23.『人形』、お気に入りの店
奥様或いはカノジョを追い払い、マスターは改めて頭を下げた。
店長と言っても、30になるかならずだろう。長身で細面、銀縁眼鏡の似合うなかなかのイケメンお兄さんだ。
「失礼しました。アレは少々アレでして」
丁重な物腰にイヤミがない。
中身が同性の私から見ても、スマートでカッコいい。奥様或いはカノジョがお熱なのもわかる。
「お尻星人なんです?」
「否定はしません」
「私はマモノビトです」
マスターは人差し指の関節で、眼鏡を押し上げた。
「返しに困りますね」
「笑って頂ければ幸いです」
マスターは僅かに微笑み、人形から少年に目を移す。
「立派な息子さんですね」
短い言葉に、彼の言わんとすることが伝わってきた。
おバカで、悪ふざけをしつつも、バケモノになった私を厭わずこうして傍にいてくれる息子。家族の支えがあるから、私はまだ作り物の足で立っていられる。
他人様にわかってもらえるのは、陶製の胸の内さえ温かくなることだった。
家族か。溶け始めたアイスにスプーンを伸ばしながら、斜め下からマスターを見上げる。
「そちらはご夫婦でいらっしゃる?」
「いえ、兄妹です」
「ああ、そうでしたか……」
「……きょ?」
すくったアイスをパフェに戻した。
えー……? こんくらいの大人の兄妹って、妹さんのお尻をトレイでぶったり、お兄さんの頬っぺにチューしたりってふざけ方するもんなの?
マスターが私の薄紫の目から、すっと視線を外した。
「仰りたいことはわかります。変わった妹であることは否定できません」
いえ、けっして妹さんだけではなく。
しかし私、ナリはこんなだが、ここは年配としてフォローを試みる。
「ウチだって親とデートとか、ふざけて喜ぶような子です」
「姫、俺の愛は、親子なんて枠組みを踏み越えて」
「それは踏み越えるではなく踏み外すと言う」
テーブル越しに立ち上がろうとする慎太郎の頭を、“空間転移”でぐっと押さえ、
「姫え~」
そのままマスターに、
「ね、こんなもんです。まあ親なんて鬱陶しいばかりの年頃。これでイカツイ魔物になっていたら、ますます近寄って来なくなってたでしょう。これ自分で言うのも何ですが、可愛いは正義、あれはホントですよ」
愛想笑いで軽口を叩く、と。
「そうでしょうか……?」
思いがけず真剣な眼差しが、眼鏡越しに覗き込んできた。
「僕は……姿が変わっても、時が経っても、もしも記憶を失くしたとしても……その人がその人であることに変わりはない。だからその人への思いも、きっと変わることはない、そう思うんですよ」
何だろう、私への気遣い、だけの言葉ではないように聞こえる。それはマスター自身の、経験に根差した何かだ。
マスターははっと我に返ったように、私に軽く頭を下げた。
「すみません。差し出がましいことを言いました」
「いえ、マスター」
「言ってることはいいことなんですけど、この姿になる前から、萌えられてても困ります」
「ですよね。僕も言ってる途中で薄々思っていました」
「ねーよ。オレ、どんなファザー・フ○ッカーだよ」
「サミュエル・L・ジャクソンでも言わないやつだぞ、慎太郎」
マスターはフッと物柔らかに笑い、
「ははは、お客様とお話できて楽し……」
「……ファッ?」
人形の顔をまじまじと見るマスターに、ぺちゃ鼻を指差してみせる。
「ファ」
「あ、ああ……なるほど」
クールなマスターも、さすがに何とも言えない表情になった。
しかしすぐに穏やかな微笑に押し込めるのも、さすが。
「おっと、妹のことは言えない、僕こそ長話になってしまった。改めて、お客様とお話できて良かったです」
「こちらこそ。あ、そうだ」
私は慎太郎が広げたままの、逆さ向きのメニューを指した。
「唐揚げランチを、もうひとつ」
「ありがとうございます。カウンター、揚げランチ、ワン追加」
「かしこまりー」
返ってくる屈託のない声。
「ではお時間が許されます限り、どうぞごゆっくりと」
きちんとお辞儀をしてから、マスターは鼻の下を指で擦った。その仕草に、ふっと印象が変わる。
まるで違うタイプのようでいて、家族、兄妹というのは結局どこか似ていて……
私の行きつけの店が、今日ひとつ増えた。
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「むう、なかなかやるわね?」
絵里香がスマホ、SNSを見つつ眉間にシワ。
「どうよ、オレプロヂュースの姫の人気は」
得意げな慎太郎に、絵里香はスンッを取り繕う。
「ま、慎にしては上出来なんじゃない?」
「明日はねーちゃんのお手並み拝見だな」
まったく、穏やかな休日の午後に騒々しいことだ。まるでタイプが違っていて、姉弟というのはやはりどこか似ている。
仲良くケンカする二人を尻目に、私も自分のスマホをタッチペンでつんつんしている。
そうそう。実は昨日、“人形たん@マモノビト”のアカウントを作ったんだ。この先、他のマモノビトとつながることもあるかと思って。まだ何も呟いていないけど、ほとんど読み専だった元垢より既にフォロワー数が多い。
あっちには今までの日常の徒然を書き込んであるし、事実上の裏垢だなーと思いながら、新垢でSNSを見ている。
[カワイイお客様がご来店されました♪]
ツイートに上がっているのは、チョコレートパフェを前にいかにも儚げに微笑んでいる、人形少女の画像。慎太郎プロデューサーも納得の1枚だ。
他には例の店員さんとマスターとの3ショット。来店してたお客さん達、慎太郎も入っての記念写真(顔はスタンプ消し)。ランチの唐揚げをパクッとしてるスナップを始め、切り取られた瞬間が何枚も……
おーい、めっちゃ上げられてるね写真、私だけ顔出しで。
え、待って?
世の中にはこの写真、可愛い系マモノビト“人形たん”とばかりでなく、“安治川課長”と認識する人が一定数いるんだよ? このお人形さん、ダブルピースしたり、頬っぺに人差し指当ててニッて笑ってるよ?
リアルタイムに創造した黒歴史が、オンラインで拡散されていく。現代社会のスピード感ヤバい。
マモノビトの広告塔、慎太郎のアイディアは的を射ているのだけど、私は大切な何かを失念していたようだ。
「うーん」
父として一家の長だった“安治川大治郎”。社会人としての“安治川課長”。そしてマモノビトになった“人形たん”……
私は……誰だ?
アイデンティティを揺らがせつつ、ともあれ私はタッチペンでスマホを突いて――……
[Cafe:Sister Cherry@宣伝アカウント]を、人形たん垢で記念すべき初フォローしておいた。




