25.思い掛けない訪問者
マモノビト化の際に、服と一緒に家の鍵が消滅した。新しく作った合鍵を回し、ノブを回し、玄関をくぐる。
「ただいま」
「お帰り、姫―!」
「オオ。帰ってきたカ、人形姫」
かちゃん、ドアを閉めて施錠する。
「……何でお前がここにいる」
玄関に入ってすぐの部屋から慎太郎と、誰あろう創造主サマ、Dr.ボンダンスがひょっこり顔を出した。濃い。休日の朝が台無しの組み合わせだ。
「もおお! 今日はご主人様と出掛けるから、心のバランス整えてきたのに、何で創造主様までいるんだよお!」
膝から頽れた私に、二人が慌てて廊下に出てくる。
「って、そんなに怖えのかよ、ねーちゃん」
「人形姫、主人とは何のことダ。貴様、『魔王』陛下を差し置いテ何者かに仕えたカ? 魔族の誇りはどうしタ?」
「ねえよ。あっても昨日に捨ててきたわ」
「何があったのダ」
左右から抱き起こされ、そのまま慎太郎の部屋へ。
ベッドにぽすんと尻を投げて、見上げる顔はあまり胃に優しくない。
「で。どうしてDrが我が家にいる?」
繰り返した質問に、
「ン? シンタローが、コチラの世界の人形を見せてくれルと言うのでナ」
「ドクター造形師だし、興味あるかなって」
お前ら、いつの間にそんな親しくなった?
「話合うし、学校帰りに毎日寄ってるけど」
仲良しか。というか、ふーん? 慎太郎、姫のとこに直行で帰ってきてるんじゃないんだ? 私のジト目に、慎太郎が「?」と戸惑う。
Drがベッドサイドに立ち、私に柔らかな表情を見せた。
「人形姫ヨ、こんな言葉があル。『イチャリ・バ・オハナ』、一度会えば友人で家族といっタ意味だナ」
「Dr……」
「沖縄とハワイ語だな」
「知っておったカ」
しれっとして、Drは棚からひとつフィギュアを手に取った。
「所詮人間の技術、ト見る前は侮っておったガ」
職人気質なのだろう、丁寧にハンカチで人形をつかんでいる。
「写実的な造形に大胆なデフォルメを取り入れテいながラ、違和感がナイ。量産品でコノ精巧さとは、正直驚きダ」
「だろ? このメーカーはそこんとこのバランスが絶妙で」
「ナルホド。コウした戯画的表現が立体造形に於いても成立するとハ、新たな知見を得タ。シンタロー、良いモノを見せてもらっタ。吾輩、芸術家として大いに刺激を受けたゾ」
趣味に、貴賤はない。
ないけども。
大の男達が美少女フィギュアを前に、鼻突き合わせて評しているのは、うん。異世界の芸術家の真剣さに、申し訳なささえ感じる。
息子とDrが、傍らの等身大フィギュアっそっちのけで、美少女フィギュアに夢中になっている。別に、不満は、ないよ?
「しかしシンタロー、コレなどは戦士がモチーフのようだガ、何故ドレもコレも肌を出しておル? 軽装兵、にしては重装の武器を帯びておルようだガ」
それな。ファンタジー系の露出度装備、代表はビキニアーマー。防御力の低そうさは、戦場ナメてんのかと問い質したくなる。
またそういうキャラに限って、身の丈もある大剣担いでるんだ。
魔界の芸術家さんの尤もな疑問に、
「エロいからだろ」
「……目から鱗ダ」
ウチの息子は臆することなく答え、Drは鱗の落ちた目を丸くする。
「その発想はなかっタ。人形にエロティカ、確かに男ドモに対しテ色香は有効な属性ダ。本体で強度を確保すれば防具は不要であル……ふム……」
Drはしばしブツブツと思案を巡らせ、私を振り向いた。
「どう思ウ? 次回作はソノ路線で検討しようカと考えルのだガ」
「ヤメろ」
『魔王』が美少女フィギュア兵団を率いて攻めてくる、そんな地獄のような未来はここで潰えさせておきたい。
「そうカ? 可愛らしイ妹を何ダースか作ってやろウと思ったのだガ」
「ダースは妹を数える単位ではない」
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某所、カフェ。
「……うう?」
