24.マモノビトのいる風景
明けて日曜日の朝。
早朝の風に薄銀色の髪を遊ばせ、人形たんはてくてくと近隣の住宅街を歩いている。
「あら。おはよう、ドロシーちゃん」
「おはよーございます、野田の奥さん」
玄関先からの挨拶に、にこりと笑顔を返す。箒を掃く手を止めたのは、ここ数日で日課になった散歩で顔見知りになったご婦人だ。
彼女も、マモノビトである。
昨日のカフェでの写真がSNSで拡散されて、ご近所での私の知名度はぽーんと上がった。
「あ、“人形たん”だ」
「おはよー、“人形たん”―」
もはや我が町のゆるキャラくらいの扱いで、子どもがフツーに声掛けてくる。
そして、今朝はマモノビトの姿をいつもより多く見掛けた気がする。
私というモノがいる風景が少しずつ日常に溶け込めば、仲間達が外へと一歩踏み出す背中を押せるのかもしれない。慎太郎の冗談半分の思い付きが、いい流れを道付けるのなら何よりのことだ。
まあ、私に幸せのしわ寄せが来ちゃうけどな。うーん、知らない人から有名税感覚で話し掛けられるの、結構身構えちゃうんだ。
さて、野田さんの奥さんは巨人族である。
身の丈は優に2メートル半。筋骨隆々で青光りする肌。肩幅どーん、バストどーん、腰回りと太腿もどーんの迫力あるバディ。ラテン系女性的なスタイルですねー、と私の口からは言っておく。手にした箒が刷毛のサイズ感だ。
見た目いかにも肝っ玉母ちゃんっぽいビジュアルだが、元々は奥ゆかしくお上品な女性で……
「母ちゃん、公園遊び行ってくる!」
「待ちな! 宿題はやったのかい!」
……で、あればギャップ面白いのだが、これが見たまんまの肝っ玉母さんで、家を飛び出そうとした上下小学生の男のお子さん二人を首根っことっ捕まえて、片手に一人ずつ3メートルオーバーに吊り下げている。
そんな肝っ玉さんも、堂々と出歩く私(当人は変装してバレてないつもり)の姿をSNSで見るまで、外に出るのが怖くて巨体と縮めて家に隠れていたそうで、
「ホント、ドロシーちゃんのおかげだよ」
知り合ったその日に、私も3メートルに抱え上げられたのだ。
ちなみに、ご主人とはまだお会いしていない。ご内儀が文字通りの鬼嫁になられた心境を、いずれ伺ってみたいと思っている(意地悪)。
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野田の奥さんを辞し、とことこ家を目指していると、
「おや、安治川の。お散歩ですかな?」
おっと、これまた数日来の知人に捕まった。
垣根越しに首を伸ばす西九条のご主人は、
「はっはっは、今日も小さくて可愛らしいですな」
そちらこそ、いつもながら大きくて人が良さそうだ。
「私なぞ、こう庭しか家に居場所がなくて。いやこの庭さえ家内にやれ洗濯干すのに邪魔だ何だと、肩身が狭くっていけない」
そう笑いながら、ぐいーと伸ばした首が垣根を越えて、私の目線まで赤い鼻面が下りてくる。
そう。西九条のご主人は赤き竜だ。
私も氏以外に、人型でないマモノビトを知らない。
ワンボックスカーほどの胴体と長い首は、建売住宅の庭にユンボかアフリカ象がいるようなサイズ感。肩身というか物理的に狭そう。木曜の夕方、氏の首がにょきっ!と民家の塀から伸びているのを見た時は、さすがに呆気に取られ、ポカンと口を開いて首を上に向けて立ち尽くしたものだ。
あちらもヘンテコなちんまいのに目を瞬き、声を掛けられ、結局縁側に上がり込んで半刻ばかり話をした。氏のカラダは私の何回りも巨きいが、歳はひと回りほど上で、お子さんはもう家を出てご夫婦二人暮らしをされているそうな。
“あの日”。
自分が竜に変じたと知った西九条さんは、我が身が騒ぎを引き起こす前に郊外の山へと飛び、身を潜めた。
山中で思いあぐねること数日。腹を決め、奥方に真実を告げるべく、夜の帳を待って深夜の一時帰宅、からの、
「心配させてからに、こんバカ亭主がー!」
今時置いてある家庭も珍しい、ハタキで滅多打ちに遭う。
「元々が大したご面相でもないに、トカゲになったくらいでババアが愛想尽かすと思ったかね、こんハゲちゃびんがー!」
以来、それまで煙草を吸いに出されていた庭先以外に、家に氏の居場所はない。スペース的に。更に目立って人が集まるというので、日中はまた山間部に逃げているのだとか。
「悩みはね、食事ですよ。この図体でしょ、エンゲル係数が高くてねえ。いつ貯えを文字通り食い潰すかと、イヤ身の細る思いで」
飄々と語られるドラゴン暮らし、ご苦労が偲ばれつつ……
私は心の中で、奥様のハタキをドラゴンスレイヤーと呼んでいる。
この世界にマモノビトが現れてから、七度の夜と朝が巡り――……
『魔王』未だに動かず、人の世は少しずつ動く。小さな私の小さな世界も、ヒトとマモノビト、少しずつ回り始めて……
私が何かをした、とおこがましいことは言わない。ただ、みんなが前に進めるようちょっとでも後押しできたのなら、それは慎太郎の手柄だとこっそり誇りたい。
「さて、と」
そろそろ家に着く。私は一度立ち止まり、
「……うんっ」
両頬を叩き、気合を入れた。
そう。今日はこれから“ご主人様”……絵里香とのお出掛けの番なのだ。
楽しみと、綯い交ぜの不安が陶器の胸に半分々々。
実の父に使い魔キャラを要求する娘は、しばらく思春期で父娘の距離感が開いていた間に、結構なキャラに成長していたからな。
ふう……慎太郎とはまた別方向で、大変そうだな……




