17.『人形』とチョコレートパフェ
目の前のテーブルには、脚付き縦長のチューリップ型グラスがある。その中身は白と褐色の層になっていて、雪みたいなふわふわ、丸く茶色い塊、黄色の果実や焼き菓子が縁を越えて積み重なっている。
テーブルの向かいを見る。少年が笑って頷き返してくる。
柄の長いスプーン。茶色の塊をすくい、口に入れる。
「……“冷たい”……?」
薄紫の硝子の瞳を、僅かに、僅かに見開く。
「それに、“甘い”……」
また微かに、しかし確かに。
「……“美味しい”」
少女人形の口元に、笑みが浮かんだ。
「っけえ! 完璧だよ、姫~」
「お前が満足なら何よりだ」
以上、慎太郎監修による“初めてチョコレートパフェを食べた魔法人形”の画をお送りしました。何ぞこれ?と問われたら……
説明には、数日前に話を遡らねばなりません――……
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「だからさ、もうちょい感情はない感じが“ぽい”んだよー」
「んー、難しいなー」
有給消化2日目。未だ『魔王』に動きはなく、今日も日本はふんわり平和。私は元気に息子のオモチャです。
……――『魔物人』。
早くもネットやSNSからそんな言葉が生まれ、私達“魔物になった人間”の俗称として広まりつつある。
マモノビト。私個人は、その呼び名を特に不快とは思わない。
報道メディア等の公では「魔王被害者」「被変身者の皆様」などと、配慮した表現を用いている。私に言わせれば、そういった形としての気遣いよりむしろスッキリしていい。それに案外本質を捉えている。
マモノだけどヒト。だからマモノビト。
世の中は一応、マモノビトを受け入れている。いや、受け入れているのとは少し違うか。
マモノビトが世に現れて4日目。何かしらの騒ぎを起こした者は未だ一人もいない。街で暴れず、人も襲わず、せいぜい見掛けてギョッとするくらいのもの。『魔王』の動きも未だなく。人がマモノビトになった、からの展開が見事に皆無。
問題がなければ問題なし、とりあえずヨシ。現状維持、これ美しき日本の伝統、和の心。受け継がれることなかれ主義が、今回もまた貫かれた。
マモノビト側で言わせてもらうと、肉体がモンスターになったとて所詮中身は農耕民族。いきなりはっちゃけられはしないんだ。いろいろとしがらみってやつもあるし。それでもいずれマモノの力を悪用しようと考えたり、或いは自暴自棄になる者が現れるかもしれない。或いは、スパイダーマンになろうとする若い連中も出たりして?
だけどそこにも抑止力の壁はある。
同じマモノビトの存在だ。
マモノビトが不祥事起こして、誰が困るかと言えば、それはマモノビトなのですよ。悪目立ちしてとりあえずヨシ!派を敵に回すのは怖い。よほどのバカか、『魔王』の軍門に下ろうと決心したかでなけりゃ、おいそれと暴れられまいよ。
それも同調圧力、日本の村社会的薄ら暗さを感じるものの、平穏が維持されるのならば……とりあえずヨシ。
ちなみに海外では、マモノビト擁護派と排斥派の人権団体が、早速デモで衝突して流血沙汰だとか。まだ日本にしかいないはずなのにな。まあ、あちらさんはあちらで、通常営業ってところか。
ただし各国政府の公式見解は、概ね「マモノビトに対しては人道的見地から慎重に対話を重ねたい(要約)」という方向で一致している、今んとこ。
ぶっちゃければ、敵か味方かわかんないマモノビトを下手にイジメて敵に回したくない。『魔王』再臨までにヘイト溜めときたくない。触らぬマモノビトに祟りなし、ってとこだろう。
てな感じで、人もマモノビトも、不安定ながら世界は安定。
『魔王』再臨。
それが立場異なる全ての“人”々の、転機となるのだろうな。
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で。
こうしたある種の安定に、初日は一日家に閉じ籠もっていた私も、ちょっと外に出てみることにしたワケだ。
この背格好。ジーンズスカートにニーハイ、Tシャツの上にパーカーをはおると、まあまあ人間の子どもに見える。髪色と球体関節を隠してしまえれば、同じ黒フードでもパッと見ではマモノビトだとバレなかろう。
ただ、この数日を魔女っ子スタイルで過ごし、子供服やスカートに抵抗が薄れつつある自分に別種の危機感はある。
服と言えば……
寝室を見回す。妻子が張り切って、というか盛り上がって、必要以上に服を買い揃えてくれていた。それも絵里香と慎太郎はいかにもお人形っぽいフリフリを選ぶから、実用的なのが数の割に少ない。
いや、似合うだろうよ。けど目立つだろうよ。
で、部屋の隅っこで床置きになってる、赤いランドセルよ。子どもらが小遣い出し合って購入したらしいけど、どういうコーディネートで使えばいいのかな?
ともあれ公園や書店をぶらりとし、軽く外の空気を吸っただけだが、いい気晴らしになった。部屋に閉じ籠もると、どうしても考えばかりがぐるぐる巡り、息が詰まりかけていること自体に気づけない。
このちょっとした冒険で、何人かのマモノビトを目にした。彼らの「ここにいていいんだろうか」感、肩身の狭さ、気づつなさはよく理解できる。私も正体がバレないかとドキドキだった。
ちなみに、見掛けたのはいわゆる亜人系ばかりだった。兵士として登用する都合で人型タイプにされた人が多いのか、それともあまりに人間から掛け離れた姿になった人は、まだ人目に触れることを忌避しているのか。
小一時間ほどそこらをぐるっとして戻ると、
「ただいま……ぐふう?!」
玄関に入るなり低軌道のタックルにカラダを持ってかれた。
「姫え! どこ行ってたんだよー!」
入れ違いに学校から帰宅して、制服をまだ着替えてない慎太郎だ。
「帰ってきたら姫いないし、お兄ちゃん心配したんだぞー! 家中のクローゼットとか戸棚探し回って、今トイレのタンク開けてたとこ」
「入るか、そんなとこに」
「パーツ単位なら、もしかしてって」
「猟奇的だわ、発想が」
と、慎太郎が私の腰に腕を回したまま身動きをしない。どした? 安堵の余りってやつか?
「姫のお腹、いい匂いがする……」
「それ柔軟剤だぞ」
服、智香が一度水潜らせておいてくれたんだろう。後で自分の洗濯物嗅いでみ、同じ匂いするから。
幼児体形の下腹部でスーハーしてる息子を、親として心配しつつ、慎太郎の方も私を心配してくれていたのだと髪をぽんぽんと撫でる。
「すまなかったな、ちょっと散歩してただけだ」
慎太郎が顔を上げる。
「外出てたの?」
「ああ、少し世間の空気に触れておこうとな」
慎太郎はまじまじと人形の顔を見上げて……
「っしょ」
「ふわ?」
私の腰を抱えたまま、ひょいと立ち上がった。
「姫、ちょっとオレの部屋来て?」
「え? わっわっ、えっえっえっ?」
人形のカラダは、前後逆さまに慎太郎の肩に担がれた。へえ、知らない間に力が強くなったな……ではなくて。
そのまま息子の歩幅に揺すられながら、私の尻は、有無を言わせず彼の部屋に運び込まれてしまうのだった。




