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終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

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第398話 スナック紬1

 繁華街の喧騒とネオンの光が、ガラス越しににじんでいる。赤や青の光が雨のように流れ、通りを行き交う人影をぼんやりと溶かしていた。

 店の扉が閉まるとその瞬間、外の世界は遠のいた。代わりに流れ込んでくるのは、甘い香水と酒の匂い。空気そのものがゆるやかに酔っているようで、深く吸い込めば肺の奥まで温度が落ちてくる。


「いらっしゃいませ。あら、司君。それに蓮夜君も、久しぶりね」


 柔らかな声で出迎えてくれたのは、スナック(つむぎ)のママ。艶やかな黒髪を低い位置でまとめたシニヨン。きっちりと結い上げているのに、不思議と固さを感じさせない。首筋にかかるわずかな後れ毛が、年齢を重ねた色気を静かににじませている。

 顔立ちは整いすぎるほど整っていた。瞳は深い夜のように静かで、客の奥底まで見透かしているようでいて、決して踏み込みすぎない距離を保つ。笑えば目尻がやわらかく下がり、その一瞬で包容へと変わる。


「お連れの人は、もう来ているわよ」


 ママはカウンター越しに静かに微笑み、視線を店の奥へと流す。

 若草色の着物は落ち着いた無地。派手さはないが、生地の質の良さはひと目でわかる。帯は控えめな生成り。立ち姿には無駄がなく、カウンターの向こうに立っているだけで店の空気が整う。

 年齢は四十代後半という話も、ぱっと見ではとてもそうは見えない。二十代と言われて、疑わない客もいるはずだ。――美魔女。そんな言葉が頭をよぎる。きっとそれは、こういう人のことを言うのだろう。


「オレらいない間に、他のイケメンひいきしてないっすよね?」


 司はカウンターに肘を預け、いつもの軽口を投げる。交渉の席で見せていた張り詰めた空気は、すでにどこにもない。


「ふふ……安心して。ここに来る“イケメン”は、あなたくらいよ」


 ママはくすりと笑い、客を立てるやさしい嘘。夜の店ならではだが、言い方が自然すぎて――つい信じてしまいそうになる。


「ただし——自称、ならね」


 そしてグラスを差し出しながら、ママは柔らかく微笑む。


「自称でも、ママが笑ってくれるなら合格じゃない?」


 カウンター前の丸みを帯びた黒い椅子に腰を下ろし、差し出されたグラスを受け取り司は切り返す。中の氷が軽く触れ合い澄んだ音を鳴らし、肩をすくめる仕草は――どこか芝居がかっている。

 スナック紬。天井から下がる小ぶりのシャンデリアが、やわらかな灯りを落とし、壁の木目は飴色に浮かび上がらせている。年季の入ったカウンターは深く磨き込まれ、背後の棚には酒瓶が整然と並ぶ。

 派手さはないが、落ち着く。この店には、そんな静かな居心地があった。



 ***



「はい。こちらをどうぞ、蓮夜君」


 ママの声はやわらかく、どこか母親めいた穏やかさが滲んでいる。

 差し出されたのは酒ではなく、グラスに注がれたソフトドリンク。まだ酒を飲める年齢ではないこと、この店では周知の事実だった。

 スナック紬には、司たちに連れられて何度か足を運んでいる。回数を重ねるうちに顔も覚えられ、ママとも自然に言葉を交わせる程度には馴染んでいた。


「ありがとうございます」


 両手でグラスを受け取ると、氷が軽く触れ合い、涼やかな音が鳴る。


「えー? ほんとに飲めないの? 人生ちょっと損しているぞ〜?」


 すぐ横から、司が覗き込む。ソフトドリンクを手にしたのを見て、楽しそうに笑っていた。

 グラスを傾けながら、わざとらしく肩を揺らす。完全に酔いの前段階、からかいモード。仕事の緊張はもう残っていない。この店に入った瞬間から、司はすっかり“いつもの司”に戻っていた。


「夕食を奢ってくれるからって、付いては来たけど。俺はまだ未成年だし、酒は飲めないって言っているだろ!!」


 思わず声が上がるものの、こういうやり取りは初めてではない。

 むしろ、いつもの流れ。司はわかっていて言っており、完全な確信犯。相手の反応を見て楽しむ――ただそれだけのための、軽い悪戯だった。


「……なーんてな。冗談冗談。酒なんて飲ませたら、オレが怒られるわ」


 司は悪戯っぽく笑いながら、手元のグラスをゆらりと揺らす。

 氷が触れ合い、小さな音を立てた。わざとらしく肩を落とし、ため息までつく。


「じゃあ今日は雰囲気だけな。大人の世界、見学ってことで。二十歳になったら、ちゃんとオレが一杯目付き合ってやるよ」


 司は軽口を叩く――だが、無理強いはしない。

 からかいと配慮の境界を、司はきちんと弁えている。その距離感も、いつも通りだった。


「そうね。夜の楽しみ方は、お酒だけじゃないもの」


 グラスを磨く手を止めることなく、ママは微笑みやわらかく言葉を添える。

 それだけで店の空気が少し落ち着く。文句は言いたい――言いたいが、本気で不満があるわけではない。

 この店は、居心地がいい。スナック紬は、ママも含めて良くしてくれる人たちだと知っている。だから結局、こうしてまた来てしまうのだった。


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