16.閑話・バスタイム・ドールガール
「おとーさん、一緒にお風呂入ろー♪」
「うおう?!」
洗面所に笑顔で飛び込んできた実娘に、お父さんは下ろしかけてたパンツをぐいっと引き上げた。
できることなら「きゃっ」と叫んで胸のひとつも隠せばいいのだろうが、女性的リアクションを取るには経験値が足りない。出たのは野太くこそないものの、多分にオッサンっぽい驚き声だ。
「な、何のつもりだ、絵里香?」
「いや、その……その姿だし、久しぶりに背中でも流そうかと……」
と言いながら、娘の視線はさりげなくも露骨に、私の頭のてっぺんから爪先を往復している……
ああ。そういうことか。
私は嘆息して、腰に手を当てまっすぐに立った。
「このカラダに興味があるんだな? けど、こんなふうに風呂を覗くような真似は良くないぞ。幾ら私が同性になったと言っても……んん、この状況は同性になったと言っていいのだろうか?」
「ご、ごめんなさい……!」
首を傾げる私、首をすくめる絵里香。
……そうだったな。
思えば、娘は小さい頃から好奇心の強い子だった。良く言えば学者肌、ストレートに言えばオタク気質。
(Drに引き合わせたら、気が合うのかも)
とも思ったが、アレは『魔王』配下で、目下信用できる男ではないと思い直す。実際意気投合したら心労が三つ四つ増えそうで、当面二人はできる限り引き離しておきたい。
私はしゅんとする絵里香の頭を“空間転移”で撫でた。息子はおろか、小柄なはずの娘とも背丈が逆転している。
「わかればいい。このカラダだ、好奇心を持つのも理解る。けど、知りたいならそうと、ちゃんと言いなさい」
「うん」
素直に頷きつつ、絵里香はじっと私の目を見た。
「けど、おとーさん。見せてって言ったら見せてくれてた?」
「そりゃあ、まあ」
「……断ってたかな?」
「でしょ?」
娘は目をきゅうっと弧にして、笑った。
私は絵里香の背後の、開け放ったドアを見遣る。
「慎太郎もそこにいるのか? 一緒に突入はしなかったんだな」
あれはあれで、このカラダに別口の興味がありそうなんだが。
「慎はさ、ねーちゃんならまだしも、男の自分が風呂覗いたりしちゃやっぱダメだと思うからって」
うむ、一線引く位置がおかしい気はするが、あの子はあの子なりに人の気持ちを慮ることができる。その点は親として嬉しいな。
「それに、姫が自分から見せてくれるのを待ちたいって」
「その日が来る予定はないと、弟さんに宜しくお伝えください」
スンと無表情になる私。と、絵里香は不意に悪戯っぽい表情をして、
「で、どうする? おとーさん?」
「? どうするとは?」
「一緒にお風呂。私、ベア子とだったら別に平気だけど」
「え?!」
娘からの申し出に、思考停止1秒、熟考2秒。
「……ヤメとく」
「あはは。やっぱり、おとーさんって“お父さん”だよね」
父の動揺にひらひらと手を振り、
「じゃあ、また今度ね」
絵里香はひょいと廊下に飛び出し、ドアを閉めた。
「どーだった?」
「なかったよ、ティクビ」
「あー、全年齢版かー」
遠ざかっていく子供らの会話を、心が理解を拒否する。
「円盤で解禁されるかな?」
されねーよ。“無い”んだから。
ふう、無駄に疲れた。私は改めて最後の一枚を下ろし、ようやく浴室にたどり着いたのだった。
**********
椅子に座り、シャワーで髪を濡らし、シャンプーを手に出そうとして、何となく頭皮ケアのではなく女性陣の借用してみた。モコモコ……ふぅん、甘ったるい匂いだけど、泡立ちがきめ細かい気がする。
ついでに普段はあまりしないコンディショナーも使う。人形の髪の素材に効果があるのかは不明だが。
タオルにボディソープを受け、左腕から洗う。球体関節に泡が入り込むのが少し気になる。陶製だし、Drは入浴しろって言ってたし、大丈夫なんだよな?
背中を洗おうとタオルを一本に伸ばして、ふと思いつき“空間転移”を使ってみる……お、これは洗いやすい。セルフで背中を流してもらってる感。ただ……このカラダ、ごしごし背中をこすっても、そんなに気持ち良くはないんだな。何かに似てると思ったら、この感覚、洗車に近いんだ。割と楽しいながら、どこまでいってもモノ洗ってる感じ。
いい加減でシャワーで泡を流した。どうせ、そんな汚れてもいないんだ。
バスタブの縁をまたぐと、湯の中にマグカップを落とした音がした。
じんわり、湯の温もりに包まれる。人だった時と感覚は異なるが、陶器のカラダの奥が少しずつ温まるのに、不思議な心地良さはある。
「はあ~~~」
オルゴールが奏でるような、奇妙な吐息が漏れる。
思うところはいろいろある。が、今は湯船に溶かしてしまおう――……
……――このカラダれも、ノボせるんらなあ。
気持ち悪くはないけろ、頭がクラクラひてる。しょーか、汗が出にゃいから熱がこもるんら。これはDrも想定外じゃないかにゃあ?
汗が出ないから、カラダ表面の水分を拭けば、それで乾く。洗濯機の蓋に置いたバスタオルの、下から出てきた、くしゃっと丸まったプリントの女児用下着を見ながら髪をドライする。
……コレをはくのか、私が。
しょうがないんだけど。これしかないけれど。
女児用パンツ。女装として、段階を二つ三つすっ飛ばした、上級者コースじゃないか? はくけど。サイズぴったりなのに、キッツイとはこれいかに?
で、妻の用意してくれたパジャマに袖を通すと、これもぴったり。けどさあ、智香さん。
何で“みんなが☆プイキュア”パジャマを買ってきたかなあ?
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リビングに帰還すると絵里香と慎太郎がバッと顔を背け、口に手を当てて肩を震わせる。まあ正しい反応だ。
「あらまあ。似合ってるわよ、ドロシーちゃん」
ニコニコする妻は、おちょくってるのか素なのか、判断に悩む。
慎太郎には、面白いけど萌えはしないと評された。良かった。このカッコに食いつくようなら、父さん、一度本気でDrにお前のことを相談する気でいた。
今日はいろいろあり過ぎて、早めに休むことにした。今夜はどうやら、人形にも眠りが訪れそうな気がする。
「お休みなさい、ドロシーちゃん」
「おやすみー。ベア子、さっきはゴメンねー」
妻と娘に手を振って、
「姫―、良かったらお兄ちゃんと一緒に」
息子に、人差し指を右目の下に当て、べっと舌を出す。
基本色白い『人形姫』のパーツで、舌は淡いピンクに彩色されている。ディティールに手を抜かない、人形師のこだわりなのだろう。
夫婦の寝室で、シーツを整え寝転がる。
(二人でも手狭ってことはないダブルベッドだけど)
このカラダなら、隣に智香が寝ても余裕だろうな。そんなことを思いつつ、“空間転移”で照明の紐に手を伸ばし、カチカチ、灯りを豆球にした。
……へえ? プイキュアのパジャマの絵、暗くすると光るんだ?