「ありゃ? お兄ちゃん、どしたの?」
カウンターで身震いしたマスターに、店員さんが声を掛ける。
「いや。不意に悪寒がしてな……」
**********
ギャグ系バッドエンドルートの回避を試みていると、トントン、開けたままのドアをノックする音がした。
振り向くと、カップ二つをお盆に乗せた絵里香である。
「えっと……あ、ベア子帰ってたんだ? ……あー、その、お茶を」
私を一瞥して、お盆を手に廊下でおずおずとしている。
……ん? 何かいつもとキャラ違うくない? 普段は弟の部屋など、声も掛けずに問答無用で踏み込む娘の、頬がちょっと赤い……あ。
私はギクッとして、絵里香の視線をトレースする。
Dr.ボンダンス。
そうなのだ。
この男、性格はともかく、黙ってさえいれば、深い紫の瞳に金色の長髪を緩く括った美形青年なのである。装いもまた略礼装風をさらりと着こなし、左目に片眼鏡をあしらう、中二心をくすぐるお洒落さんだ。
うう、娘のこの反応は、まさか? いや大丈夫、確かに美形ではあるが、極めて残念な美形だから……
と、Drはフィギュアを棚に戻すと二歩で絵里香の前に立ち、さっとその手からお盆をすくい上げた。
「これはすまン。貴様、シンタローの姉だったナ。名は何といったカ?」
「えっ? あ、その、絵里香といいます……」
「エリカ、良い名ダ。吾輩の世界で“曙光”を意味する言葉に発音が近イ」
「ふええ?」
濃い。我がの娘が恋心を抱くには、あまりに濃い男だ。
キョドる絵里香に、Drは笑顔も尊大に、
「ではエリカ、もてなしの礼ではないガ、近づきの印に孫娘たル貴様にひとつ土産をくれてやろウ」
「ま、孫娘……?」
創作物である魔法人形がDrの“娘”だから、その子どもは“孫”。その設定、まだ引きずってたのか。
Drはお盆を持ってない方の手を、差し上げた。
「さて、ドレがいいカ……ふぅム、コレかナ?」
ヴン――……手のひらに光の円紋様、所謂“魔法陣”が現れた。そこから、ゲームとかで見る召喚魔法よろしく、虚空に実体化したのは……
1体のアンティークドールだった。
私とは違い、通常の人形サイズ。カールした黒髪の、中世風のドレスを着せられたビスクドール。素人目にも、美術館に飾れるような立派な品に見える。
「さ、受け取るがイイ」
「こ、これを私に……?」
絵里香も、魔法と物の見事さに、二重に目を見開いている、
Drは人形を、魔法陣から手の中に落とした。
「フッ、我が工房のドールは全て一点物。金貨20枚は下らヌ逸品ダ」
「金貨1枚の価値がわからないけど、そんな高価な物を……」
腰が引けて手を出しあぐねる絵里香。
「ン、気に入らぬカ? まア、人形遊びをする齢でもなかろうガ、吾輩自ら、貴様に似合う品を選んでやっタのだゾ」
Drは人形を、すっと絵里香の頬と並べた。
「どうダ、どことなくエリカに顔立ちが似ていルだろウ?」
「え……えええっ?!」
(ヤダ……この男、中身もカッコいい……?)
君に似た人形を選んだ、とか、真顔で言うフツウ? そもそも論、君に似た人形を選んでプレゼントなんてできねえんだ、フツウ。
思えばDr、絵里香がお茶を運んでくるや、当然のように歩み出て盆を手から取り上げている。傲慢で尊大な片面で、自然体に紳士でもあるんだ。
むう、複雑な感情で見ていると、
「あ、ありがとう、ございます……」
人形を受け取り胸に抱いた絵里香と、目が合った。ほんのり、だった頬が一気に紅潮する。
「ベア子! そ、そろそろ出掛けるわよ!」
父は意を汲んだ!
絵里香は逃げ出した!
魔法人形も逃げ出した!
廊下に脱出して、絵里香の部屋の前。
「じゃあ、着替えてくるから、15分くらいで」
「わかった」
頷いて、そのまま黙ってじっと見つめてやると、
「……何よ?」
「……別に?」
絵里香はまだ赤い顔で、私をジトッと睨み、音高くドアを閉めた。
ふっ……久しぶりに、ちょっと勝った。




