18.マモノが実在する世界
フローリングに敷いたラグに下ろされる。
そう言えば息子の部屋に立ち入るのも久しぶりだと見回せば、本棚に飾ってある美少女フィギュアが妙に気になる。
ラグに座ってキョドる私を見下ろし、慎太郎は立ったままため息ひとつ。
「姫……言おう言おうと思ってたんだけど」
「うん……?」
「口調とか仕草、オッサン臭過ぎる!」
「はあ?」
突然のダメ出しに居住まいを正す、と。
「だからー、その座り方がもうオッサンじゃん」
背筋を通した胡坐に文句をつけられる。
「実際オッサンだ、中の人は」
「家ではいいんだよ、ギャップ可愛いもあるし」
「ふむ?」
「オレの前では素なんだと思うと、捗る」
「ふむむ?」
ちょっと、何言ってるかわかりたくないです。
呆れると、息子の方も呆れたように肩をすくめる。
「だからあ、外ではTPO弁えないとって話だよ、キャラの」
「てぃ、TPO? キャラ?」
困惑する父に、息子が諭すように語る。
「姫もこれまでさ、家ではお父さん会社では上司、立場と相手で話し方ひとつも違っていたわけでしょ」
「だったら姫なら姫で、それに相応しい振る舞いをしないと。社会人になって何年目になるの?」
「入社3年くらいで一回ガチで怒られる時のやつだ」
私はことさらオッサンらしく、膝に頬杖をついた。
「知らんがなキャラとか。そりゃこんな見てくれだが、私はデ○ズニーランドのミ○キーマウスじゃないんだ」
「それだ、姫」
「? 何が」
「ミ○キーマウス」
「はあ?」
話の飲み込めない私に、
「昨日からマモ……あ」
話しかけて慎太郎は口をつぐんだ。
慎太郎はしばし気まずそうに視線を泳がせて、やがて叱られる腹を決めた目で言葉をつなぐ。
「えーとその、姫、“マモノビト”ってダメなやつ? 何て言うか、差別とかって意味で、使うべきじゃない言葉? 言われた人、傷つく?」
そこに思い至った息子に、私は内心嬉しくなりつつ答える。
「私自身は気にしない。だがそうじゃない人もいるし、友達同士のノリもあるだろう。それこそ時と場合をよく考えて使うべき言葉だな」
幾分軽はずみで、性癖曲がってるけど、そうやって人の気持ちを思いやれるのはお前のいいところだぞ、慎太郎。
そんな親の心知らずで、慎太郎が話を仕切り直す。
「その、マモノビトの人を、昨日くらいから町で見掛けるようになって。SNSでも#マモノビトがトレンド入りしてるし、高校でもどこでどんな人見たって話で持ち切り」
そりゃそうだろうねえ。今やモンスターが実在するという現実に、ぽっかり抜け落ちる現実感。中高生ならゲームみたいな感覚になるだろうよ。
そこで慎太郎が思い出したように、
「オレ、ガッコでは姫のこと言ってないよ」
「うん。当分はその方がいい」
マモノビトの社会的位置づけが不確定な今、家族にいる、というのはセンシティブな情報だ。
「父親が即ハ……ファボ人形になったとか、ツイートもしにくい、し?」
待て、今の言い間違い。
本棚に飾ってある美少女フィギュアがますます気になる。
さて、慎太郎が開いて見せたSNSでは、早くもマモノビトの写真が競うようにアップされている。中にはポーズを取ってる人もいて、柔軟性あるなあ。
「小学生の間じゃカッコいいマモノビト探して、探検隊組むのがもう流行っているらしいよ」
親と先生は気が気でないってやつだな。
「マモノビトGO!って言うんだってさ」
危なっかしい遊びが流行り、学校から禁止令が出る……絵里香と慎太郎、自分自身が小学生だった頃が同時に思い出された。
「はは、私も捕獲されないように気をつけないと」
笑ってそう言うと、
「姫、それ割と冗談じゃないかも」
慎太郎が真面目顔で返した。
いや、こう見えてお人形さん、無力ではない。
「捕まるか、子どもに」
「捕まるかは置いといて。姫ってさ、超希少モンスターだよね?」
「あー、たぶん?」
魔物に“人形”という種族があるかは知らないが、『人形姫』はDr.ボンダンスの手に成る一点物だそうだから、そういう意味でも希少性は高いだろう。
「それに可愛い」
「そんなんでオチるほど安い人形じゃないぞ」
上目遣いに睨んでやると、慎太郎は手を振って、
「違う違う。オレの好みは別にして、一般的に見ても“可愛い”だろって話。姫ってさ、マモノビトでも特に目立つマモノビトなんだよ」
それは……そうかもしれないけど、うん、何の話?
