。
それでも、今は私がこの子達の父親なんだ。
「身勝手に聞こえるかもしれないが、話し合う余地はない。魔剣士にやられた時、私は両手両足を切り落とされて地べたに転がった。絵里香も慎太郎もその姿を見ている。私が戦うのはそういう相手なんだよ」
そう言って私は掲げた両手を、ガラン、切り離して床に落とした。親父も、お袋も兄貴も絶句して、絵里香と慎太郎を見る。子どもらが青褪めつつ頷く。
駆け引きの天秤に、脅しも掛けて、用意してきたコインは全部乗せた。親に兄に妻に子の前で、私の思いの重さが揺れるのを見守るばかりだ。
絵里香がまず口を開いた。じっくり考えて話し始める分、弟より手強い。
「おとーさんと、西九条のおじさんより、強いマモノビトっているかなあ?」
魔法人形はそもそも兵器として造られたモノ。西九条のご主人はドラゴン、実力未知数だが弱くはなかろう。不良マモノビトと戦った感触からも、魔法人形の戦闘力は高いのだと思う。家族には内緒だが、Drの元で能力を十全に引き出す特訓もしている。
娘は私の反応を探るように見つめて、
「おとーさんの傍が、私、一番安心できる場所だと思うんだあ……」
そう言って一端視線を逸らし、戻すや胸元に手を組み、顎を引き、上目遣いに瞳を潤ませて見つめてくる。
「おとーさん……どんなことがあっても、絵里香を守ってくれるよね……?」
ああ、もちろんだ……違ッ!
あっぶねえ。
この娘、自身の父親への訴求力を、十二分に把握した上で振り翳してきやがる。もう父親の権威とかいい、娘に本音でぶつかる。
「私は、次はジルバに負けないようにと頑張ってはいるよ。それでも、お前達を守りながら戦える強さにはなれないよ」
絵里香の上目遣いを、薄紫の硝子玉で受け止める。
「絵里香、お前達が大切なんだ、それは私の弱みでもあるんだ。もしお前達を盾に取られたら私はもう戦えないよ。それに、これは考えたくないことだけど……」
言葉を切り、躊躇い、しかし言葉にする必要がある。
「『魔王』にマモノビトを従える術があるなら、というのが何より怖い。私が私でなくなり、傍にいるお前達がお前達だとわからなくなり、この手で、なんて……」
「おどーざぁん……」
私は言葉を継げず、絵里香もまた涙を溢れされる。智香と慎太郎、親父とお袋も言葉を失う重圧と閉塞の空気を、
「あー、大……ではなくドロシーちゃん。いっこ確認いいかな?」
物ともせず、いや無頓着に平然と口を切るのが兄・秀一郎である。
ぬう。この男は鈍感力もさることながら。
四つ離れた兄の、詭弁混じりの出任せには、ガキの頃から勝てた例なし。たぶんDrに勝てないのも、理詰めの兄とどっか似てるからなんだ。弟の動揺を読んだか、兄は一瞬稚気ある笑みを浮かべ、すぐに消す。
「その魔剣士というのは、どれほど強いんだ? 達人か超人レベルか、それとも化け物のレベルなのか?」
え、超人、化け物? それって主観じゃね? ……と思った時点で、私は既に兄ちゃんのペースにハマっている。
「重火器とか、近代兵器が通用しそうな相手か?」
どうだろう?と、私はまんまと本題を逸れて考える。
私に剣の腕云々などわかりはしないが、そこは達人のレベルなんだろう。当人も「我に切れぬモノが」とかルパンの五エ門みたいなこと言ってたし、うん。
あの巨大剣を軽々操る膂力は、超人レベルだ。が、私が膝を払ったら体勢を崩した。攻撃が全く通じない、という化け物レベルではないか……?
