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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第402話 凛とヘッドハンティング2

「このままだと、ダメだ。もっと、シャキッとしねぇと」


 ホテルニューオニタニに到着すると、まっすぐ洗面所へ向かった。

 冷たい水で顔を洗う。頬を打つような温度が、一気に意識を引き戻す。鏡に映る自分の顔は、さっきまでの眠気が嘘のように引き締まっていた。

 今日もこれから、ヘッドハンティング。まだ見習いの身分で、遅れを取るわけにはいかない。


「蓮夜くん。大丈夫?」


 ラウンジへ戻ると、先にソファへ腰掛けていた凛は、すぐにこちらへ顔を向けた。

 足元には高級感のある絨毯。重厚なソファとテーブルが整然と並び、空間全体に落ち着いた品格が漂っている。

 大きな窓の向こうには、日本庭園。水面を静かに揺らす池に、濃淡の緑を描く松や楓。石灯籠の影が、陽の光に柔らかく溶け込んでいる。ここが都会のど真ん中だということを、忘れてしまいそうなほどの静謐さだった。


「ああ。もう目が覚めたぜ」


 軽く肩を回しながら答える。顔を洗ったことで、眠気は完全に吹き飛んでいた。

 視界も、思考も、はっきりしている。今はもう――やる気スイッチが、完全に入っていた。


「それなら、今日会う人を——もう一回整理しておこっか」


 凛の声は穏やかだったが、その響きはすでに仕事のものへと切り替わっていた。

 約束の時間までは、あと三十分。余裕がある今だからこそ、確認を重ねる価値がある。失敗は準備不足から生まれ、それを避けるための時間だ。


「海水淡水化の専門家……だったよな」


 タブレットを開き、プロフィール欄へと視線を落とす。

 整った経歴。積み上げられた研究実績。どれも、一目でわかる――“簡単に真似できる領域ではない”という事実。


「この人、かなり有名なんだろ?」


 事前に情報は入れている。

 だが、それはあくまで知識として知っているだけの話だ。“実感”としての重みは、まだ掴みきれていない。


「かなり、じゃなくて——この分野のトップクラス」


 凛はわずかに肩をすくめて、言葉を訂正する。

 その声音には、評価を誇張する様子は一切ない。ただ事実を、そのまま置いているだけだ。


「世界中の海水淡水化プロジェクトに関わって、今は大規模プラントの責任者だよ」


 凛は真剣な面持ちで、淡々とした説明。そして、その内容が示すものは重い。世界規模のプロジェクトに、その中核を担う責任者。それは単なる“優秀”では済まされない領域だった。

 この分野においては疑いようもなく――頂点に近い存在。パイオニアと呼ぶに相応しい人物であり、ヘッドハンティングの対象としては、これ以上ない“当たり”とも言える相手だ。


「……それを俺たちが引き抜くのか」


 思わず口にした言葉は、半ば独り言のように零れた。

 言葉にした瞬間、現実が輪郭を帯びる。相手の経歴も、実績も――すべてが、重みを伴って迫ってきた。

 これはただの交渉ではない。世界の最前線にいる人間を動かす話だ。


「簡単じゃないよ」


 凛は小さく笑った。

 だがその声音に、迷いや弱気は一切ない。むしろ、わずかに楽しんでいるような響きすらあった。


「でもね。難しい相手だからこそ、意味があるんだよ」


 視線はタブレットのまま、指先で情報を追いながら、凛は淡々と続ける。その横顔は真剣で――同時に、どこか高揚しているようにも見えた。


「まぁ……それはそうだな」


 経歴、実績、関係者、過去の発言――細部まで詰められた“材料”。

 それは単なる下調べではない。相手に対する敬意であり、そして――ジェネシス社の本気を示す、無言の証明だった。


「この人の条件は、だいたい三つ」


 凛は無駄のない動きでタブレットを操作し、要点だけを抽出する。すでに全体像は掴んでいる――そんな前提での整理だった。


「まず、研究の自由」

「研究者らしい条件だな」


 凛が言う一つ目の条件は、納得できると即座に頷く。

 成果を出す人間ほど、環境へのこだわりは強いものだ。制約の中で結果を出すことはできても、制約そのものを好む研究者など、まずいない。


「次に研究チームの維持」


 続けて提示された凛の条件に、わずかに眉をひそめる。


「つまり部下ごと連れてくるってことか?」


 視線をタブレットへ落としながら問い返す。ヘッドハンティングは、本来“個”を引き抜くもの。そう認識していたからこそ、この条件には引っかかりがあった。


「うん」


 凛は迷いなく、あっさりと頷いた。その反応は、この条件が特別でも例外でもないことを示している。


「研究は一人だとできないから。それにチームごと引き抜くことは実際にある話で、むしろ研究開発分野ではかなり効果的な方法なの」


 凛が淡々とした口調で話す中身は、実に理にかなっていた。

 研究というものは、個人の才能だけでは成立しないものもある。知識を共有し、仮説をぶつけ合い、検証を重ねる――その積み重ねが、ようやく一つの成果に結びつく。つまり、成果とは“個人”ではなく“構造”の産物でもあるのだ。


「研究の継続性を担保できて、技術もまるごと取り込める。それにチームの立ち上げ速度が速いから、翌日から研究が可能なんだよ」


 凛は画面をスクロールしながら、要点を押さえていく。継続性や技術の一括移行に、即応性。どれも企業にとっては、喉から手が出るほど欲しい要素だった。新たに人を集め、関係を築き、環境を整える――それには時に数年単位の時間が必要になる。

 だがチームごと引き抜けば、その時間を丸ごと短縮できる。積み上げてきた信頼も、技術も、暗黙知すらも。すべてをそのまま持ち込めるのだから、合理的でそして――極めて強力な手段だった。


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