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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第403話 凛とヘッドハンティング3

「なんだよ。それ。メリットばかりだな」


 思わず漏れた言葉には、率直な実感がそのまま乗っていた。

 話を聞く限り、合理性しか見えてこない。効率も、成果も、スピードも――すべてを手に入れられる手法に思えた。


「そんなこともないよ。法的な問題や、元会社との関係もあるし。敵対的引き抜きって見られることもあるの」


 苦笑を浮かべる凛の表情は、理屈だけでは割り切れない現実を知っている者のものだった。

 契約。義務。しがらみ。人を動かすということは、その背後にある関係性ごと揺らすことでもある。場合によっては、単なる採用では済まない。企業同士の対立に発展することすらあるのだ。


「それから資金」

「一番現実的だな」


 凛は短く返しながら、答えに肩をすくめる。どれだけ理想を並べても、最後にものを言うのは現実。人を動かすには、それに見合う対価が必要になる。

 だが――この点に限って言えば、不安は薄い。ジェネシス社の資金力。それは業界の中でも、頭一つ抜けた存在だ。金銭面で競り負ける構図は、想像しにくい。


「あとね」


 凛はカップを静かにテーブルへ戻し、その動作を境に――空気がわずかに引き締まった。

 先ほどまでの説明とは違う、もう一段踏み込んだ話。そんな予感が、自然と背筋を伸ばさせる。


「この人はたぶん、試してくる」

「試す?」


 凛の言葉に思わず、眉をひそめる。

 交渉は駆け引きだ。だが“試す”という言葉には、それ以上の含みがあるように聞こえる。

 単なる条件交渉ではない――人としての資質や覚悟。あるいは、この場に立つ資格そのもの。そういったものを見極める意図が、そこには滲んでいる気がした。


「わざと矛盾したことを言ったり、意地悪な質問したり。私たちの力量を測ると思う」


 凛はタブレットを閉じると、静かに膝の上へ置いた。そのままソファに身を預け、視線をわずかに落とす。

 ――数秒の沈黙。先ほどまでの情報整理とは違う、“対峙する覚悟”を整えるような間だった。


「なんだかそれだと、俺たちの方が面接される側みたいだな」


 素直な感想を、苦笑混じりに呟く。引き抜く側のはずなのに、立場が逆転しているような感覚。それは、どこか落ち着かないものがあった。


「こちらが相手を見るように、相手もこちらを見る。ヘッドハンティングって、だいたいそういうものだよ」


 凛は顔を上げ、小さく笑う。その言葉は穏やかで、しかし核心を突いていた。

 選ぶ側と、選ばれる側。その境界は、思っているほど一方通行ではない。優秀な人材であればあるほど、“どこに行くか”を選ぶ権利を持っているのだから。


「だからね。焦らないこと」


 凛は指を一本立てる。その仕草は軽いものだったが、言葉には重みがあった。


「俺、そんなに焦って見えるかな?」

「少なくとも、焦って見えるかも」


 助言に対して問いかけると、凛は申し訳なさそうに笑う。


「即答かよ」


 軽く顔をしかめながらも、否定はしきれない。経験の差や、場数の差。それはどうしても、態度の端々に出てしまうものだ。

 まだ見習い。その事実が、無意識に余裕を削っている。だが――だからこそ、今この場で学ばなければならない。

 焦らず、崩れず、見極める。それができて初めて、“対等な交渉”に立てるのだと――そう感じていた。


「でもね。蓮夜くんの良いところは、そこじゃないよ」


 凛はふっと楽しそうに笑ったあと、ほんの少しだけ表情を引き締める。軽やかだった空気に、静かな芯が通った。


「じゃあ、どこだよ?」


 首を傾げたまま、まっすぐに問い返す。自分では測れない“自分の価値”を、他人がどう見ているのか――その答えを、素直に求めていた。


「真っ直ぐなところ」


 凛は一度だけ視線を落とし、言葉を選ぶようにしてから答える。

 飾りのない、率直な評価だった。その一言はどこか照れくさくて、小さく鼻を掻き――視線をわずかに逸らす。

 だが同時に、それが嘘ではないことも、なんとなく理解できてしまう。不器用でも、曲げない。損をするとわかっていても、貫く。それは交渉の場では弱点にもなり得るが――人と向き合う上では、何よりの強みになるときもあるのだ。


「難しい質問は、私が受けるよ。蓮夜くんは安心感を作る役」


 凛は続けて言い、タブレットを静かにテーブルへ置いた。

 役割分担は明確だった。切り込む者と、支える者。論理で攻める者と、空気を整える者。そのどちらが欠けても、交渉は成立しない。


「よし」


 短く息を整え、コーヒーを飲み干す。

 苦味が喉を抜け、意識がはっきりと前へ向く。カップを静かに置いた音が、合図のように響いた。


「今日の仕事、成功させよう」


 凛も同じようにタブレットを閉じ、立ち上がる準備を始めた。

 時間は、もうすぐ。ジェネシス社が求めるのは、替えの利かない人材。そしてそれを掴み取るための、真剣勝負。静かなラウンジの空気が、わずかに張り詰めた。


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