「んー……銃で撃ち抜かれて平気、ってことはないと思う」
ただ、当たるか、そっちの方が疑問だ。マシンガンで取り囲んでも、例の大剣でキンキンキンって弾を叩き落とす絵が目に浮かぶ。うん、やりそう。
兄はそこまでを吟味咀嚼し、飲み込むよう頷いて、
「では、『魔王』は魔剣士より強いのだろうな?」
「ん、うーん……たぶん?」
ラスボスが一番強い、というのはRPGの世界で、本来施政者である『魔王』個人の戦闘力はいち兵士と比べるものではない。一番偉い人が一番強いという発想が、そもそも現実的ではないのである。
無論。魔界では「力こそパワー」「我が魔力に平伏せ」「今のはメラではない」的ガチ順列があるのかもしれないし、
「正直、見当もつかないよ」
「魔法一発、島国くらい消し飛ばすクラスの『魔王』なら」
「もう“私”にはどうしようもない」
だったら初めから詰んでるし、最早人類に成す術なし、いちマモノビトにできることはないよ。
兄は肩をすくめ、コーヒーのカップで口を湿らせた。
「何だ、知らない間に世界は危機的状況だ」
「マジでソレな」
「そうなれば、もうどこに逃げても同じことだな」
「まあそうだろうな」
「……あ」
やられた。
流れで相槌を打ったが最後、絵里香と慎太郎がパッと私を見た。慌てて睨んだ秀一郎は、しれっと珈琲を口に運んでいる。
「おとーさん!」
「姫!」
「待て、今の無し!」
そう言って、兄をジトりと見据える。
「図ったな?」
「はは、何のことやら」
「そーなったら、どこにいても一緒だよな、姫」
「そーならなかった時の備えだよ。兄貴、お前のせいだ何とか言え」
「塞翁が馬」
「だっはっはっ」
「笑ってる場合じゃねえぞ親父。もうホントお前ら……」
「……――ふふっ」
もう、何だよ私の家族は。堪え切れず吹き出すと、次々に笑い出して。
親父も兄貴も堅物で、そのクセ根っこが楽天的で。それは私も同様で。
「ジタバタしても始まるまい。ほら、昔から言うだろう」
兄が私にニヤリとしてみせる。私も苦笑を返す。
「「大『魔王』からは逃げられない」」
兄弟の異口同音に、姉弟が笑っている。ああ、よく似てるよなあ、家族は。
笑いの輪の中で、自然と智香と目が合った。
「私は知らんぞ、どうなっても」
妻の目が弧になる。絵里香の笑い方は母親譲りなのだ。彼女は知っている。夫が家族を知らないと投げ出すことはあり得ないと。
「絵里ちゃんと慎ちゃんは、あなたがマモノでも一緒にいると言ったわ」
「だからあなたも、最後までこの子達と一緒にいなさい」
「……ハイ」
家族達がそれぞれ、ホッとしたように目を見交わしている。
「ま、爺ちゃんとこにゃいつ来てもいいぞ」
「その前に島国ごと吹っ飛んだら?」
「そん時はそん時じゃわ」
結局、おとーさん一世一代の頭ごなしは通らず、人形のか細い肩にまた重荷が乗っかった。落っことさずにいられるかなんて、保証はできないよ。
でも、まあ、そん時はそん時か。なるようになるだろうし、なるようにしかならないのだろう。
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「おー。そんなことになってたかあ、大治郎君」
「あらまあ、可愛らしくなって大治郎さん、まあ」
「はっはっはっ、智香の小さい頃くらい可愛いなあ」
妻方の実家は、私側のより遠い。年齢の割にPCに強い義父と、慎太郎が連絡取り合ってセッティングしたまさかのスカイプ報告。
そしてこの反応。義父母が大物過ぎる件について。んー、我が子達の楽観的なところ、私の家系からだけではないようだ。Webカメに人形スマイルで手を振る私を、妻がニコニコとして見ている。
私達は、どうにも似た者家族なのである。




