15.閑話・『人形』、帰宅後
午後からもまあ、いろいろあった。
コンビニで大盛カルビ丼買ってきてくれた部長が、
「えー? 女の子にそのチョイス?」
と女子社員からディスられたり。女の子ではねえけど……
スマホで写メ撮られたり……
案件を部下の北浜君に引き継ぎ中、三十男のリーマンに魔女っ子があれこれ指示してる図に、お互いだんだん苦笑の空気になったり……
写真撮られたり……
本社総務部とやり取りしたり……
オークになった常務から、直にメール(自撮り添付)が飛んできたり。あ、元のスーツがそのまま着れるんだ?
『ぶよぶよだった脂肪が、全て筋肉になったよ(笑)』
うん、ご本人が満足してらっしゃるなら、それで。
『ベルトの穴が二つ緩んだ』
豚になって痩せてんじゃねえか……
3時に女子社員に囲まれてお菓子を与えられたり……
写真撮ら……
ドロシーローズちゃん、人気者だね?!
いいんだけどさ、え、ポーズ? こう? あ、深山部長さっそく待ち受けに? そこは娘さんの成人式写真のままにしとこうよ。北浜、お前も? いいけどさ、ちょっとキモイけどさ。
えーと、SNSには濫りにアップしないでね!
ともあれ、手持ちの仕事は何とか引き継ぎ完了(北浜感謝、今度一杯奢るぞ……いつか)、私は明日から当面、業務指示として休業に入る。
世の、魔物になった人達はどうしてるんだろう?
ウチの常務のように、いずれオークやゴブリンがスーツ着て出社し、当たり前に働ける、そんな世の中になっていくのだろうか? 人間的な日常生活が難しい種族にされた人もあるだろう。
それに、我々の社会がどうにか均衡を取り戻せたとしても……
『魔王』が沈黙を破れば、また状況は一変するのだ……
不意にオフィスの光景が暗くなった気がして、私は、当面起動することのないだろうノートパソコンをログアウトした。
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帰宅するなり待ち構えていた慎太郎と、会社での話に興味津々の絵里香に捕まった。根掘り葉掘りされる、ソファでオン・ザ・慎太郎の膝。
その流れで夕食になり、愛用の鮨湯呑がデカくて手に合わんと思いつつ、食後の一服をしていると、
「ドロシーちゃん、今日はお風呂入りなさいね」
妻がお母さん然とそう言った。
ふむ、風呂か。
人形のカラダは汗をかかない。昨日はパスしたが、外出すれば砂埃くらいはつくかな。創造主サマことDrも、
「人間であっタ時の習慣は、できる限り継続するが良イ」
とか言ってたしな。ふむ、今日は入るか。
心地良いと感じるものかは、わからないけれど。
妻に促され、昼の間に買っておいてくれたという、女児用の下着とパジャマを持たされる。腑に落ちない気分で洗面所に入る。ドアを閉め、魔法使い風の黒装束を脱ぐ。鏡に映るドロワーズ姿を見つめる。
「……おう」
正直、あまり気持ちのいいモノではなかった。
人形になってから着たきりで、顔と手、膝の関節くらいしか見えておらず、ハダカ……というより素体は初めて目にした。
衣装という誤魔化しを取ってしまうと、私のカラダは思った以上に生々しく人形そのものだった。
胴体は胸と腹の腰の、三つの大きなパーツから成っている。腕と脚は球体状の関節でつながっていて、人体の曲がる部分は全て曲がるようだ。鏡の前で体をひねってみると、運動不足で固まっていた人間の時より、可動域はむしろ広い。
ツルツルの陶器の肌には、銀色の頭髪を除いて、産毛もない。胸部は微妙な曲線に造形されているが、おまた同様、不要な部分はデザインされていない。人形のそこが、あまり作り込まれていても製作者の意図を疑うが。
素足になるとコツコツ固い音がして、床や浴槽を傷めるんじゃないかと、くだらないことが気になる。
それと……うん、私は娘を持つ父親で、風呂にも入れてたのだから、別に疚しいとは思わないけれど。
それでも鏡を見ると、お人形の服を脱がしているような変態感と、脱がされてる人形が自分自身である客観に、若干のいかがわしさがないとは言えない。
まあ、慣れてくしかないよな。
ため息をつき、私は最後の一枚に手を掛けた――……
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……――一方その頃。
洗面所のドアが閉まる音から、ひと呼吸。廊下でドアノブが二つ、ゆっくりと回った。音を殺してそれぞれのドアが開く。
廊下に突き出された頭もまた二つ。視線を交わして頷き合う。
玄関から向かって右の部屋から滑り出た慎太郎が、両手で棒状の物を抱えるポーズをしているのは、アサルトライフルのイメージか。
左のドアから走る絵里香。タオル・下着・寝巻を小脇にした右手を握り、左手で包んでいるのは拳銃を持っている設定なのだろう。
姉弟は身を屈め、足音を潜めて廊下を進み、脱衣所の前でドアの左右に分かれてしゃがむ。中の気配を窺う。衣擦れと、床に固いモノが当たる音がする。
慎太郎の親指クイクイ合図に、絵里香が頷く。
慎太郎がノブをつかみ、一気にドアを開くと同時に――……




