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19.慎太郎の演技指導

挿絵(By みてみん)

 慎太郎が席を外し、二人分のインスタントコーヒーを淹れてきた。


 デスクにカップを置いて振り向いた慎太郎は、周りにウキウキ♪という描き文字が浮かんでいる感じだ。む、早まったろうか。

「で、やっぱ人形っぽいと言えば」

一応そこは真面目に考えているようだ。

「無口・無表情・感情控えめ。この線かと思う」

「ふんふん、それ系」


「つまり綾○だな?」

「OK、説明を大幅に端折れる」


 営業課長は伊達じゃない。共有イメージをはっきりさせれば話は早い。ビジネスの基本だ、息子よ。



 と、私はふと思いつく。

「人形っぽいと言えば、こういうのは?」

ぴょこっと立ち上がり、てってって、慎太郎からドアの前まで離れて振り返る。

 かくん、糸の切れたマリオネットふうに全身脱力する。

「ネエ、アタシと遊びマショ……?」

球体関節をカタカタ鳴らし、慎太郎へにじり寄る。


「遊ぼウ? アタシと遊ぼウ? キャハッ……キャハハハハハ……!」

「ぽい! ぽいけど怖えよ!」


 慎太郎がデスクに腰をぶつけるまで後退した。

「それ廃墟の洋館にいるヤツだろ。殺意高過ぎる」

「これでモンスターGO!の子どもを誘えば」

「捕獲されるわ、警察に」

カラダをひねって関節を嵌め直す私に、

「可愛くっつってんだろ。もっと、踊るとか歌うとか」

慎太郎のダメ出し。

「ふぅむ、歌と踊りか」


 そこで今度は軽く両手を広げ、慎太郎を中心に円を描いてみる。

「♪かーごーめ、かーごーめー」

「チョイス」

「♪とーりゃんせー、とーりゃんせー」

「何でそっち路線行きたがるの?」

んー、パパの工夫、不評(残当)。



 慎太郎は、背後のデスクからコーヒーの入ったカップを取り上げた。

「まあ持ちネタにキープしとくとして、真面目な方は、無口無表情を基本に“無知・驚き・肯定”の流れがリアクションの定石になるよ」

「続けて」

「実際やってみるのが早いかな」

そう言って、マグカップを私に差し出す。

 両手で受け取る。側面を取ったので熱いはずだが、この手では感じない。

「それ、ちょっと甘めにしてある」

言われてカップを覗き込む。すかさず慎太郎が、

「そう。そこで『これは何、初めて見る』って顔」

ああ、それが“無知”。コーヒーを知らないのね。理解(わか)ってきたぞ。

 慎太郎が口をつけるよう促す。

「『甘い』とか『不思議な香り』とか」

それが“驚き”。反応は薄め軽めでと、付け加えられる。

「最後に『でも美味しい』と、溜めを入れれば合格かなー」

ふむ、“肯定”。OK、言葉ではなく心で理解した。


 まだ熱湯のコーヒーを、ひと息に呷る。元々は猫舌なんだけど。

「……“美味しい”。なるほど、ポイントは“初めて”だな。自分で言うのも何だが庇護欲をそそられる。お菓子とかあげたくなるよな」

「思った以上に理解(わか)ってる」

まあな。四十年の人生経験は伊達や酔狂ではないのだよ、坊や。

 しかし、だ。

「私はマモノビト、元は人間だ。設定ブレてない?」

人間界でカルチャーショックは受けないんだ、人間だもの。

「そこはある程度、演出とご理解頂きたい」

「炎上しそうで怖いなあ」

このご時世、不用意にあざとさに走るのもなー。



 首をひねる私の手から、ひょいとカップが取り上げられた。

「微調整は追々するとして」

背後のデスクにカップを置く。

「これなら、実践行けそうだな」

「実践?」

うわー、すごくヤな予感するんですけど?

 と身構えるヒマもなく、人形のカラダが抱き寄せられた。

「姫、これはどう?」

「うん……すごく……予想通りです」

制服(ブレザー)の胸に頭を抱えられて、子どももいつに間にか大きくなるなーとか、ちょっと汗臭いなーとか。

 “空間転移”なら密着からでもぶん殴れるんだぞとか、思うところは多々あるけれど。


 えーと、無知キャラだな?


 これはどう?と訊かれたら、

「……よくわからない。こんなふうに抱き締められたこと、ないから」

「おっ?」

そう答えるのがこの流れ。言葉から抑揚を抜き、カラダの力も抜いて慎太郎に預ける。そして至近距離から顔を見上げての、渾身の、淡麗甘口スマイル。

「……でも、温かい……」

「……完璧だよ、姫……」



「何やってんの、あんたら?」



 不意の声に私と慎太郎、弾かれたように身を離す。

「ね、ねーちゃん!」

「絵里香……!」

開けっぱのドアのとこに、いつの間にか帰宅した絵里香が立っていた。

 むやみに慌てる父と弟を、ジトッとした目で見つめ、

「……てえてえ」

フッと笑ってフェードアウト。

「ちょ、待……!」

「違っ、これにはワケが!」

慌て焦って追い掛ける、男子高校生&幼女人形……




 **********


 代わる代わる説明in慎太郎の部屋。絵里香は弟に命じて(・・・)淹れさせたコーヒーを啜り、ため息をついた。

「バカだ、こいつら」

娘に、息子とひと括りで断じられた。

「てかベア子。だんだん慎に毒されてきてない?」

う……やっぱそう思う?


 陶器の指で陶器の頬を掻くと、ツルツルと引っ掛かりがない。

「うーむ、少々悪ノリが過ぎたか」

「姫え、オッサンに戻ってるー」

「だからオッサンなんだって」

しがみつこうとした慎太郎を“空間転移”の手で押し戻す。

「考えてみれば、私が外でどう振る舞おうが、誰も気にしやしないだろ」

「オレがするしー」

「お前だけにされたとこでな」

慎太郎をいなしつつ、絵里香に苦笑してみせる。

 しかしスマホを弄りながら、娘が浮かべる薄笑い。

「んー、それに関しては慎の方が正しいかもねー」

すっと向けられた画面を、慎太郎も横から覗き込む。

「ベア子、ちょっと認識甘いかもだよ?」

クスクス笑いしながら絵里香の開いたツイッターには……



[なんかカワイイのいた]



 そんな書き込みとともに、1枚の写真がアップされていた。




挿絵(By みてみん)

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