46.『人形』、修理完了
肩の付け根から、腕が外されて球体関節が剥き出しになる。
「うぅ……」
「ン? 痛みはナイであろウ?」
「ないけどさ」
それに二度目のことだけど、カコッ、とカラダの一部が外れる感覚はどうしたって慣れない。ジルバに拷問された記憶も甦る。
そうしてる間にも、あれよあれよと手足のない首と胴だけの上、一糸まとわぬすっぽんぽんの無防備を、委ねる相手は無論のことDr.ボンダンス。
落ち着かないわあ。
でも我慢する。次男だけど我慢する。再び関節を嵌め込まれる、ぞわっとする感触だって。
「魔導回路を開くゾ……良シ、立ってミロ」
言われて作業台から身を起こし、爪先の届かない床に滑り降りる。少しよろめいてたたらを踏む。
ドロワーズを穿くと、どうやら心細さから解放された。と言ってもつんぱを着けたからだけではない。
なんとなれば『人形姫』の新しい両手足が、ようやく完成したのだ。
仮付けスペアパーツでいる間の、慢性的な無防備感ったらなかった。待ちに待った新品の腕を、グーパーグーパー、確かめる。
「何も変わった気がせんね」
「モノの価値のわからン奴メ」
Drがジロリと睨む。
「この天才の最高傑作に、改良を重ねシ究極の逸品。美と性能の融合、強度ひとつ取っテ以前を上回っておるのダ」
「おー、強くなった?」
「巨人族が二度踏んでも壊れナイ」
「そこは魔剣士が切っても壊れないと言ってくれよ」
「ソレばかりは保証できン」
「ソレこそ保証してほしいんだけど」
鼻を鳴らしたが、Drはしれっとして作業台を片付け始める。私は台の端からお馴染みの黒装束を引っ張り下ろして着込む。
Drとのこういう掛け合いも、いつしか日常のこと。変わり者の魔族との奇妙な日常、その終わりは、たぶん近い。
間に合わせてくれたこと、心から感謝する。
「申すマデもあるまイが、またバランスが変わったからナ。転ぶなヨ」
「二度目だもん、わかってるって」
こうして『人形姫』のカラダは万全に復した。後は『人形姫』がチカラを十全に引き出せるか、だ。
その後小一時間ばかり、試験場で慣らしをしてみた。私は何度も足をもつれさせて、それは見事に顔から床に突っ込んだ。
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軽く汗を……は流れないけどそんな感じで工房に戻ると、創造主サマ手ずからお茶をご用意してくださった。見るからに高価そうかつ割れやすそうなティーセットに、琥珀色のお茶が注がれる。手を伸ばすと、目測を誤って少し零した。
「時に」
人形が慎重に取ったカップを啜るのを待ち、Drが切り出した。
「シンタローとは、その後どうダ」
「……?」
ハーブティだろうか、独特の香りがして美味しい。
こくんと嚥下して、こくんと首を傾げる。
「お陰様で家庭円満だが? 絵里香と家内とも」
そう答えるとDrがじれったそうに手を振るには、
「そうではナク。シンタローの奴は人形姫を好いておるだろウ。イイ加減受け入れテやったらどうダと申しテおるのダ」
「バカ」
私は呆れながらカップを受け皿に置いた。
「私はこのナリだが、中の人は男で、そもそも父子だ」
「最早生まれ変わっタようのモノだろウ」
「手足なら3回な。けど、心というか魂というか、人間・安治川大治郎は変わらずここにいるんだよ」
私は人差し指で陶器の額をコンコン、親指で薄い胸をトントンと叩く。
Drが科学者の顔つきになった。
「ナルホド、人格、即ち記憶を保持すル限り、ヒトはスガタカタチが変わろうト別人たりえはせンのだナ」
「そういうこと。どんなスガタカタチになっても私は私で、慎太郎は私の息子だ」
「ふうム」
またくだらないロジックを頭の中でひねくり回しているらしいDr、私は香りのいいお茶を口に運ぶ。
と、Drの脳内が結論に至ったようだ。
「ふム。貴様の言うコトは吾輩の推論と一致すル」
「そりゃ良かった。ふーふー、ずずっ」
「そこで吾輩、その茶に記憶を失くす魔法薬を入れてみタ」
「ごくん」
「……ぶーっ?!」
1秒遅れで、私は口内に残った液体を噴き出した。
論理的に予測していたのだろう、Drの突き出す指の先で、見えない壁が噴霧を一滴残らず遮る。
「おま、おいお前、ボンダンス?!」
「心配いらン。効果は一時的なものダ。吾輩も魔法人形に一服盛るのは初めて故、効くかどうカもわからン。多めに処方しておきましタ(笑)」
「ド畜生!」
喉に指突っ込んで吐こうとしたが、悲しいかな、人形にその生理反応は備わっていない。
手の甲で口を拭い、気紛れ過ぎる創造主サマを上目で睨む。
「ホント何てことすんのアンタ」
Drはすっと椅子から立ち上がり、左手を胸に当て、右手を天井灯に掲げた。
「吾輩、“愛”を知りたイ」
「はい?」
端正な容姿と相まってポーズはサマになっているけど、どーした? 突然に脳が沸いたか?
「吾輩、ヒトの“愛”という感情に関心があル。親子の愛、恋人達の愛、ソレは本当に存在するのカ? 戯曲に書かれた幻想でしかないのカ? 人形姫よ、吾輩に愛を教えてはくれまいカ」
そう宣うDrは、舞台上の悲劇役者のようだった。ただし私の方には秒読みで悲喜劇が降り掛かろうとしている。
「何? 魔族には愛という感情はないの?」
「そりゃあるケド。それ以上に目に前に面白いサンプルがあル」
「ホントお前」
はい。一瞬でもDrの言葉に心動かされた私がバカでしたー。
創造主サマはケロリとした顔で、
「ホレ、前にエリカに人形をやったろウ。シンタローにもフィギュアを見せてくれた礼を兼ネ、ひとつプレゼントをやりたいと思っておったのダ」
「それは……新しいのを用意してくんない……?」
そう言う傍から、何か、頭がボンヤリしてきた……
Drがポケットから懐中時計を取り出し、
「フツウならそろそろ効いてくる頃ダ。今回は魔法人形への薬品治験を兼ねておル。ひと粒で二度美味シイ。実に有意義ダ」
「クサレ外道……」
マズい、超眠い……頬をツネる……ツネる肉ないし……
ここで意識を手放したら、ダメ、絶対――……




