表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末の黙示録  作者: 無神 創太
第七章 過去との対峙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

400/408

第397話 司とヘッドハンティング3

「司の笑顔って、なんか時々……不気味だよな」


 ゴーマンの背中が視界から、完全に消えたその瞬間。張り詰めていた空気がほどけ、思わず本音が漏れる。

 ラウンジの静けさが戻ると同時に、交渉用に張っていた神経も緩んだ。


「あはは。何を言っているんだ。蓮夜。いやいや、褒め言葉だろそれ。駆け引き向きの顔ってことじゃん?」


 軽く肩をすくめる司は、いつもの調子で声音も柔らかい。

 だが――笑っているはずの目が、ほんの一瞬だけ冷えた。感情の温度がすっと落ち、氷の刃のような光が宿り、すぐに消える。


「や、やめてくれよ!! いつもの司に戻ってくれ!!」


 不気味さと気持ち悪さに、言いようがなく一歩引く。あの無機質な営業スマイルが、まだ張りついている気がする。

 司はその反応を見て、口元の弧をわずかに深くした。距離を詰めると、無言の圧。交渉相手に向けていた心理戦モードが、今はこちらへ向けられている。


「冗談。冗談。っつかーそれ、マジで言っている? そんなにやり過ぎていた?」


 司は軽く手を振り、苦笑を浮かべた。張りつめていた空気を、払うような仕草だった。

 そして次の瞬間――その目は、いつもの調子に戻っていた。どこか力の抜けた、死んだ魚のような目。先ほどまで交渉相手に向けていた鋭さは跡形もなく、まるで別人のようだ。


「初対面の人とかなら、わからないけど。俺からしたら、少なくとも不気味だったぜ」


 初めて会う人間なら、きっと気づかない。だが普段の司を知っているからこそ、違和感ははっきりと見えてしまう。

 本来の司の笑顔は、もっと余裕がある。軽口を叩きながらときに下品で、ときに飄々としていた。あれほど張りついたような、冷たい笑みではないはずだ。


「にしても、なんだか……嫌な奴だったな」


 ぽつりと漏れたのは、飾らない感想だった。最初から人を値踏みするような視線で、若さだけで相手を見下す態度。そして、あの傲慢さ。

 ふとテーブルに視線を落とせば、用意していた資料がそのまま残っている。丁寧にまとめられた資料。だが結局ゴーマンは、一度たりとも目を通さなかった。それを思うと、胸の奥にわずかなやるせなさが残る。


「まあ、あれはダメだな」


 軽い声色で、司はあっさりと言った。

 その一言で、結論はすでに出ている。交渉の席では最後まで崩さなかった表情も、今は完全に仕事モードから抜けていた。


「でも、司。笑顔で、ペコペコしていただろ」


 首を傾げて、問いかける。最初から――あるいは途中の段階で見切りをつけていたのなら、それ以上の交渉は意味がないはずだ。わざわざ下手に出て、笑顔まで作る必要はない。


「これは仕事。相手の立場を理解し、その上で立てる。うまくやるためには、ある程度は我慢も必要だ。そんな対応もわからないとは、蓮夜君はまだ子どもだねぇ」


 司はわざとらしく肩をすくめ、煽るように言う。いつもの調子で、軽口の延長のような口調だ。

 だが言っている内容は、意外と現実的だった。感情で動かず、相手の立場を理解する。そのうえで波風が立たない落としどころを選ぶ。

 我慢というより、調整。単純な忍耐ではなく、冷静さ、配慮、責任感、そして距離感。それらを同時に成立させることが、“大人の対応”という振る舞いらしい。


「いいんだよ。これから理解していくから。にしても、司。司から見て、何がダメだったんだよ?」


 結論に至るまでの理由を、素直に問い返した。すべての行動には意味がある。言葉も、態度も、間の取り方も。重要なのは、正しいことを言う力ではない。

 通る形で言う力だ。その場で勝つことより、長く関係を続けること。その判断ができるかどうか――そこに経験の差が出る。


「まあ、いくつかあるな。金額と地位でしか人を判断しない。強者には媚び、弱者には横柄。あからさまなパワハラ気質。自己利益優先主義で協調性の欠如」


 司は軽く肩を回しながら、一つ二つ……と並べるうちに、言葉は止まらなくなる。まるで堰を切ったように、次々と出てきた。どうやら、表では相当我慢していたらしい。


「こういうことがあるから、ターゲットの選定。調査は重要になる。しかしまあ、今回は例外か。愚痴を酒のつまみに、飲みにでも行くか」


 司は最後に、小さく息を吐く。完全な失敗というわけではなく、最初から外れだったというだけだ。

 パーティを目前に控え、各国の有力者が次々と来日している。案件は増え、スケジュールは限界に近い。キャパシティを超えかけている状況。こんな交渉は本来、そう何度もあるものではない。

 だが現実には起こる。ならば――悪い教訓として飲み込むしかなく、司はすでに気持ちを切り替えていた。


「それと、司。なんで最後に、慈善事業について聞いたんだよ?」


 交渉の途中で見切っていた様子も、最後にあの質問を投げた。

 あれは単なる雑談ではない。司がそんな無駄なことをするとは思えず、ならば何か意図があったはずだ。


「あの質問は――多角的に物事を考えているか、見極めたかったからだ」


 司は歩きながら、淡々と答える。あの場での審査は、まだ終わっていなかったのだ。


「慈善事業だって、名が残る。信用が積み上がる。敵が減り、味方が増える。時には、税金すら軽くなる。偽善的な側面を抜いても、これだけメリットがあるんだ」


 司の言葉は、現実的だった。慈善事業という言葉は、しばしば“無償の善意”として語られる。

 だが実際には、それだけではない。社会的評価。ブランド価値。政治や地域社会との関係。税制上の優遇。長期的に見れば、組織の信用資産として積み上がる。

 つまり――慈善事業とは、単なる善行ではない。戦略にもなり得る行為だ。利益の形を、どこまで広く捉えられるか。それを見るための質問だった。


「それでも興味がないと一蹴し、本来なら得られる利益を手放す。金が第一と言いながら、本当のところは見えていない」


 淡々として言う司からして、評価として切り分けているだけだ。

 ゴーマンの考え方は理解できる。金を基準に物事を測る姿勢も、合理的と言えば合理的だ。

 しかし――視野が狭い。目の前の損得しか見えておらず、その先に広がる利益の連鎖を見落としている。司からすれば、それはむしろ損失だった。


「本当のところって?」


 今度は確かめるように、もう一度問い返す。

 司が見えていて、ゴーマンが見ていないもの。その差が、まだはっきりとは掴めていない。


「言うなれば、信頼だ。信頼があるからこそ仕事を任せられ、その関係性が広がって莫大な利益を生む。そんなこともわからない人間は、これから先の未来を支えるには相応しくない」


 司の答えるそれは、帳簿にも載らず、数字になりにくい。

 だが一度築かれれば、人を呼び、機会を呼び、仕事を呼ぶ。関係は連鎖し、連鎖は拡大する。その先で生まれる利益は、単発の金額とは比較にならない。

 だから司は、金額だけで人を評価しない。理念でもなく理想でもなく、もっと現実的な基準だ。この人物は、信頼を積み上げられる人間か。それとも、消費するだけの人間か。司はそういう視点で、人を見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