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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第404話 凛とヘッドハンティング4

「これは失礼。お待たせしてしまいましたかな」


 ホテルのラウンジに、ひとりの男が静かに現れる。足取りは落ち着いていて、無駄がない。その一歩一歩に、場の空気を乱さない“重み”があった。

 鷹宮(たかみや)浩市(こういち)。視界に入った瞬間、まず感じるのは――静かな気品。整った顔立ちは、鋭さと落ち着きを併せ持ち、額から流れるように分けられた黒髪が、その端正な輪郭を際立たせている。やや長めの前髪が中央で分かれ、目元に淡い影を落とす。

 細い瞳は冷静で、揺らがない。感情を表に出さないというより、“出す必要がない”とでも言うべきか。すべてを見通しているかのような、静かな知性がそこに宿っていた。

 口元には、わずかな笑み。それは親しみというより、余裕から滲む穏やかさ。整えられた顎髭が、年齢に裏打ちされた重みを加え、若さでは到達できない“完成された大人”の気配を漂わせている。


「こちらも今来たところです。ほとんど待っていませんから、気を遣わないでください」


 凛はすぐに立ち上がり、柔らかく応じる。

 実際には三十分前から、準備を整えていた。だがそれを感じさせないのが、礼儀であり交渉の入り口だ。


「時間はぴったり。むしろこちらが早かっただけです」


 軽く肩をすくめながら、続けて言い立ち上がる。

 柱時計の針は、ちょうど約束の時刻を指していた。寸分の狂いもない到着――それだけで、この男の性格が垣間見える。

 そして鷹宮は椅子の傍で足を止めると、わずかに頭を下げた。形式ばりすぎない、しかし隙もない所作。その一つひとつが、“試されている”という感覚を、自然とこちらに意識させていた。


「それは何より。時間に正確な方との約束は、こちらとしても気持ちが良いものです」


 鷹宮はゆったりとした動作で、席へ腰を下ろす。その所作には一切の無駄がなく、まるで“場に馴染むことすら”計算されているかのようだった。

 深みのあるブラウンのスリーピーススーツは、光を柔らかく受け止めるその色合い。派手さとは無縁でありながら、確かな格を感じさせる。

 胸元を締めるのは、やや渋みを帯びた赤のネクタイ。主張しすぎず、それでいて視線を引く絶妙なバランス――その選択一つにも、成熟した感性が滲んでいた。

 背筋は自然に伸び、肩の力は抜けている。作られた姿勢ではなく、“長年の積み重ね”が形になった佇まいだ。


「さて……紅凛さん。それと一ノ瀬蓮夜君。こうしてお会いできたことを嬉しく思います」


 鷹宮の静かな声が、ラウンジの空気に溶けるように響く。名前を呼ぶその口調は穏やかでありながら、どこか距離を測るようでもあった。歓迎と同時に、“観察”も始まっている――そんな気配。

 柔らかな光に包まれたラウンジ。外の庭園は変わらず静謐で、時間だけが緩やかに流れている。だがこれから交わされる言葉一つで、未来が大きく動くかもしれない――そんな重みを、誰もが無言のうちに感じ取っていた。



 ***



「コーヒーをもらえますかな?」


 メニューには一切目を落とさず、鷹宮はそう言った。声音は穏やかでありながら、選択に迷いがない。


「かしこまりました」


 フロアスタッフは一礼し、静かにその場を離れる。

 短いやり取りのはずだった。だが不思議と場の空気が一段、整えられたように感じられた。


「さて――」


 鷹宮はそう区切ると、手元のタブレットをゆっくりと持ち上げた。その仕草は無造作に見えて、どこか計算されている。

 鷹宮浩市。海水淡水化技術における第一人者――世界各国の大規模プロジェクトに名を連ねてきた、紛れもない“本物”だ。


「貴社の提案は、一通り目を通しました」


 鷹宮は淡々とした口調だが、その一言には“既に準備は済んでいる”という確信が滲んでいる。

 事前に送付された資料は、ただの確認では終わっていない。この場に臨むために、細部まで噛み砕かれている――そんな重みがあった。


「しかし、どうにも腑に落ちない点が……」


 鷹宮の目はわずかに、しかしたしかに細められる。その変化は小さいが、見逃せるものではなかった。

 空気がわずかに張り詰め、無意識のうちに背筋が伸びる。言葉を待つ時間すら、試されているかのようだった。


「この淡水化プラントのエネルギー効率。理論上は可能ですが、現実には維持コストが跳ね上がる。この数字では、十年以内に運用赤字になるでしょう」


 鷹宮の指摘は静かであるも、その内容は一切容赦がない。

 タブレットの資料を指し示す指先。決して強くはない言い方だが、視線を集めさせるだけの力があった。


「……」


 静かな沈黙に凛は視線を資料から外し、ほんの一瞬だけこちらを見る。だがその一瞥には、はっきりとした意図が込められていると悟った。


 ……試されているっ!!


 電流が走るような感覚が、背筋を一気に駆け上がる。その瞬間――曖昧だったものが、はっきりと輪郭を持った。

 事前に凛から言われていた通り。これは単なる質疑ではなく――こちらの返し、反応や間合いそのすべてが材料。そして理解度に力量、人間性までも測ろうとしているのだ。


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