慎太郎は手にスマホのまま腕組みした。
「オレ、アホっぽいこと言うよ。マモノビト、モンスターってカッコいいと思う。けど実際に見るとギョッとするし、やっぱ怖いとも思う」
「うむ。それは自然なことだろう」
「姫が家族であるオレがそうなんだから、みんなワイワイ騒いでるけど、ホントは怖くて不安なはずなんだ」
「何て言うか……本物が紛れているハロウィンって感じ?」
私は胸の内で唸る。
慎太郎の考えは、言葉は稚拙ながら本質を突いている。どうやら世の中は表向きマモノビトに興味津々、という態で回っている。現実感が欠落しているがゆえにだ。
現実感、恐怖心の麻痺はいずれ解ける。その時ひとつボタンを掛け違えれば、全てが一気に悪い方向へと……
「そこで“姫”なんだよ!」
「何があ?!」
あのさ。お父さん真面目なこと考えてて、お前にも感心してたんだけど今?
問い返す私に、慎太郎が腰を屈め、顔を近づける。
「みんなマモノビトが怖い。けど姫みたいに可愛いマモノもいるって知ったら、マモノビトのイメージアップになると思うんだ」
「お、おお?」
制空権を奪われ、圧がすごい。
「いわばマモノビト広報部長! マモノビトアイドル、マモノビト親善大使! 姫にはそうなる義務と素質があるとオレは思う!」
「部長かあ。昇進だ」
「それには見た目だけじゃなくてさ、仕草とかにも気を配らなきゃ。姫、見られる可愛さから魅せる可愛さに、意識アップデートしてく時だよ?」
慎太郎は今や片膝ついて、私のか細い両肩をがっしりつかんでいる。私はできる限り後ろへ身を反らして、
「お前、何かヘンなクスリやってない?」
そう言うのがやっとだ。
慎太郎は幼気な幼女を拘束してるのに気づき、肩から手を離した。
「あ、ゴメン。つい興奮して」
「マジで身の危険を感じた」
膝でにじって間合いを取り、慎太郎の発言を頭の中でまとめる。
「なるほど、ミ○キーマウス」
さしずめ私は、悪夢の国で夢を見させる着ぐるみってとこか。
子供服の黒パーカーの乱れを整えつつ、硝子の目で慎太郎を見上げる。
「で? 具体的にはどうすんだ、可愛いドロシーちゃんってのは?」
私の反応が思い掛けないものだったらしく、慎太郎は目を丸くした。
「え、やってくれんの?」
「上手く乗せられた気もするが、まあ、参考までに聞いておこう」
マモノビトアイドルはさて置き、慎太郎の言うことにも一理ある。どうせ目立つなら、周りに好印象を与えておいて間違いはない。
先行き不安なマモノビト事情。このムダに可愛らしい見た目が、人の警戒心を解き、人とマモノビトをつなぐ助けになるなら……
それが“仲間達”に対して私にできること――……私にしかできないことなのではないだろうか。
ならば人形に“それらしい振る舞い”とやらを、試してみるのもいいだろう。どうせ暇を持て余しているのだ。
では宜しく、慎太郎。あんまり趣味というか、フェチく走らない方向でお願いします。




