1 ご指導を受けました
朝、おじいさまがコテージにいらっしゃった。
ご挨拶するため客間に入ると、おじいさまはもう奥の席でお茶を召し上がっていた。
なんだか様子がおかしい。テーブルの上には、盗聴よけのための魔道具が置いてある。
私がぎこちなく客人向けのソファに座ると、おじいさまはおっしゃった。
「かわいいライラ、昨日は闘技大会の予選会で活躍したそうだね」
「マルガリータのおかげで予選を突破することはできました」
「ああ、おめでとう。他に何か活躍したのかな?全部聞かせてくれるかね、全部だよ」
「あと、その、申し訳ございません。
少しごたごたがありましたが、その、なにかございましたでしょうか」
昨日、私は、オルロー家の家宝だと偽って、アンドレ先生に水星の杖というアイテムをお貸しした。
実は水星の杖は、ダイが友人の「ばあさん」から借りてきたものだった。
こちらに転移した際にとてもお世話になった方で、時々、遊びに行っては、銀食器を磨いたり、家の掃除をしたりしてあげているそうだ。
アンドレ先生は、水星の杖を使い、闘技大会予選会の試合で瀕死の状態になっていた生徒二人の命を救った。
人助けできてよかったとしか思っていなかったけれど、おじいさまが怒っていらっしゃるので、私はきっとやらかしてしまったのだと思う。
ありもしない家宝をでっち上げたのが問題だったのだろうか。
おじいさまはおっしゃった。
「そうかい、ごたごたがあったのか。
そのごたごたについても聞かせておくれ、隅から隅まで全部、包み隠さずにね」
そこで私は、昨日の出来事をおじいさまに詳細にお話した。隅から隅まで全部だ。
アンドレ先生とのお話の内容は、彼のプライバシーに関するものもあるから後ろめたいけれど、家長の命令は絶対なのでやむを得ずに話した。
「ああ、ライラ。我が家に私の預かり知らない家宝があったとは心外だ。
昨日から、タウンハウスにはたくさんの問い合わせが来ていて、みんな困っているよ。
だが、全部話をしてくれてよかった」
おじいさまは、魔道具をオフにして手元のベルを鳴らすと、入って来た使用人に言った。
「ダイを呼んでくれ」
その後、ダイが話をさせられた。
ダイは転移のことは語らず、以前世話になった森の貴婦人から杖を借りた、貴婦人の力により自分一人であればいつでも彼女のところに行くことができる、時々彼女の家に行って掃除をしたり、銀食器を磨くなどのお手伝いをしていると説明した。
「そうか、森の貴婦人の関係か。
ライラにお願いをされたために動いたのならばやむを得ないな。
むしろ、政治的に難しい立場の聖獣様を連れて行かなかった点は、使用人として及第点だ」
おじいさまは、森の貴婦人について思い当たる方がいらっしゃったようで、ため息をついた。
「さて、ライラ、今、落ち着いて考えてみて、どうすればよかったと思う?」
「けがをしていた二人の命を救ったことに後悔はありません。あの時は、目の前で苦しんでいる人を助けたいと思いました。
ただ、もっと目立たないようにやるべきでした」
「それが模範解答ではないことはわかっているのかね」
「……はい、模範解答は、二人を見殺しにすることでした。
二人はオルロー家の派閥に属するわけではありませんし、彼らにけがをさせたのはイヴァン殿下のパーティです。
見殺しにしておけば、イヴァン殿下の評判が落ち、別派閥がイヴァン殿下と対立したと見込まれます。
そういった事情を利用すれば、私は婚約解消を有利に進めることができたかもしれません。
ただ、私は、甘いと思いますが、あの時は、目の前にいる人の命を助けたいと思いました」
「若いな。だが模範解答が分かった上であえてそう答えたというなら、まずはよしとしよう」
おじいさまは、いつもの柔らかい物腰とは打って変わって、凄みを感じさせる笑顔でおっしゃった。
「常に、どうやって自分の身を守るか、何がオルロー家にとって有利かを考える癖を付けなくてはならない。
そして、嘘をつく必要があるのなら、ためらってはいけない。
ただ、嘘をつく前に、その嘘の持つ意味や影響をを考えなくてはならない。
嘘は計画的につく必要があるのだよ、ライラ。
その上で、どう考えても絶対に不利な道であったとしても、自分の存在をかけてでも、どうしても、やらなくてはならないと思うのであれば、覚悟を持って、その道を選ぶがいい。
オルロー公爵家は、その覚悟を代々受け継ぐ家だ」
私は、うなずくことしかできなかった。おじいさまの教えを受け止めようと必死だったためだ。
おじいさまは、さらにおっしゃった。
「あの、保健医を務めている神官は、お前の話を秘密にしなくてはならないという程度の常識はあったようだ。今も大量に問い合わせがあるようだが、何も答えていないようだ。
だが、残念ながら、救護テントの中の会話が外に聞こえていた。
自分たちの仲間がけがをしたということで、周りにいた学生たちは必至で聴き耳をそばだてていたのだから、予想すべきだったな。
まあ、あの神官は、神の名を付けられたアイテム(アーティファクト)を使うのは初めてだったようだから、救護テントの中で、とっさに盗聴防止のための盾スキルを使うことは考えつかなかったのだろう」
おじいさまは、ため息をつきながら、お茶を召し上がった。
「あの神官も甘いな。
もし、奴が【水星の杖】などという、人命にかかわるスキルを授かったならば、自分が望む進路など選べはしない。
神殿の保護のもとに救貧院を作ってもらい、資金集め名目で王族や高位貴族だけを対象にスキルを使う生活であればまだいいほうで、誘拐監禁されてスキルを利用されることも考えられる。
聖騎士ならば、まだそこそこ数がいるし、たいてい偏屈者ばかりだから、自分の望む道をかなえられる可能性が高い。
まあ、神の導きに間違いはないということだろう」
スキル名に神に関係する言葉が含まれるスキル(例 水神の盾)は、神スキルと言われます。
神スキルの中でも、神様の名前が含まれるスキル(例 水星の杖)は特に貴重なものとされます。具体的には、スキル効果にプラスして当該神様の加護を得ることができ、また、スキル判定時にスキル名のみならずスキルの説明にあたる短い詩が示されます。
水星の杖の場合は、「二重ニ絡マル蛇ノ知恵ハ真ノ姿ヲ復元スル」です。




